会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏

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第1章

同期孝行をする

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※このエピソードは番外編『緑川さんと茶谷くん』を読んだ後に読むと、深い理解を得られます。


「ねえねえねえねえ、ゴロー! あんたさあ、スーパーに置いてる什器とかポスターとか、もらってこれないの??」

 これは、席に来た同期入社の緑川が興奮して俺に言ったセリフだ。悪い予感がする。

「いや、それ普通に横領だから」

 俺が当たり前だろと返事をすると、緑川はショックでフリーズした。これは例の男関連だな。

 緑川には、ハマっているアイドルがいる。しかもそいつは小学生男子だ。
 同年代の小中学生女子たちに人気急上昇中らしく、緑川が一番好きだという緑色を常に身に着けているやつはドラマにも子役で出ている。これが割といい演技をしていて、最近注目されてきてるらしい。

「れいわ製菓がソフトキャンディの広告キャラクターに『KazaKamiBoyzカザカミボーイズ』を起用したの。で、るいるいは緑だからマスカット担当なんだけど、るいるいとまおまおのカップリングが風下たちのツボをつくビジュアルになっててさあ。全国で什器やポスターの盗難が相次いじゃってるらしくて・・」
「ごめん、途中から言ってることが分かんねえわ」

 緑川の話すアイドルの話は、90パーセントくらいは宇宙語だ。
「要は、私の好きな子が人気すぎてポスター(※恐らく店頭に設置するバナーのことを言っている)見かけられないの! 色んなスーパーを巡業したのに、どのお店にも貼って無いし、SNSで他のファンがアップしてる目撃情報もないし、全然見つからないんだよ!」
「いや、スーパーの什器ってそんなに盗難されねえぞ。防犯カメラも付いてるし、客も含めて常に人が居るし」

 まあ、盗難がないわけではないが、最近あんまり什器が盗まれたって話は聞かない。何しろ、警備員を雇っていたり防犯カメラを使っていたり、どこも万引き対策には常に頭を抱えているからだ。

「じゃあ、なんでどこにもいないのよおおお。あたし、るいるいきゅんの勇姿が見たいだけなんだよ! それを見てから、れいわ製菓さんに電話してお礼を言いたいだけなんだよ!」
「えっ・・なんだよお礼って・・」
「オタクたるもの、推しを起用した企業へのお礼を忘れたらダメなの。るいるいやKazaKamiBoyzを起用して良かった、って思ってもらうまでがファンの使命なの。分かる?」
「分かるわけねえだろ」

 本当にこいつは好きなアイドルの話になると人間が変わる。
 それにしても、あのれいわ製菓が起用するレベルか、そりゃすげえな。
 れいわ製菓は、広告キャラクターに旬の人気タレントばかりを使う企業だ。

「明日、れいわ製菓の営業に会うけど」
「えっ・・?」
「ポスターは難しいかもしれねえけど、なんか頒布品余ってたらもらってやるよ」
「えっ・・??? そんなこと、できるの??」
「おい、俺を舐めんなよ。れいわ製菓に多大な恩を売ってる男だぞ?」
「ゴロー!! お願い、れいわ製菓さんに、るいるいのことまた起用してって伝えておいてよお。私からもお客様相談センターに電話するけどおおお!!」
「いや、俺が会うのは営業担当だから。そういうのはちょっと遠回りでなかなか伝わんねえわ」
「うう・・でも、あんたに話して良かった・・今日は泣きながら家に帰るね・・」

 おい、実際泣いてんじゃねえか。泣くほどか。
 そうして、緑川は退社して行った。普段のキリッとした人事担当の姿は見る影もなかったが、なぜか俺の席の周りには誰もいなかった。どういうことだ、目撃者がいねえ。


 次の日、れいわ製菓の営業担当と打ち合わせをした。これから出る新商品のことや注力していく商品のこと、広告の計画なんかを聞く。まあ、俺は実際に売れそうな商品が何かを考えるわけだが。

