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第2章
珠里
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盆休み中、大学時代の先輩の結婚式2次会があった。挙式は事前に親戚だけで済ませたらしく、久しぶりに大学時代の連中と顔を合わせる。珠里(じゅり)も来るらしいと聞いてから、行くかどうかは、かなり迷った。
でも、向こうはもう結婚してるんだし、先輩後輩の関係がなくなることはない。ずっと逃げ回るわけにもいかないんだし、覚悟を決めるしかないんだろう。
『元カノさんに会うの、辛くないですか? 赤堀召喚しませんか?』
毎日送られてくる、赤堀からの執拗なメッセージ。休み前に飲みに行った時に、元カノと会うのかと聞かれ、正直に認めてしまった故にこんなことになっている。
受信する度に呆れるのに、なんだか救われている自分もいて、訳が分からねえ。
『要りません。辛くねーよ。余計なお世話だから』
こんなメッセージを送っておいて、よく言うなと笑うしかない。
珠里に会うってことは、過去の自分の失敗と間違った選択の結果を思い知るってことだ。
向こうは新しい生活をしていて、とっくに俺のことなんか何とも思ってないってのに、滑稽なことに、こっちはそうでもない。菜帆にあんなことを言わせるくらいには、ずっと引きずってる。
2次会が行われたのは青山にある飲食店で、久しぶりの面子に会った。普段みんなに連絡を取る方じゃない俺は、誰が何をやってるかとか全然知らなくて、1人、食品メーカーの営業になってたのを知って、お互いめちゃくちゃ笑った。
周りの連中は、食品メーカーの営業と食品卸業の営業がなんで結びつくのか想像が付かないみたいだったけど、ほぼほぼ同じような仕事して一緒に動いている業界だ。メーカー側から「問屋様」扱いされることもあるけど、松味食品は所詮中堅企業だし。
珠里の姿を見つけて、一瞬息をするのを忘れた。青いドレス姿の珠里は、相変わらず信じられないくらい綺麗だ。久しぶりに見ると、あんな小顔だったんだなと驚く。髪はロングだったのがセミロングになっていて、ゆるく巻いた髪も良く似合ってた。数年前まで、比較的長い間付き合ってたんだよなと、他人事みたいに思う。
「茶谷くん、久しぶり」
何でもないように笑う珠里は、あの頃と全然変わっていないように見えたけど、スパークリングワインの入ったフルートグラスを持つ薬指に、銀色の指輪が控え目に光ってる。よく見ると、ダイヤが何個か埋まっているみたいだった。
「珠里さんも、元気そうですね」
我ながらしらじらしいなと思いながら、珠里の顔を見る。付き合っていた頃より、随分明るい感じになっているように見えた。
「元気だよ。この通り」
「あれから、なんか変わりました? 状況・・」
先輩と後輩が、久しぶりに会ったように話してる感じがする。ここにはもう、彼氏彼女とか、そういうやつは一ミリもない。
「ああ、うん、今ね、養子縁組の審査が通って・・来年には、迎えられるかもって言われてるの」
「へえ、良かったですね」
「うん。茶谷くんは、あれからどう?」
ああ、ズキズキすんなあ、と嫌になる。このよそよそしい話し方も、あの日から前に進めない自分も、とっくに前を向いている珠里も、全部がきつい。
俺は、珠里を失ってから、何も良い事なんかなかった。この人と、一生を生きていくつもりでいたんだ。
「あれから・・ですか。相変わらず営業成績はトップで、女にはモテてます」
「やるねえ。やっぱ、茶谷くんはそうじゃなきゃね」
「なんですか、その、そうじゃなきゃって」
「生意気な後輩が、暴れてる感じ」
珠里はそんなことを言って微笑んだ後、他に呼ばれて俺の元から離れた。相変わらず人望がある珠里は、どこに行っても人に囲まれて、中心で楽しそうに笑っている。
2年前、珠里は毎日毎日泣いていた。病魔に襲われて、子どもの望めない身体になって退院して、人が変わったみたいになっていた。
あの珠里をこんな風に元に戻せたのは、旦那のお陰だというのは間違いない。その事実をはっきりと見せつけられれば、やっぱり結構凹む。珠里のために養子縁組まで了承して動くような、人間的にも見上げた旦那なんだろうと思うと、俺は何なんだろうなって気分だ。
2次会が終わって、何人かと飲みに行った。他愛のない話をして、昔と変わらない雰囲気のまま、解散した。
帰りの電車で、なんだかどっと疲れたなと窓の外を見ていたら、携帯電話がメッセージを受信した。
『茶谷さん、10月9日空けておいてください』
赤堀、空気読まずにこういうことを送って来るところは流石だな。今、俺は近年まれに見るセンチメンタルに襲われているんだ。
『何で・・』
割と先の予定をブロックしにかかってくる時点で、何か大事なことがあるのだろうかと興味が湧いた。
『私が生まれた日だからです』
『えっ? 祝えってこと? 図々しいな』
何で会社の後輩の誕生日を祝わなきゃなんねえのか、本当に意味不明だ。それこそお前、俺の誕生日すら知らねえだろうが。
『一生のお願いです。10月9日だけ、私に下さい』
『重い』
鶴の一生の願いがおかしいので、とりあえず一刀両断しておいた。受信した赤堀が、いつもの感じで「ぎゃー」と言っている気がして、頬が緩む。
さっきまで珠里のことで気分が落ち込んでいたけど、後輩とバカみたいなやり取りをして、何でもないことを考えていたら、どうでもよくなってきた。
