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月が満ちて

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結局、その後もアルからの手紙は来なかった。
満月の日を迎えてしまって、あたしはアルに会えるだろうかと不安になっている。

初めて会った新月の日、次の満月の日に会えると言われた時は、何の疑いもなくアルを信じていた。

今は、アルの気持ちを感じるのに、ちょっとしたことで不安定になる。
会いたくて、アルと一緒にいたくて、存在を感じたい。

「太陽神様、満月の夜ですね――」

あたしは、アルの姿を思い浮かべながら祈った。月明かりの中、あのキラキラとした光が降り注ぐ。

「ウィルダ!」

現れた途端、アルはあたしの名を叫んであたしを抱きしめる。

「アル……」

あたしは色々言いたいことがあったのに、一目アルの姿を目に入れただけでやっぱりどうでもよくなった。
アルの腕の中にいると、この人が事情なく連絡を途絶えさせる人ではないってことくらい分かる。

「会いたかったよ」

アルが苦しそうな声で言った。あたしはそのアルがどんな顔をしているか確認しようと顔を上げる。

「ウィルダを心配させただろうか?」
「さっきまでは……」
「すまなかった」

申し訳なさそうな顔で謝るアルを見て、この人がこんな顔をしたのは初めて見たなって、ちょっと得した気分になった。

「仕方がないから、もう許してあげるわ」

嬉しくてあたしが笑うと、アルが余裕のないキスを沢山くれた。
なんだか必死で、この人にこんなところがあったのだと知る。

「大変なことは、まだ続いているの?」
「ウィルダと一緒になるためには、やらなきゃならないことも多い」
「どうして、あたし達のことなのに、あなただけが頑張っているの?」
「それは、こちらの問題だからだ」

なんだか、あたしは納得がいかなかった。
大変な時には頼って欲しいのに、事情も分からなければ何をしているのかもわからない。
こんな関係で、これから夫婦になるのかしら?

「あなたの問題は、あたしの問題でもあるんじゃないの?」
「君なら、そう言うだろうと思ったよ」
「じゃあ、どうしてあたしには何もできないの?」
「大丈夫、何もできないなんてことはない。今だって、本当に助かっているから」

寂しげな声を押し殺すように、アルはあたしの口を塞ぐ。あたしは、これだけでも十分に彼の愛情を感じる。
なんでかとかはよく分からないけど、これが女の勘ってやつだと思う。
アルは、あたしのことが好きで、あたしのことが欲しいって思ってる。

とても。

「夫婦になったら、きっと毎日、あなたの気持ちを確かめられるわね」
「……どうして前回、無理矢理にでも夫婦の誓いをしなかったのか、残念だ」

「あたし、アルの全部を受け入れる覚悟をしてるわ」
「……知っているよ」

かなり勇気を出して恥ずかしいことを口走ったのに、アルは「知ってる」と言った。

「ウィルダが、どれだけ強い意志で私と一緒にいてくれているのか、そこにとてつもない覚悟があることも、私は知っている」
「じゃあ、あなたの負担をあたしにも頂戴」
「だから、私がどれだけウィルダに感謝をしていて、どれだけウィルダを愛しているのか。それを伝えられたらって、ずっと歯がゆい」

アルがそう言って寂しそうな顔をする。
今日は満月の夜で、あたしはもうすぐ女神様に会わなきゃいけない。

つまり、あたしたちが一緒にいられるのは、もうすぐおしまい。

「でも、あと二週間であたしたち、夫婦になるのでしょう?」
「勿論だ」

アルの濃紺の髪が満月の夜に溶けた。
最後の言葉をあたしの耳に残し、あたしにアルの腕の中の感触を残したまま、ふっと姿を消してしまったから。

ねえ、アル。
覚悟はとっくに出来ているけど、あなたの抱える何か大きなものが、あたしたちを引き裂いたりはしないのかしら? 

あたし、それがすごく怖いのよ。

 
 *

その日、あたしは女神様と話しながら心ここにあらずな態度になってしまった。
アルのことが気になっているのだと女神様に当てられてしまって、素直に認めて謝った。
女神様は笑いながら許してくれた。

「女神様……あたしもうすぐ、その人と結婚するの」

人間の感覚とは違う女神様から何て言われるのか気になって、その話をする。

「ええ、知ってるわよ。大丈夫大丈夫、悩んでないでとっととすれば、案外どうとでもなるものだから」

根拠のない大丈夫を、神様の口から聞いてしまった。
夫婦の誓いをするのは太陽神様と女神様が相手だから、反対されることはなさそうで良かったのかしら……。
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