「なんか、ソフトキャンディで起用した男性アイドルが人気らしいっすね」
「茶谷さんもご存じなんですか? いやあ、僕は全然知らなかったんですけど、小中学生の女の子たちにすごく人気らしくてですね・・これがまた、店頭什器を置くと混乱しちゃうからって言って、スーパーさんが採用してくれなくなっちゃって」

 まじか。そんなこともあるのか。緑川、お前の好きな小学生は相当人気らしいぞ。

「いや、うちの同僚にも大ファンがいて、れいわさんに今日会うって言ったら礼を言えって言われましたよ。商品は売れたんですか? 起用して」
「すごい売れ行きです。マストバイ(※購入したら応募できる)キャンペーンを始めたんですけど、反響がすごいのなんのって」
「じゃあ、儲かってんじゃないですか」
「最終的にどうなるかですけど、初動は予想の3倍くらいですね」
「おお」
「じゃあ、いつも大変お世話になっている茶谷さんには・・」

 そう言って、営業担当のおっさんがカバンの中から何やら出してきた。

「これが、KazaKamiBoyzのバイヤー向けノベルティです。クリアファイルとメモ帳とマスキングテープなんですけど、もしよかったら」
「うわ、すんません。うちの人間にあげていいですか? 多分、失神するほど喜ぶんで」
「ええ。これはバイヤーさん向けなんで、松味さんが持っててもおかしくないノベルティですから」

 緑色の服を着た小学生と青い服を着た中学生が、背中を合わせて腕を組んで写ってるメモ帳と、メンバー5人が並んだクリアファイル、あとはロゴの入ったマスキングテープだった。

「まさか、茶谷さんに喜んでいただけるノベルティになってたなんて、光栄です」

 れいわ製菓の営業は、そう言って本当に嬉しそうだった。確かに、俺は今迄こういった頒布品を欲しがったり喜んだりしたことはない。
 今回だって、緑川に言われなかったら大して興味もなかっただろう。

「れいわさんは、いつも人気のタレントさん起用しますね」
「ええ、割とうちのお家芸というか、昔からそこは変わらないんですよね」

 確かに、そうかもしれない。れいわ製菓と言えば、CMに人気タレントを使っていつも旬なイメージを作っている。
「お菓子って、極論あってもなくても良い物なので、やっぱり楽しさとかドキドキが大事なんです。だから、そういう広告を大事にしてて」
「ああ、なるほど。確かに」

 そんな話をして、打ち合わせが終わった。最後に藍木は元気かと聞かれたので、元気だと答えたら会いたいなあとほざいていた。れいわ製菓のアイドルは相変わらず藍木らしい。そう簡単に会わせねえよ。うちの社員だぞ。



「おい、緑川。これもらった」

 早速、緑川の席に行ってクリアファイルとメモ帳とマスキングテープを渡す。

「えっ・・」

 緑川の目が丸くなり、口は半開きだ。完全に言葉を失っていた。

「このるいるい、通常のと別バージョンじゃん・・なにこれ・・まおまおと腕組んでるよ?? えっ・・笑顔かわいすぎない?? 天使を超えたよ? え? やだ、すごいこれ。なんでなんで??」
「バイヤー向けの頒布品らしいから、一般人には渡さないやつらしい」
「う・・うそ・・うそうそうそ・・すごいすごいすごい!!」

 うわ、こいつ泣きやがった。やめろ、オフィスで。目立つだろ。

「嬉しいよう・・ゴロー・・ありがとう・・あたし・・松味食品入って良かったっ・・」
「泣くな泣くな。れいわ製菓に入ってたらもっと色々手に入ってたはずだし」
「だって、これからるいるいが他のメーカーさんのキャラクターになっても、ゴローならきっと貰ってくれる気がするもん・・」
「ああ、そうかもな」

 その後もずっと緑川は泣き止まなくて、全国の什器やポスターが登場しない理由を聞いては、KazaKamiBoyzが全国区になったと感動して泣いていた。

 やかましいなあと思ったけど、同期孝行ができたので、まあよしとする。
 仕事やってると、たまに思わぬ方向から感謝されることがあるけど、こういうのは予想外だったな。
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