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満月の日 1
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「引き金を二段階に引けるように出来ないかしら? 一段階目で精霊の力を確認してから、ぐっと引ければ、上手く行きそうなのよ」
休み明けの日、あたしは研究室で新しい精霊銃の試作品を見ながら研究員たちと話し合っている。
「動力の確認が、ウィルダ様のような加護の有る方でなければ分からない可能性がありますが……」
「だから、加護のない人にも指の感覚で分かるようにすればいいじゃない」
大抵、みんなはあたしの感覚が「普通じゃないのだから」という言い方をする。だから、人とは違うあたしの言うことはどこかずれていると言う。こういう言い方をしないのは、あたしの周りには残念ながらマティアスしかいない。
「指の感覚ですか……」
「そうよ。指の感覚だけで分かるようにするの」
言うのは簡単ですが、という顔をして研究員たちが絶望的な目をこちらに向ける。分かってるわ、その精霊の力を肉眼で見られるのは、この中ではあたししかいない。分からないものをどうやって感覚にするのかってことなんでしょう。
「勿論……あたしがずっと側で指示するから」
「よろしくお願いします……」
研究員のみんなにとって、あたしは同僚だけど社長の娘。どうしたって上下関係みたいなものが出てしまう。こういう関係値が、あたしはあんまり好きじゃない。だけど、そうも言ってられないわけで。
「別に、気にしないで。これはあたしが製品化したくて研究していることなのだから」
なるべく、あたしはみんなと壁を作らないように努める。ここにいるみんなはあたしに心なんて開いてくれないだろうけど、あたしにとっては大切な同僚なのよ。
精霊銃の試作品が、ある程度実用化に近いレベルのモノになってきた。
あたしはそれをドレスの中、太腿に括り付けて出歩くのが日常になる。実はあたし、身代金目的で攫われそうになったことが今まで5回ほどあるの。あたしの日常って、貴族様よりもよっぽど危険。かといって、常にボディーガードを付けて歩くのはとっても窮屈。
これまでのライフル型だと持ち歩きが難しかったけど、今の拳銃型は女性にも軽々と運べる。護身用にもってこいなところがお気に入り。
ふと、もうすぐ満月だな、と思い出す。狩猟を司る月の女神様が私の目の前に現れてくれる日。そして、もしかすると……アルと再会するかもしれない日。
なんとなくアルは今迄の人とは違っていた。あたしのことを、色眼鏡で見るような、みんなの「あの目」をしていなかった。
アルとはお友達に、なれるかな? あの日から、そんなことを考えてしまっている。
満月の日、あたしはやっぱり研究室にいた。ずっと仕事をしていたら、アルに会えるも何もない。会社と家の往復じゃ、会える人にも会えないわ。
その日の仕事を終え、溜息をついて家の馬車に乗り込む。
「ごめんなさい、パン屋さんで一度下ろしてくれる?」
ダメ元だけど、アルに会ったあのお店にまた行ってみようと思った。
パン屋の前には誰もいない。あたしは周囲を見回して、店に入った。店の中にも人はいない。
そりゃそっか、約束なんて、していない。
あたしはがっかりしながら、諦めの悪い子どもみたいに暫く店内でボーっとして、それからいつもの黒パンを買った。我が家の馬車が、そこで待っている。
アルは……来ないのかな。
当たり前だ、と思うのに、また期待をして裏切られた気持ちになってしまう。あたし、なにやってるんだろう。
馬車に戻ろう、と思った時、月の加護が天から降ってきた時みたいな、キラキラとした力があたしの前に降り注いだ。
「なあに……? この、力」
驚いて周りを見回す。誰もいない。精霊らしき存在も見当たらない。
「ウィルダ。いつ会おうって約束をしなかったこと、ちょっと後悔した」
突然聞こえたその声に、あたしは目を見開いた。そして、そこには濃紺の髪を持つアルが立っている。
「どうやって……現れたの?」
「どうだと思う?」
アルが現れた後、グレーの髪の従者らしき男性もいつの間にか横に立っている。
「あなたにも、加護が?」
「そんなところ。ウィルダ。私たちは、運命的だと思わないか?」
アルが屈託のない笑顔で立っている。運命的って……最初に会った時にそう思ったのは、あたしの勘違いではなかったの?
「運命って……どんなものなのかしら?」
海の底のような暗い瞳にあたしが映っている。あたしたちは、向かい合って見つめ合っていた。
「あの、あたし、アルと会いたかったし、話をしてみたいと思っていたの……。でも……」
「ああ、家の人が待ってる?」
「ええ……」
アルはあたしの家の馬車を見て、なるほど、と頷いた。
「君は、今夜、祈りを捧げる?」
「……ええ」
なんで今日、祈りを捧げるって分かったんだろう。アルは、やっぱりあたしのこと、知っているのかも。なんだかチクっと胸の奥が痛んだ。
「じゃあ、その前に……部屋で都合の良い時に……太陽神に祈りを捧げて欲しい」
「太陽神様に……?」
「やり方なんてどうでもいい。君ならきっとできるから」
アルはそう言うとあたしの右頬に軽く音を立ててキスをした。
「迎えに上がるよ、ウィルダ」
そっと、囁かれる。甘い甘い声をしているアル。あたし、まだあなたのこと、全然知らないのに。
「分かったわ」
どうして、分かってしまったんだろう。アルが迎えに来てくれるって、なんであたしは受け入れてしまったの?
