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第1章
後輩の評価面談
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2019年3月12日――
今日は、同期で人事部の緑川亜季と面談の予定が入っている。
俺の目線で申し訳ないが、恐らくこの松味食品という会社の中で一番イケている女といえば、緑川だと思う。どんなスーツも着こなして、360度どこから見てもイイ女の仕上がり。
すっかり前下がりのボブスタイルが定着している緑川だが、あの髪型を常に綺麗に保つのには、それなりに美容院の頻度がいるはずだ。まあ、中身はゴリゴリのショタコンなんだけど。
「ゴロー、忙しいのにありがとう」
会議室で、緑川の隣に部下の灰原真人がついていた。後輩に関する評価面談だから、別に灰原が付いていてもおかしくはない。
俺、コイツ結構苦手なんだよなー・・若いくせにわざと黒縁眼鏡で硬そうな格好して何考えてるか分かんねーし、上司の緑川のことが妙に好きだし、何となく女癖の悪い男の匂いがするし。
緑川には同期として全力で逃げてもらいたい。まあ、灰原には悪いが緑川の好みとは遠すぎて大丈夫だろうなと思う。
「まあ、お前も大変だな」
緑川に声をかけて席に着く。緑川はこれで係長だ。もう少し昇進さてもいいんじゃないか。
「そう? 営業部エースにそう言われるのは、光栄だと思ったら良い?」
緑川は、そう言ってバインダーを開いた。そこには、今、俺の下についている『藍木加南』と『赤堀結』の名前が書かれたシートが挟まっていた。
「まずは、藍木さんね。藍木さん、すごい色んな部署から引き合いが来てるのよ。皆、今年の新人は藍木さんが一番良いって言ってて」
「まあ、分かる」
「ゴローのとこの部長も、そのまま藍木さんに居てもらいたいって・・ずっとメール送って来る」
「きめえな、あのおっさん」
おっと、灰原にちょっと睨まれた。何だよ、威嚇か?
「やっぱり、藍木さんは営業部にいたほうが良さそう?」
「そうだな・・藍木なら、どの部でもうまくやると思う。ただ、心配なことがひとつあって、あいつ取引先からやたらモテんだよな」
「モテるって、どんな感じ?」
「変な親衛隊みたいなの出来たり、おっかけっぽいのがいたり」
「それって、営業的には良い事なんじゃないの?」
まあ、一理ある。それだけ評価されて気に入られているのは、良い事でもある。でも、女性が女性として見られる環境で仕事をするってのは、そんな単純なことじゃない。
「緑川さん、あんまりいいことじゃないですよ」
緑川の隣で灰原が口を開いた。出たよ、コンプライアンス野郎。はいはい、緑川に説明しておいてやれよ。
「そっか、まあ、そうかもね」
「まあ、客にも同じようにモテてるかって言うと、取引先ほどじゃないけど」
「藍木さん、そんなに人気なんだあ・・」
緑川が驚いている。まあ、藍木がモテる理由は何となく分かる。まず半端なく気が利くし、性格も素直で機転が利く。よく笑うから相手は誤解しがちだし、何と言っても見た目が清楚系で小柄なので、その辺のおっさんはコロリだ。俺は藍木をおっさんホイホイだと思ってる。
「あの人気を、社内で発揮するのもありなんじゃねえかな。スタッフ部門で」
「スタッフ部門かあ・・これ以上スタッフ増やしてどうするんだ、とかいう上の人もいるのよねえ」
「アホだろ、そいつ」
「あんたのとこの部長だってその一人よ」
「アホだな、あいつ」
灰原、その視線やめてくれ。部長をアホ呼ばわりした俺が悪かったけど。
「そっかあ、スタッフ部門ね・・本人も、営業企画に行きたいとは言ってるんだ」
「ああ、向いてるな」
「最終的には、本人の希望を聞いてあげたいなあ・・」
「そうしてやれよ。藍木は、どこでもちゃんとやるよ」
