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プロローグ

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拳銃の引き金をゆっくりと引くと、グリップに力を込めて「それ」が降りて来るのを感じる。あたしは、「それ」が銃の動力になったのを確認してから引き金を引いて、20メートル先にある的に向けて発砲した。

「……まだ、改良の余地あり。どうもタイミングが難しいわ」

拳銃を下ろして後ろにいた2人に伝えると、ああまたか、とあたしは悔しさに顔を歪めながらその場を後にする。ちなみに、あたしの銃は派手な発砲音など立たない。勿論、あたし以外の……もっと加護の弱い人が使えば物理的な加圧が必要になって、発砲音が立つこともある。

精霊銃(スピリット・ガン)。
我が社の……あたしの発明品にして、我が国の偉大なる産業。火薬を用いないし実弾なんかも必要ないから、とにかく利便性が高い。ちなみに、いま試していたのは新作の拳銃型精霊銃スピリットガンの試作品。
名称はピストルになるのかしら。精霊の力を込めて発砲するタイプの銃で、軽量化を実現させて男性なら片手でも扱える。女性にだって、簡単に扱える画期的な商品なの。

「ウィルダ、女性に扱える銃なんて、滅多なことを考えるものじゃないよ」
「余計なお世話よ。私が銃を持とうとすることに、どうしてそんな懐疑的なの?」

この日は、幼馴染で領主の息子であるマティアスが隣にいる。金髪碧眼のマティアスは、それはもう嫌味なくらいに悪い所のないお坊ちゃま。あたしのことをよく心配して、こうして様子を見に来ることが多いのだけど。まあ、我が社の治める税金のお陰で家が潤っているから、見張られるのは仕方がないの。

「僕は、君が初めて発明した『月の灯(ライト)』みたいな、もっとみんなが平和になる発明に熱中して欲しいな」
「平和になるためよ。女が男の暴力に負けず、理不尽に負けない世の中を創るのよ」
「でも、ウィルダ、これは犯罪に使われるものだ」
「犯罪者に、多大な加護があれば、そうかもしれないわね」

あたしはマティアスの綺麗な金髪を恨めしく見ながら、自慢にもならない赤毛のポニーテールを解いて更衣室に向かう。ドレスに着替えるのは不本意だけど、男性用の乗馬服に身を包んでいるのが誰かに見つかったらお父様に叱られて謹慎処分が下る。

「マティ、いつまで付いてくる気? この先は女性用更衣室よ」
「ああ……ごめん。外で待ってる」
「勝手にして」

領主さまのご子息を邪険にするほど、我が家は位など高くない。あたしの家はいわゆる中流階級で、労働者階級に分類される平民だ。あたしの発明品のお陰で事業は成功し、お金ならいっぱいある。けど、貴族様とは位が違う。

マティアスはあたしに優しいけど、あたしたちは本来決して交わってはならない階級にある。貴族は貴族同士、平民は平民同士の付き合いが基本だ。

「ウィルダ、一緒に帰ろう。うちの馬車で送るよ」
「相変わらずね。ありがとう」

あたしは……どんなに優しくされてもマティアスに心を開きすぎるのはやめた。決して、この親切な幼馴染の好意を、誤解なんかしちゃいけない。相手は貴族様で、あたしは平民。ここには、決して埋まらない溝がある。

「あ、マティ……そこのパン屋さんで下ろしてくれる? なんだかお腹が減ったから何か買って帰るわ」
「じゃあ、待ってるから行って来なよ」
「いいのよ、気にしないで。もう家は目と鼻の先でしょ。今日くらい買い食いを許して頂戴。あたし、あなたと違ってお行儀なんて気にしていないから」

マティアスは仕方ないな、とでも言いたげな顔でこっちを見て、馬車を止めて私を開放してくれた。

「じゃあね」

そう言ってマティアスを見送ると、家の近所のパン屋に急ぐ。道を渡ってお店に入ろうとすると、男性二人組がこっちを見ていた。

「どうかしましたか?」

気になって声を掛けてみた。きっとこの辺の人じゃない、見たこともない二人組。一人はグレーの長髪をした男性で、もう一人は濃紺の珍しい髪をした短髪の男性。格好は普通だけど、やけに綺麗な人たちだ。

「いや、この人がお腹が空いたと言うのでパンでも買おうかと悩んでいたんです」
長髪の男性がそう言って困った顔をする。ふうん、このグレーの髪の人、年は20代半ばくらいだろうか……。

「じゃあ、買えばいいのに。あたしも買うところですけど、一緒にお店に入ります?」
そう声を掛けたら、濃紺の美男が嬉しそうな顔をした。何この人、どこかの飼い犬みたいだわ。

「いいのか? ほらみろ、女性が一人で入るくらいの気楽な店ではないか」
「アルは目立つから、あまりこういうところには連れてきたくないんですよ」

アルと呼ばれた20歳くらいのイケメンに、苦々しい視線を送っているグレーの人。いかにもお坊ちゃんと従者って感じ……。どこぞの貴族様かしらね。関わり合いにならないようにしようっと。

お店に案内して、アルと呼ばれた人にお薦めの黒パンを教える。ずっしりとした重みのある黒パンを見て、アルはなんだかはしゃいでいた。

「ありがとう。君のお陰でパンが買えたよ。私はアル。君は?」
「……ウィルダ」
「そっか。ありがとう、ウィルダ」

アルに握手を求められてしまって、なんだか断れずに手を出した。あたしの左手をアルが両手で握って嬉しそうに笑う。やだわ、こういう、距離が近い人。慣れ慣れしくてどうしていいか分からない。

「今夜は新月だね、ウィルダ。君と次に会うのは、きっと満月の日だよ」

アルは綺麗な顔を崩すことなくそう言うと、じゃあね、と言って町のどこかに消えてしまった。あたしはポカンと呆気にとられ、はっとしてアルに見惚れてしまっていたのだと気付く。
あんな風に不思議なことを言う男性になんて初めて会ったものだから、きっとあたし、驚いてしまったのだ。

アルに握られた左手をじっと見つめて、次は、満月の日って言っていたな、なんて彼の言葉を反芻した。
だって本当に満月の日に会えるなら……運命かもしれないって、思ったのよ。
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