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第12章 騎士はその地で

富豪の交渉 2

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「内訳を話すと、出版にかかる経費だけで60%強だ。うちは10%も利益が出ない」
「……あえてそんな薄利の商売にするんですか? 意味が分からないというか……」
「出したいからだ。私が……読みたいからだ!!」

執務室に静寂が生まれた。
ハンが軽く咳払いをして雰囲気を壊そうと試みたが、相変わらずの静けさだった。

「は?」

静かな時間をようやくカイの声が破る。カイは心底ブライアンの意図が理解できなかった。私が読みたい? 何を言っているのだ。

「いいか。なんで君みたいな男が、あの有名なルリアーナ王女、いや女王と結婚できた?! そして、何故ルリアーナはあんなにすんなりルイス陛下から国を取り戻した?! 取材が要るだろう、取材が!!」
「さらっと失礼なことを言いましたね」
「分かっていないな、カイ・ハウザー。今回こそはただの小説じゃない。歴史の記録であり、素晴らしい史実になる。歴史に私の名前が載る!」

ブライアンの熱弁を聞いていて、カイはなるほどなと理解した。
確かにブライアンは金に困っていない。ただ、名誉欲となると別なのだろう。一介の富豪が名を遺そうと思ったら、その位の事はしなければならないのかもしれない。

「なぜ私を利用しようとするんですか」
「利用じゃない。君に30%渡すということは、前作と同じ程度の売上でもハウザー家があと5代は潰れないだろう。今作はそれ以上に売れると踏んでいる」

ブライアンは真剣な表情だった。

「君の子の場合、ルリアーナ王室に残す子孫にしか王室の恩恵は残せない。贈与の問題が出るからな。ハウザー家に入れる子どものためにも、安定収入は必要じゃないのかね?」
「理論武装してきましたね……」

カイは唸った。確かにルリアーナ王室に入れる子どもとハウザー家に入れる子どもに格差が出てしまっては子ども同士の不公平感が大きい。
自分の名を継がせる子が貧乏くじでは、父親としても心苦しい。

「ちなみに、30%というのは前作と同等の売上が上がるとして、いくら位になるのでしょうか」

 *

カイは執務室の自分の机で頭を抱えていた。
絶対に断るつもりだった。断れるだろうと思っていた。

条件が良すぎる。

ブライアンがまさか、あそこまで譲歩してくるとは思わなかった。富豪というのは時に交渉でこういったカードを切れるのだ。恐ろしい。

レナに話をしたら飛び上がって喜ばれるに違いない。
この苦悩の理解者がいない。

いや、そもそも受けてしまった以上、カイの責任だった。
まだできてもいない子どものために、一番苦手なことを受けてしまった。

(レナとの馴れ初めなど、絶対に話したくなかった……)

カイは大きな溜息をついた。気付け代わりの強い酒が欲しい。
これから取材を受けなければならないと思うと、気が重くなるばかりだった。
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