会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏

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第1章

失礼な後輩

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 藍木と赤堀が異動して、新しく入社した新卒社員が配属になった。うちの部には2名新人が来て、俺に浅黄あさぎという女性社員が付くことになった。
 なんでここのところ女性社員ばっかりなんだ。正直やりづらい。

「茶谷さーん! ちょっとだけ良いですか?」
「お前もう、ここの部署じゃないだろうが。・・一応聞いてやる」

 赤堀が何やら相談にやってきた。マーケでうまくやれてるんだろうか。あの部署は掴みづらい人間の巣窟だ。

 手渡されたのは、とある飲食店のABC分析だった。赤堀が営業部に居た時に時々客のABC分析を見せたりしていたから、それで持って来たんだろう。

 にしても・・営業1部のとある飲食店の材料売上でABC分析って・・。何を把握しようとしたんだ、こいつ。

 ABC分析というのは、別名を重点分析と言って、何が売上の重点になっているのかを把握するために使う手法だ。
 扱っている商品の売上の上位からA、B、Cに分類する。
 A群が売れ筋で、C群が死に筋、そしてその中間がB群。俺は売り場の商品が「循環」するのが大事だと思ってるタイプで、商品を入れ替える提案を頻繁にしていく。

 同じ商品が常に同じように並ぶ店って、なんかイケてない気がすんだよな。個人的な意見だけど。

 で、赤堀の持って来た飲食店のケースだと、客には材料を卸していることになる。何が売れているかっていうのは、どの材料が使われてるかということになるわけだが・・。

 お前さあ、材料のABC分析ってマジで意味わかんねえんだけど。
「これ、相手が飲食店ってことは、単純にABC分析したところであんまり意味ねえよな。まあ、Aの在庫が切れないように発注気にすることくらいなら、有効に活用できるかもしれないけど」
「えっ? そうなんですか??」

 あ、赤堀の目が丸くなった。そこ盲点だったのか。終わってんな。

「いや、だって店で提供するメニューによってすぐにAもBもCも変動すんだろ。単純に売れ筋の傾向ってことになるわけねえだろうよ?」
「はっ?!」
「はっ、じゃねー。頭使えよ、頭を」

「えっ、どうしよう、茶谷さん。どうしたらいいですか!?私」
「だから、頭を使え。何のために付いてる」
「ヒント下さい! ヒントを!」
「欲しがるねー・・マーケの赤堀さん・・」
「私と茶谷さんの間柄じゃないですか!」
「それなら今すぐに席に帰ってくださーい。もうお前は俺にとって終わった後輩でーす。碧井に聞け」
「ぎゃー! 現実!」

 にぎやかだな、こいつ。そこが面白いんだけど。ヒントっつっても、さっき言ったことがそのまんまなんだけどな。大丈夫か、もうすぐこの件で打ち合わせがあるからって慌てて去って行ったけど・・。

 それにしても、今の、営業1部の黒瀬くろせ案件だって話だ。
 黒瀬は28歳の若手注目株で、営業センスは良いし、とにかく社内の調整がうまい。スタッフに好かれるタイプで、仕事を円滑に進めるスキルが高いと思う。その黒瀬がこの判断をしたのか・・。

 1部はあんまりABC分析とか要らない部署だし、黒瀬もこのケースでどの分析をするのが良いのか、ちゃんと分かってないんだろうな。 

 あーイライラしてきた。しっかりしろよ、1部の上の連中・・。


 その後、赤堀からのフィードバックが無い。あの件、結局どうなったんだよ。人に意見を求めた場合、その後をちゃんと報告できるかどうかって、社会人として大事なポイントだと思ってんだけど。

「おい、お前! 赤堀! あの件はどーなったんだよ?」

 廊下で普通に歩いている赤堀を見つけて、つい叫んでしまった。振り向いた赤堀が気まずそうにこっちを見ている。おい、ちげーだろ、その態度。

「お陰様で、私の仕事は無事に完了いたしました」
「それはそれは。おめでとう。おい、何で逃げる?」
「逃げていません、茶谷さんをわたくしのような下々の者のためにお時間を取らせるなどあってはならないと・・」
「おおそうか。もう2度と相談のらねーぞ」
「ぐっ・・」

 イマドキの若者、どうなってんだ。思わず老害の仲間入りをしそうになる。赤堀を捕まえて、ちゃんとフィードバックをしろと会議室に連れ込んだ。
 人事の灰原が見たら、それはセクハラだパワハラだと騒ぎ出すだろう。灰原に見つかっていないか、一応周囲を確認した。

 赤堀は、黒瀬に本当に必要だったのは売上分析だった、と振り返りながら、実際の店舗に行ってみて現地で分かったことを話してくれた。ちゃんと現地に行くところは感心した。うちのマーケティング部の連中は、そういうところがあんまりできていないやつが多い。

「ちなみに、黒瀬さんと青木くんが、茶谷さんは絶対に女性が放っておかない、彼女がいないわけないって言うんですよ。その辺、私、聞いたこと無かったですよね?」

 不意に、赤堀に聞かれた。青木というのは赤堀の同期入社で、元高校球児の高身長イケメンだ。笑顔が爽やかで、男の俺でもちょっと怯む。黒瀬の下について営業をしていて、誰に対してもあたりが良いあの青木が、俺のことをそんな風にねえ・・。

