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第12章 騎士はその地で

多少の無理くらい 2

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「お帰りなさい!」

カイが城に到着すると、急いで駆け付けたレナが飛びついてくる。
久しぶりに抱えたその小さな体躯に、懐かしさが溢れた。
カイはようやく帰ってきたのだと実感して、普段よりきつめにレナを抱きしめる。

「予定より早かった?」
「夜を徹してクロノスを走らせてしまった。実は一睡もしていない」
「もう。無理をしたら駄目よ」

カイがレナの身体を解放すると、レナはカイの手を引き部屋に戻ろうとした。

「少し寝ていた方が良いわ。昨日の夜も話しかけたのに、反応がなかったのはそういうことだったのね」

カイは意地悪くゆっくりと歩く。その手をレナが一生懸命に引いているのがおかしくて、カイは小さく笑った。

「ああ、帰って来たんだな」

久しぶりのルリアーナ城を眺めていた。ハウザー家の屋敷に比べれば随分と大きく、使用人も多い。

階段の手すりは白い石が使われており、手をかけるとひんやりとする。ハウザー家の階段は木製だった。

ここが自分の家だと思えない程度には慣れていなかったが、戻るべき場所はここなのだと実感はできる。
必死に身体を気遣ってカイを引っ張ろうとするレナの背中を見ながら、相変わらずだなと目尻だけをゆるめた。

「もう、ちゃんと休んで! あなたってすぐそうやって——」

レナが自室に入ると口を尖らせた。カイは後ろからその身体を包み込む。
弾力のある柔らかい肌と身体に、久しぶりの感触を思い出した。

「ねえ……誤魔化さないで……」
「誤魔化しているわけじゃない。一刻も早く、会いたかったんだ」
「……何も言えなくなるじゃない」

レナは後ろを振り返ろうと背中をよじる。
見上げるようにして目線が絡むと、引き合うように唇が重なった。

「少し、休んで」
「女王陛下は、添い寝してはくれないのか?」
「……特別に、1時間だけなら良いわ」

レナの透き通った青い目を見つめると、本気で心配をしているのだと分かる。

「王政を廃止する方向は、決まったのか?」
「そうね、私に権力があるうちに、私の権力を剥がしてしまわないと」

何でもないことのようにレナが言うので、カイは心配など杞憂なのだろうかと疑問が浮かんだ。

「権力を失ってからは、どうする? もう政治はしなくなるわけだろう?」
「世界中を回ってみたいわね」
「は?」
「世界中に歌を届けて、世界中の歌を知るの」

レナが突拍子もないことを言うので、カイは冗談なのかと信じていない。

「本気よ。ポテンシアの呪われた土地みたいに、まだまだ世界には私の歌にできることがあるかもしれないでしょ」
「いや……。まあ、そうか」

言われてみると、レナの歌はこれまで人を救い続けて来た。
国の政治よりも、人々の営みの近くで生きていくのもまた、レナらしいのかもしれない。
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