アルはやっぱりグレーの彼を連れてどこかに行ってしまった。あたしはそのアルの背中を穴が開くんじゃないかってくらい見つめた後、やっぱりアルとは仲良くなれるかもしれない、なんて、口元を緩ませて自分の家の馬車に向かった。
休み明けの日、あたしは研究室で新しい精霊銃の試作品を見ながら研究員たちと話し合っている。
「動力の確認が、ウィルダ様のような加護の有る方でなければ分からない可能性がありますが……」
「だから、加護のない人にも指の感覚で分かるようにすればいいじゃない」
大抵、みんなはあたしの感覚が「普通じゃないのだから」という言い方をする。だから、人とは違うあたしの言うことはどこかずれていると言う。こういう言い方をしないのは、あたしの周りには残念ながらマティアスしかいない。
「指の感覚ですか……」
「そうよ。指の感覚だけで分かるようにするの」
言うのは簡単ですが、という顔をして研究員たちが絶望的な目をこちらに向ける。分かってるわ、その精霊の力を肉眼で見られるのは、この中ではあたししかいない。分からないものをどうやって感覚にするのかってことなんでしょう。
「勿論……あたしがずっと側で指示するから」
「よろしくお願いします……」
研究員のみんなにとって、あたしは同僚だけど社長の娘。どうしたって上下関係みたいなものが出てしまう。こういう関係値が、あたしはあんまり好きじゃない。だけど、そうも言ってられないわけで。
「別に、気にしないで。これはあたしが製品化したくて研究していることなのだから」
なるべく、あたしはみんなと壁を作らないように努める。ここにいるみんなはあたしに心なんて開いてくれないだろうけど、あたしにとっては大切な同僚なのよ。
精霊銃の試作品が、ある程度実用化に近いレベルのモノになってきた。
あたしはそれをドレスの中、太腿に括り付けて出歩くのが日常になる。実はあたし、身代金目的で攫われそうになったことが今まで5回ほどあるの。あたしの日常って、貴族様よりもよっぽど危険。かといって、常にボディーガードを付けて歩くのはとっても窮屈。
これまでのライフル型だと持ち歩きが難しかったけど、今の拳銃型は女性にも軽々と運べる。護身用にもってこいなところがお気に入り。
ふと、もうすぐ満月だな、と思い出す。狩猟を司る月の女神様が私の目の前に現れてくれる日。そして、もしかすると……アルと再会するかもしれない日。
なんとなくアルは今迄の人とは違っていた。あたしのことを、色眼鏡で見るような、みんなの「あの目」をしていなかった。
アルとはお友達に、なれるかな? あの日から、そんなことを考えてしまっている。
満月の日、あたしはやっぱり研究室にいた。ずっと仕事をしていたら、アルに会えるも何もない。会社と家の往復じゃ、会える人にも会えないわ。
その日の仕事を終え、溜息をついて家の馬車に乗り込む。
「ごめんなさい、パン屋さんで一度下ろしてくれる?」
ダメ元だけど、アルに会ったあのお店にまた行ってみようと思った。
パン屋の前には誰もいない。あたしは周囲を見回して、店に入った。店の中にも人はいない。
そりゃそっか、約束なんて、していない。
あたしはがっかりしながら、諦めの悪い子どもみたいに暫く店内でボーっとして、それからいつもの黒パンを買った。我が家の馬車が、そこで待っている。
アルは……来ないのかな。
当たり前だ、と思うのに、また期待をして裏切られた気持ちになってしまう。あたし、なにやってるんだろう。
馬車に戻ろう、と思った時、月の加護が天から降ってきた時みたいな、キラキラとした力があたしの前に降り注いだ。
「なあに……? この、力」
驚いて周りを見回す。誰もいない。精霊らしき存在も見当たらない。
「ウィルダ。いつ会おうって約束をしなかったこと、ちょっと後悔した」
突然聞こえたその声に、あたしは目を見開いた。そして、そこには濃紺の髪を持つアルが立っている。
「どうやって……現れたの?」
「どうだと思う?」
アルが現れた後、グレーの髪の従者らしき男性もいつの間にか横に立っている。
「あなたにも、加護が?」
「そんなところ。ウィルダ。私たちは、運命的だと思わないか?」
アルが屈託のない笑顔で立っている。運命的って……最初に会った時にそう思ったのは、あたしの勘違いではなかったの?
「運命って……どんなものなのかしら?」
海の底のような暗い瞳にあたしが映っている。あたしたちは、向かい合って見つめ合っていた。
「あの、あたし、アルと会いたかったし、話をしてみたいと思っていたの……。でも……」
「ああ、家の人が待ってる?」
「ええ……」
アルはあたしの家の馬車を見て、なるほど、と頷いた。
「君は、今夜、祈りを捧げる?」
「……ええ」
なんで今日、祈りを捧げるって分かったんだろう。アルは、やっぱりあたしのこと、知っているのかも。なんだかチクっと胸の奥が痛んだ。
「じゃあ、その前に……部屋で都合の良い時に……太陽神に祈りを捧げて欲しい」
「太陽神様に……?」
「やり方なんてどうでもいい。君ならきっとできるから」
アルはそう言うとあたしの右頬に軽く音を立ててキスをした。
「迎えに上がるよ、ウィルダ」
そっと、囁かれる。甘い甘い声をしているアル。あたし、まだあなたのこと、全然知らないのに。
「分かったわ」
どうして、分かってしまったんだろう。アルが迎えに来てくれるって、なんであたしは受け入れてしまったの?
アルはやっぱりグレーの彼を連れてどこかに行ってしまった。あたしはそのアルの背中を穴が開くんじゃないかってくらい見つめた後、やっぱりアルとは仲良くなれるかもしれない、なんて、口元を緩ませて自分の家の馬車に向かった。
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