「じゃあ、次は赤堀さんね」
「ああ、営業はあんまり向いてないと思う」
「そうなの? 社交的だし明るいから、営業向きかと思ったんだけど・・」
緑川に言われて、こいつは人事のくせに明るくて社交的なのが営業に向いてるって思ってんだなと、ちょっと驚いた。営業職は、別に社交的な人間が成功するとは限らない。
「俺も、社交性はそんなにない。だけど、ずっと営業成績はトップだ」
「ほんとですね」
うるせえ、灰原。そのほんとですねは、社交性がない、に対して言っただろ。俺に恨みでもあんのか。喧嘩売ってんのか。
「赤堀は、営業センスが壊滅的なんだよな・・。社交性は確かにあるし、察しはいいし、考え方はしっかりしてんだけど」
「なるほど・・。本人はマーケ(※マーケティング部)志望なんだよね」
「マーケは向いてんだろうな。まあ、あの部署で新人がやってくのはきつそうだけど」
「やっぱり、きついよねえ」
「赤堀なら大丈夫な気もするよ」
赤堀は、妙に根性がある。仕事に根性を持ち込むのは時代遅れだけど、やっぱり最後の最後に踏ん張りが利くのは根性もある。特に、新人なんかは。
うちのマーケティング部は、1名を除いた全ての社員が転職組で構成されている。実は社内でもマーケティング部だけは雰囲気が全然違う。アカデミックな連中だけど融通が利きづらくて、あの部署でまともに話ができるのは碧井という新卒社員から配属されたやつくらいだ。転職組は、どうも話が通じない。
「そっか、ゴローが言うからそうなのかな。赤堀さん、良い子だからマーケで潰れちゃったらやだなあ」
「そこは、周りがフォローしてくしかねえだろ」
後輩の評価面談はそんな感じで終わった。灰原が最後まで俺に対して失礼な感じなのが気になったけど、あんな男は別に敵でもなんでもない。人事の若手社員に嫌われるような覚えはないから、心当たりがないのが気持ち悪いところか。
「ゴロー、相変わらずすごいね、成績」
会議室から出て戻る時、緑川が最後にそう言って去って行った。同期入社の美人にそう思ってもらえるのは、まあ、ありがたいかな。
今日は、同期で人事部の緑川亜季と面談の予定が入っている。
俺の目線で申し訳ないが、恐らくこの松味食品という会社の中で一番イケている女といえば、緑川だと思う。どんなスーツも着こなして、360度どこから見てもイイ女の仕上がり。
すっかり前下がりのボブスタイルが定着している緑川だが、あの髪型を常に綺麗に保つのには、それなりに美容院の頻度がいるはずだ。まあ、中身はゴリゴリのショタコンなんだけど。
「ゴロー、忙しいのにありがとう」
会議室で、緑川の隣に部下の灰原真人がついていた。後輩に関する評価面談だから、別に灰原が付いていてもおかしくはない。
俺、コイツ結構苦手なんだよなー・・若いくせにわざと黒縁眼鏡で硬そうな格好して何考えてるか分かんねーし、上司の緑川のことが妙に好きだし、何となく女癖の悪い男の匂いがするし。
緑川には同期として全力で逃げてもらいたい。まあ、灰原には悪いが緑川の好みとは遠すぎて大丈夫だろうなと思う。
「まあ、お前も大変だな」
緑川に声をかけて席に着く。緑川はこれで係長だ。もう少し昇進さてもいいんじゃないか。
「そう? 営業部エースにそう言われるのは、光栄だと思ったら良い?」
緑川は、そう言ってバインダーを開いた。そこには、今、俺の下についている『藍木加南』と『赤堀結』の名前が書かれたシートが挟まっていた。
「まずは、藍木さんね。藍木さん、すごい色んな部署から引き合いが来てるのよ。皆、今年の新人は藍木さんが一番良いって言ってて」
「まあ、分かる」
「ゴローのとこの部長も、そのまま藍木さんに居てもらいたいって・・ずっとメール送って来る」
「きめえな、あのおっさん」
おっと、灰原にちょっと睨まれた。何だよ、威嚇か?
