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第12章 騎士はその地で
声が届いたら 1
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夜の静かな時間、カイは自分の部屋にいた。
机で書類に目を通していたが、ふとレナと毎日座ったソファを見つめる。
あの場所で、眠る前に身体を寄せ合って他愛のないことを話した。
何でもない時間が、今は夢だったかのようだ。
(随分と欲張りになったものだな……既に一緒になっているというのに、あんな風に過ごしたかったと思うようになるなど……)
カイは心の中で呟いてふと窓に目を移した。
一緒に出掛けて買ったバラを飾った窓が、今は暗い外と部屋を繋ぐだけの無機質な冷たい板としてそこにある。
ほんの数週間の思い出が詰まった部屋が、妙に息苦しかった。
『カイ』
ふと耳に声が届いた。カイは辺りを見回す。
「レナ? 術を使ってこちらに声を届けているのか?」
『そう。寂しくて……せめて声くらいは聴かせて欲しくて』
つい4日前には当たり前に一緒にいたレナも、同じように寂しがっていたらしい。
「そうか」
こういう時に限って、気の利いた言葉が出てこない。
『私の部屋には、あなたがいないとダメみたい。やっぱり、よく眠れなくて』
「相変わらず俺は抱き枕扱いか」
耳元に聞こえてくるレナの声に、カイは自然と口元が緩む。
まるですぐそばにいるかのようで、懐かしくなったカイは席を立ってレナと並んで座っていたソファに腰かけた。
『前とは違うわ。あなたは抱き枕としても優秀かもしれないけれど』
レナはふうっと溜息をついた。耳元でまるでレナの息がかかったかのような感覚を覚え、カイはつい隣を見る。
空席に視線をやると、レナがこちらを見ているような錯覚がした。
『私の一部が、欠けているような気分なの。あなたがいないと』
「一部か」
カイはレナの言っていることを理解しようとするが、その感覚はよく分からない。
「一度レナと離れた時に、思い出は不意に蘇る時があると話したことがあっただろう」
『あったわね。私は予算会議の最中にカイを思い出すかもって……』
レナは懐かしそうに笑った。その声に、カイの任務が終わる時に涙を流していたレナを思い出す。
「思い出が、こんなに苦しいものだとは思わなかったな」
カイはソファの空席に向かって言った。またルリアーナに戻れば一緒にいられるというのに、「あの日」のレナが恋しい。
『そうね。私、少しの間だけだって分かっているのに、今すぐにでもブリステ公国が何かの戦争を始めて、またあなたがいなくなってしまうんじゃないかって毎日毎日不安になるの』
「ブリステの戦地には、もう立たない」
絶対に、とは言えなかったが、精一杯誠実に否定した。
今はもう、ブリステ人というよりルリアーナ人になったつもりでいる。
『一緒になる前は、書面と法律で結ばれればもう離れずに済むんじゃないかと思ったの。でも、そうじゃなかった。あなたを失いたくないと常に案じてしまう』
「そうか……」
隣にいたら今頃あの身体を包んでいるのだろうと、カイは数日前のレナを思い出す。
机で書類に目を通していたが、ふとレナと毎日座ったソファを見つめる。
あの場所で、眠る前に身体を寄せ合って他愛のないことを話した。
何でもない時間が、今は夢だったかのようだ。
(随分と欲張りになったものだな……既に一緒になっているというのに、あんな風に過ごしたかったと思うようになるなど……)
カイは心の中で呟いてふと窓に目を移した。
一緒に出掛けて買ったバラを飾った窓が、今は暗い外と部屋を繋ぐだけの無機質な冷たい板としてそこにある。
ほんの数週間の思い出が詰まった部屋が、妙に息苦しかった。
『カイ』
ふと耳に声が届いた。カイは辺りを見回す。
「レナ? 術を使ってこちらに声を届けているのか?」
『そう。寂しくて……せめて声くらいは聴かせて欲しくて』
つい4日前には当たり前に一緒にいたレナも、同じように寂しがっていたらしい。
「そうか」
こういう時に限って、気の利いた言葉が出てこない。
『私の部屋には、あなたがいないとダメみたい。やっぱり、よく眠れなくて』
「相変わらず俺は抱き枕扱いか」
耳元に聞こえてくるレナの声に、カイは自然と口元が緩む。
まるですぐそばにいるかのようで、懐かしくなったカイは席を立ってレナと並んで座っていたソファに腰かけた。
『前とは違うわ。あなたは抱き枕としても優秀かもしれないけれど』
レナはふうっと溜息をついた。耳元でまるでレナの息がかかったかのような感覚を覚え、カイはつい隣を見る。
空席に視線をやると、レナがこちらを見ているような錯覚がした。
『私の一部が、欠けているような気分なの。あなたがいないと』
「一部か」
カイはレナの言っていることを理解しようとするが、その感覚はよく分からない。
「一度レナと離れた時に、思い出は不意に蘇る時があると話したことがあっただろう」
『あったわね。私は予算会議の最中にカイを思い出すかもって……』
レナは懐かしそうに笑った。その声に、カイの任務が終わる時に涙を流していたレナを思い出す。
「思い出が、こんなに苦しいものだとは思わなかったな」
カイはソファの空席に向かって言った。またルリアーナに戻れば一緒にいられるというのに、「あの日」のレナが恋しい。
『そうね。私、少しの間だけだって分かっているのに、今すぐにでもブリステ公国が何かの戦争を始めて、またあなたがいなくなってしまうんじゃないかって毎日毎日不安になるの』
「ブリステの戦地には、もう立たない」
絶対に、とは言えなかったが、精一杯誠実に否定した。
今はもう、ブリステ人というよりルリアーナ人になったつもりでいる。
『一緒になる前は、書面と法律で結ばれればもう離れずに済むんじゃないかと思ったの。でも、そうじゃなかった。あなたを失いたくないと常に案じてしまう』
「そうか……」
隣にいたら今頃あの身体を包んでいるのだろうと、カイは数日前のレナを思い出す。
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