もし、珠里の立場に赤堀が立ったなら、あいつはどんな感じになるんだろうかとありえないことを考えて、いやあいつ鶴だしな、と馬鹿馬鹿しくなった。
でも、向こうはもう結婚してるんだし、先輩後輩の関係がなくなることはない。ずっと逃げ回るわけにもいかないんだし、覚悟を決めるしかないんだろう。
『元カノさんに会うの、辛くないですか? 赤堀召喚しませんか?』
毎日送られてくる、赤堀からの執拗なメッセージ。休み前に飲みに行った時に、元カノと会うのかと聞かれ、正直に認めてしまった故にこんなことになっている。
受信する度に呆れるのに、なんだか救われている自分もいて、訳が分からねえ。
『要りません。辛くねーよ。余計なお世話だから』
こんなメッセージを送っておいて、よく言うなと笑うしかない。
珠里に会うってことは、過去の自分の失敗と間違った選択の結果を思い知るってことだ。
向こうは新しい生活をしていて、とっくに俺のことなんか何とも思ってないってのに、滑稽なことに、こっちはそうでもない。菜帆にあんなことを言わせるくらいには、ずっと引きずってる。
2次会が行われたのは青山にある飲食店で、久しぶりの面子に会った。普段みんなに連絡を取る方じゃない俺は、誰が何をやってるかとか全然知らなくて、1人、食品メーカーの営業になってたのを知って、お互いめちゃくちゃ笑った。
周りの連中は、食品メーカーの営業と食品卸業の営業がなんで結びつくのか想像が付かないみたいだったけど、ほぼほぼ同じような仕事して一緒に動いている業界だ。メーカー側から「問屋様」扱いされることもあるけど、松味食品は所詮中堅企業だし。
珠里の姿を見つけて、一瞬息をするのを忘れた。青いドレス姿の珠里は、相変わらず信じられないくらい綺麗だ。久しぶりに見ると、あんな小顔だったんだなと驚く。髪はロングだったのがセミロングになっていて、ゆるく巻いた髪も良く似合ってた。数年前まで、比較的長い間付き合ってたんだよなと、他人事みたいに思う。
「茶谷くん、久しぶり」
何でもないように笑う珠里は、あの頃と全然変わっていないように見えたけど、スパークリングワインの入ったフルートグラスを持つ薬指に、銀色の指輪が控え目に光ってる。よく見ると、ダイヤが何個か埋まっているみたいだった。
「珠里さんも、元気そうですね」
我ながらしらじらしいなと思いながら、珠里の顔を見る。付き合っていた頃より、随分明るい感じになっているように見えた。
「元気だよ。この通り」
「あれから、なんか変わりました? 状況・・」
先輩と後輩が、久しぶりに会ったように話してる感じがする。ここにはもう、彼氏彼女とか、そういうやつは一ミリもない。
「ああ、うん、今ね、養子縁組の審査が通って・・来年には、迎えられるかもって言われてるの」
「へえ、良かったですね」
「うん。茶谷くんは、あれからどう?」
ああ、ズキズキすんなあ、と嫌になる。このよそよそしい話し方も、あの日から前に進めない自分も、とっくに前を向いている珠里も、全部がきつい。
俺は、珠里を失ってから、何も良い事なんかなかった。この人と、一生を生きていくつもりでいたんだ。
「あれから・・ですか。相変わらず営業成績はトップで、女にはモテてます」
「やるねえ。やっぱ、茶谷くんはそうじゃなきゃね」
「なんですか、その、そうじゃなきゃって」
「生意気な後輩が、暴れてる感じ」
珠里はそんなことを言って微笑んだ後、他に呼ばれて俺の元から離れた。相変わらず人望がある珠里は、どこに行っても人に囲まれて、中心で楽しそうに笑っている。
2年前、珠里は毎日毎日泣いていた。病魔に襲われて、子どもの望めない身体になって退院して、人が変わったみたいになっていた。
あの珠里をこんな風に元に戻せたのは、旦那のお陰だというのは間違いない。その事実をはっきりと見せつけられれば、やっぱり結構凹む。珠里のために養子縁組まで了承して動くような、人間的にも見上げた旦那なんだろうと思うと、俺は何なんだろうなって気分だ。
2次会が終わって、何人かと飲みに行った。他愛のない話をして、昔と変わらない雰囲気のまま、解散した。
帰りの電車で、なんだかどっと疲れたなと窓の外を見ていたら、携帯電話がメッセージを受信した。
『茶谷さん、10月9日空けておいてください』
赤堀、空気読まずにこういうことを送って来るところは流石だな。今、俺は近年まれに見るセンチメンタルに襲われているんだ。
『何で・・』
割と先の予定をブロックしにかかってくる時点で、何か大事なことがあるのだろうかと興味が湧いた。
『私が生まれた日だからです』
『えっ? 祝えってこと? 図々しいな』
何で会社の後輩の誕生日を祝わなきゃなんねえのか、本当に意味不明だ。それこそお前、俺の誕生日すら知らねえだろうが。
『一生のお願いです。10月9日だけ、私に下さい』
『重い』
鶴の一生の願いがおかしいので、とりあえず一刀両断しておいた。受信した赤堀が、いつもの感じで「ぎゃー」と言っている気がして、頬が緩む。
さっきまで珠里のことで気分が落ち込んでいたけど、後輩とバカみたいなやり取りをして、何でもないことを考えていたら、どうでもよくなってきた。
もし、珠里の立場に赤堀が立ったなら、あいつはどんな感じになるんだろうかとありえないことを考えて、いやあいつ鶴だしな、と馬鹿馬鹿しくなった。
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