「あいつら・・赤堀のような彼氏のいない女の前で・・」

 黒瀬と青木の言い分からすると、男に放っておかれている赤堀はかなりディスられている。お前気付いてねえのか、万年フリー。

「それはもう、いいじゃないですか・・」
「そうか、傷口を抉って申し訳ない」
「いいんですよ、私のことは。だからどうなんですか、茶谷さんは」

 俺の彼女の話とか聞いてどうすんだ? 面白いのか、それ。

「はいはい、答えればいいんですか。彼女いますー仲間じゃなくて残念でしたー」
「イラっとするなあ・・いやすいません、なんでもないです」
「一応聞いておきますけど、彼女さんは生きている人間ですよね?」

 赤堀の言葉に、ひたすら疑問しか浮かばない。生きている人間以外に彼女って言葉を使うのか、お前の生きる世界では。俺が人形でも抱えて彼女ですとか言うと思ってんのか。相当やべーだろ。

「残念ながら、生きている人間だな」
「お年は・・」
「・・26だ」
「えっ?若くないですか? えっ? 茶谷さん30過ぎて・・」
「6歳差だな」
「意外ですね・・なんとなく年上好きっぽいのに・・」

 鋭い・・。こいつ、たまにやけに鋭い。そうですよ、もともとは年上派ですよ。33にもなると、年上の女は結婚前提で付き合わないといけない空気がすごいとか知らねえだろ。言わねえけど。

「ちなみに、社会人っていうのはどういうところで出会うんですか?」
「・・俺は、ジムだったな」
「事務?総務部とかですか?」

 ジムを事務と取ったか。それで総務部まで飛ぶか。ちょっと面白いな。

「違う・・キックのジム。キックボクシング」
「えええええ?! 茶谷さん、キックボクサーなんですか? えっ? なにそれ?」
「悪いか」
「えっ、やだ、カッコイイじゃないですか?!」

 知ってる。カッコイイんですよ、君の先輩は。もっと褒めろ。
「そっかあ・・ジム・・趣味があると出会いもあるんですかねえ・・」
「お前もあるだろ、音楽。出会いとかありそうだけどなあ」

 赤堀は音楽趣味の友達が多いらしい。男女問わず。俺は男女の友情が成立したことがないのでその辺の感覚は分からないけど、男友達とか言って、実際は不適切な関係くらいはあるんだろうなと、ちょっと疑っている。
 たまに音楽フェスの話とかしてくるけど、普通に泊まりじゃねーかと驚くし。男女の趣味友達ってそういうもんなのか?

「みんな、いい友達ですよ・・」

 いい友達の意味な・・。卑猥に聞こえるわ。

「そうか、強く生きろよ・・」
「悔しい・・茶谷さんのくせに・・カッコイイ趣味と若い彼女さんとか・・」

 お前、さっきカッコイイって言ったのは俺に対してではなく、キックに対してか。趣味だけをカッコイイと言ってたのか。実はすげー失礼だな。茶谷さんのくせにとは何だ。

「まあ、赤堀の場合は必要としてないだけだろ」
「そっすね、ええ。必要ないです、彼氏とか」

 若いのに、彼氏が必要ないと言い切る若者に、日本の未来を案じてみた。この世はどんどん草食化してんだな。別に個人の価値観だからどうでもいいけど、勿体ない気もする。赤堀は決して可愛くないわけじゃないし、性格も独特で話も面白いのに。

「そういうの、男は分かるからなあ」
「彼氏よりも友達の方が、終わらないですから・・」
「いや、友達だって終わる時は終わるよ」

 男女の友情なんて、特に脆い。簡単に終わるもんだと思うけど・・まあ、人によるのかもしれない。
「30代にもなると、結婚とか考えたりするんですか?」

 赤堀の質問が割とビビる内容だ。先輩の結婚願望とか聞いてどうすんだ。

「これがねえ、あんまり。っていうか、最低だと思うけど・・全然」
「うわ、最低ですね」
「お前の年でもそう思うんだ・・」
「今だけ良ければいいって、いわゆる遊びってことですよ・・?」

 言いやがったな、赤堀。お前フリーのクセに偉そうだな。遊びってわけではない。ちゃんと彼女だし。
 でも、実際のところ、あっちは俺のこと遊びなんだろうなと、不意にあのロングの黒髪が浮かんだ。

「今がいいってことは、幸せってことだろ」
「いいや、大人なんですから、それは違います!」

 うーん、なんか誤解されてんのかな。赤堀はちょっと怖い顔でこっちを睨んでる。会議室に大きめの声が響いた。先輩の付き合い方に口出ししてどうすんだ、フリーのクセに。

「茶谷さん、私・・多分、茶谷さんのこと、かなり崇拝してるんですよ」
「ふうん? 伝わってこなかった」
「茶谷さんの彼女さんへの向き合い方は、茶谷さんらしくないです」
「らしくない、か」

 俺らしさって何だ。赤堀にはその定義があるってことか。難しいことを言う。まさか後輩に説教を食らうとは。

「そんな向き合い方していたら、茶谷さんがそのうち後悔するかもしれないんですよ?」
「・・赤堀のくせに、言うじゃねーの」

 そのうち後悔、か。お前が何を知ってんだよって思うけど、確かに、今の彼女とずっと一緒に居られんのかって聞かれたら、無理だ。相手にその気が無いってのがでかいにしても。

「そっか、もうちょっと真面目に考えてみるわ・・。それで、お前は納得すんの?」
「え?」
「赤堀は、それでまた崇拝してくれんの?」
「・・はい」
「ああそう」

 赤堀は、面白い後輩だ。これから赤堀のいるマーケには、色々無理難題を言うと思うから、崇拝してくれてんのはありがたい。それに、1年間面倒みてきた後輩から慕われるってのは、案外良いもんだな、なんて、その時は思ってた。
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