「やっぱり、藍木さんは営業部にいたほうが良さそう?」
「そうだな・・藍木なら、どの部でもうまくやると思う。ただ、心配なことがひとつあって、あいつ取引先からやたらモテんだよな」
「モテるって、どんな感じ?」
「変な親衛隊みたいなの出来たり、おっかけっぽいのがいたり」
「それって、営業的には良い事なんじゃないの?」
まあ、一理ある。それだけ評価されて気に入られているのは、良い事でもある。でも、女性が女性として見られる環境で仕事をするってのは、そんな単純なことじゃない。
「緑川さん、あんまりいいことじゃないですよ」
緑川の隣で灰原が口を開いた。出たよ、コンプライアンス野郎。はいはい、緑川に説明しておいてやれよ。
「そっか、まあ、そうかもね」
「まあ、客にも同じようにモテてるかって言うと、取引先ほどじゃないけど」
「藍木さん、そんなに人気なんだあ・・」
緑川が驚いている。まあ、藍木がモテる理由は何となく分かる。まず半端なく気が利くし、性格も素直で機転が利く。よく笑うから相手は誤解しがちだし、何と言っても見た目が清楚系で小柄なので、その辺のおっさんはコロリだ。俺は藍木をおっさんホイホイだと思ってる。
「あの人気を、社内で発揮するのもありなんじゃねえかな。スタッフ部門で」
「スタッフ部門かあ・・これ以上スタッフ増やしてどうするんだ、とかいう上の人もいるのよねえ」
「アホだろ、そいつ」
「あんたのとこの部長だってその一人よ」
「アホだな、あいつ」
灰原、その視線やめてくれ。部長をアホ呼ばわりした俺が悪かったけど。
「そっかあ、スタッフ部門ね・・本人も、営業企画に行きたいとは言ってるんだ」
「ああ、向いてるな」
「最終的には、本人の希望を聞いてあげたいなあ・・」
「そうしてやれよ。藍木は、どこでもちゃんとやるよ」
「じゃあ、次は赤堀さんね」
「ああ、営業はあんまり向いてないと思う」
「そうなの? 社交的だし明るいから、営業向きかと思ったんだけど・・」
緑川に言われて、こいつは人事のくせに明るくて社交的なのが営業に向いてるって思ってんだなと、ちょっと驚いた。営業職は、別に社交的な人間が成功するとは限らない。
「俺も、社交性はそんなにない。だけど、ずっと営業成績はトップだ」
「ほんとですね」
うるせえ、灰原。そのほんとですねは、社交性がない、に対して言っただろ。俺に恨みでもあんのか。喧嘩売ってんのか。
「赤堀は、営業センスが壊滅的なんだよな・・。社交性は確かにあるし、察しはいいし、考え方はしっかりしてんだけど」
「なるほど・・。本人はマーケ(※マーケティング部)志望なんだよね」
「マーケは向いてんだろうな。まあ、あの部署で新人がやってくのはきつそうだけど」
「やっぱり、きついよねえ」
「赤堀なら大丈夫な気もするよ」
赤堀は、妙に根性がある。仕事に根性を持ち込むのは時代遅れだけど、やっぱり最後の最後に踏ん張りが利くのは根性もある。特に、新人なんかは。
うちのマーケティング部は、1名を除いた全ての社員が転職組で構成されている。実は社内でもマーケティング部だけは雰囲気が全然違う。アカデミックな連中だけど融通が利きづらくて、あの部署でまともに話ができるのは碧井という新卒社員から配属されたやつくらいだ。転職組は、どうも話が通じない。
「そっか、ゴローが言うからそうなのかな。赤堀さん、良い子だからマーケで潰れちゃったらやだなあ」
「そこは、周りがフォローしてくしかねえだろ」
後輩の評価面談はそんな感じで終わった。灰原が最後まで俺に対して失礼な感じなのが気になったけど、あんな男は別に敵でもなんでもない。人事の若手社員に嫌われるような覚えはないから、心当たりがないのが気持ち悪いところか。
「ゴロー、相変わらずすごいね、成績」
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