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第12章 騎士はその地で

ハウザー総督の苦悩

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レナは久しぶりにカイのいる訓練所を訪れていた。

「ねえ、ここでは……腕を組むくらいはいいの?」
「いいというわけではないが……」

カイがいたのは開けた場所で、走りこみを終えた兵士たちが隊列を組んでいた。
大勢の部下が見ている前で、女王に甘えられるのは何となく居心地が悪い。

「アロイス陛下ったら、ただの意地悪じゃないの。私、早くあなたと一緒になりたいわ」
「そうだな。確かにこのままでは埒が明かない」

レナはカイの腕にしがみつくと、じっとカイを見つめている。

(この目は……)

周りには普段カイが厳しく指導をしている部下たちがいる。
隊列は秩序を乱さずに行進を続けていたが、そんな中で浮かれた行動をとって良いものか迷う。

「あなたばかりが頑張っているのを、何もできずに見ているなんて」

レナがボソリと責めるように言ったので、カイはその頬に触れて唇を重ねた。

「女王陛下も、随分多忙らしいと聞いている」

カイは思い直した。部下の印象や周りの目など、この程度の触れ合いを制限する理由にはならない。

カイが軍隊を任されているのは女王と恋仲だからだろうとか、女王が私的な感情を優先させて政治を行っているのはどうなのかなどと批判が沸いているのは事実だ。

その度、実力で理解させるしかないのだとカイは仕事に邁進した。
それが結果として、レナとの時間を減らしてしまっているのだが。

「忙しくしていた方が、寂しさが紛れるから」

レナは施設を見渡しながら言った。
景観が崩れないようにと圧力があったらしく、軍事施設にしては白磁色の石造りで建物の高さも低い。

「完全に同意だな」

お互いが同じ気持ちで過ごしていたのだと分かると、2人は顔を見合わせてふっと笑う。

「アロイスには、近々時間を作って直談判に行かねばならないな」
「私も行くわ」

それを聞いて、カイは焦る。
レナが付いて来るとなると、国賓の訪問として相当な大ごとになりかねない。

「わざわざ女王陛下が婚姻を求めて訪問など、異例中の異例だな」
「そういうのが効きそうな人でしょ」
「そういうのが効かない人間はいない、の間違いだろう」

カイは部下を眺めながら、一人に声を掛ける。

「少しの間、離れる。すぐ戻る」

カイはそう言うとレナを連れてその場を離れた。兵士たちは何事だろうとその後ろ姿を見つめる。
何名かは、面白くなさそうに小さな舌打ちを打っていた。

 *

カイは施設の建物にレナを連れると、自分の執務室に案内してその扉を閉めた。

「どうしたの? わざわざ場所を移動したりして……」
「さすがに、あの場で女王陛下を抱きしめるのはまずいと思っただけだ」

レナはカイに抱き付く。部屋に入ってすぐ、扉のそばで口付けを交わした。

「最近、夜に会いに来てくれることもなくなったでしょ……」
「だいぶ小言を言われたんだ。嫁入り前の女王を夜這うなという旨の嫌味が、やたら湧く」

カイがうんざりしたように言うと、レナは「難しいのね」と眉を下げてカイの服を握っている。

必要最低限の装飾がされた執務室には大きな机があり、その上にはブリステ公国の小さな国旗が飾られていた。
机の背後にある大きな窓から、先程の広場が見えている。

「国の防衛トップが女王を守るのでなく穢しかねないのはいかがなものか、って言われたわ」
「それはまた、言ってくれるな……」

カイは苛つきを通り越して呆れていた。得てして他人とは勝手なものだ。

カイがレナに対して必要以上の接触をしないでいるのは、こういった誹謗中傷を起こさないためだった。
控えても噂になるのなら、いっそ何の気も遣わず好き勝手していた方がストレスは少ないに違いない。

「こんなにずっと耐えて来たのに、なかなかうまく行かないな」

カイは部屋のソファにどかっと座ると天井を仰いだ。
レナはその隣に腰かけてカイをじっと見つめている。

「やっぱりこれから毎日、わたしたち一緒に眠らない?」
「……なぜこれまでの話の流れでその結論になった?」

カイは尋ねておいてどきりとした。寂しさに耐えられないなどといって泣きつかれたら、慰め方が分からない。

「婚約者なんだから、普通かなって」
「……時々俺はレナの思考が理解できん」

カイはまた天井を仰ぐ。ようやく事態を把握した。

(分かっていたが、割と盲目だ……。どうやらレナは、頼りにならない……)

女王は、恋愛で周りが見えなくなるタイプらしかった。
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