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第11章 歴史を変える
城内にて 2
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レナは客間に通された。ビクビクしながらレナの服の寸法を測る侍女を見て、怯えている姿が気になる。
「あの……」
レナが声を掛けると、侍女は飛び上がりそうなくらいにビクッと身体を震わせてガタガタとしながら「はい」と返事をした。
「そんなに怯えなくても、大丈夫よ? 私、何も……」
レナが安心させようと侍女に笑みを送るが、真っ直ぐ顔を見返すことすらできないようだ。
「先王がいた頃から仕えていたということは、恐らくこの城で起きたことの一部始終を知っているんだろう」
カイがレナの隣で事情を察する。
先王はこの城内で実の息子であるルイスに殺されている。そればかりか、王妃や側室など、先王の関係者は自害したと聞いた。
「私もね、1年位前には侍女が付くような立場だったの。でも、今は平民として生きているわ」
レナは、目線の合わない赤茶色の髪を持つ侍女を見て話を始めた。王女だった頃、常に側にいてくれたサーヤを思い出す。
「平民になってみると、私って本当に何もできないし何も持っていなかったんだなあってことが分かったの」
カイの3歩後方くらいに立つロキは、壁に軽く身体を預けて腕を組みながらじっと会話に耳を傾けている。
「もう私には侍女が要らなくなってしまったから、あなたと同じように私の身の回りの世話をしてくれた女性が、今どこかで幸せに過ごしているといいんだけど」
レナの採寸が終わったようで、侍女は何も言わずに頭を下げて部屋を出て行った。
パタンと扉の閉まる音がすると、ロキがレナの横に向かって歩く。
その前にカイが立ちふさがったため、2人は至近距離で睨み合った。
ロキは、カイの脇からレナに声を掛ける。
「目の前で何かを見てしまった人は、そう簡単にトラウマからは脱せないよ。なんとかしてやりたい気持ちは分かるけど……。それよりさあ、本気でルイス陛下の前で歌うつもり?」
「本気だけど……どうして?」
レナは、ロキの表情に複雑なものを見た。ただ心配しているだけにも見えない。
「あんたの歌に特別な力があることも、人の心を動かせることも理解はしている。でも、今回は賛成できない」
ロキがその後に続く言葉を吐きかけたとき、扉が開いて侍女が戻って来た。
「あの……恐らくすぐに着ていただけるサイズの合うものは、こちらと、こちらくらいかと……」
侍女が手にしていたのは薄紫色の生地で左肩が露出するマーメードラインのものと、薄い黄色がかったクリーム色の生地に派手なオレンジ色のフリルがふんだんに使われたバルーン型のドレスだった。
「いやこれ、一択でしょ。この状況でゴテゴテなドレスなんてやめてよね」
ロキが当然のように言ったので、レナはカイの方を見る。
「いや……俺は別にどちらでも……というか、似合うのは紫の方がもしれないが、あの色は誰かの思い入れのある色だろう……?」
カイはレナからルイスの話を聞いたことがある。紫のライラックにレナを例えて、ルイスはその花言葉を「恋の芽生え」だと言ったらしい。
「ルイス様にこのドレスを着て会いに行くなんて、どんどん気が進まなくなるわね」
レナはそう言いながらも、この2種類しか選択肢がない時点で運命的なものを感じていた。
「紫の方にするわ」
カイはレナから視線を外し、顔を見せまいと下を向いた。
その様子をロキは一瞥したが、「癒しで助かるようなケースじゃない、今回は……」と悔しそうな表情を浮かべている。
レナは「いつまでここにいるつもり? 着替えるから扉の前で待っていて」とカイとロキを部屋から追い出すと、侍女と二人きりで着替えを始めた。
「ルイス様とお知り合いなんですか?」
レナに尋ねた侍女の顔は、固まっていた表情の中に好奇心の色が差している。
「そうね、これでも……婚約者だったから」
レナはそう言って血の付いたドレスを脱いで薄紫色のドレスに着替えた。
途端に華やかになったレナの様子に、侍女は息を呑む。それまでは控え目に見えたアッシュブロンドの髪が、輝く黄金のように美しい。
「ルイス様の元婚約者ということは……」
確か、どこかの王女だったはずだ。侍女はハッキリとは思い出せなかったが、目の前にいる女性が「平民としてい生きている」ことの重大さに驚きを隠せない。
「もうお互い別々の生き方をしているのに、再会なんかしない方がいいって周りには止められたの。でも私、これまで何度もルイス様に頼って助けてもらったのに、まだ何も返せていないから」
侍女はレナを椅子に座らせて、丁寧に櫛を通して髪をとかした。
櫛を入れる度に光りが増す髪を、侍女は丁寧に編み込んでいく。
「ルイス様に……何をされるおつもりなのですか?」
侍女は、周りに人がいないのを良いことに思い切ってレナに尋ねた。
「ポテンシアを、これまでよりも平和で美しい国にするために尽力してほしいと伝えにいくのよ」
レナの言葉に侍女の手が一瞬止まったが、また髪を編み込む手が動き出す。
「早まらない方が良いのではないでしょうか。あの方にそんな意見を述べたら、命を奪われてしまいます」
「命を、ね。もしそんな危険があるとしても、さっきまでここにいた護衛のカイがいるから大丈夫よ」
「どうしてそんなことが分かるんですか? ルイス様はとても残酷な方です」
侍女はレナの髪をまとめ上げると、「終わりました」と頭を下げる。
ドレスと髪だけの違いしかなかったが、レナはどこかの貴人にしか見えなくなっていた。
「少なくとも私にとっては、ルイス様は人をむやみに傷付けることを是とはしない人だった。そこに賭けようと思うのよ」
レナの透き通った青い目を初めて直視した侍女は、ようやく思い出した。
ルリアーナの宝石と謳われた王位継承者、レナ・ルリアーナという女性がルイスの結婚相手になるはずだったことを。
「あの……」
レナが声を掛けると、侍女は飛び上がりそうなくらいにビクッと身体を震わせてガタガタとしながら「はい」と返事をした。
「そんなに怯えなくても、大丈夫よ? 私、何も……」
レナが安心させようと侍女に笑みを送るが、真っ直ぐ顔を見返すことすらできないようだ。
「先王がいた頃から仕えていたということは、恐らくこの城で起きたことの一部始終を知っているんだろう」
カイがレナの隣で事情を察する。
先王はこの城内で実の息子であるルイスに殺されている。そればかりか、王妃や側室など、先王の関係者は自害したと聞いた。
「私もね、1年位前には侍女が付くような立場だったの。でも、今は平民として生きているわ」
レナは、目線の合わない赤茶色の髪を持つ侍女を見て話を始めた。王女だった頃、常に側にいてくれたサーヤを思い出す。
「平民になってみると、私って本当に何もできないし何も持っていなかったんだなあってことが分かったの」
カイの3歩後方くらいに立つロキは、壁に軽く身体を預けて腕を組みながらじっと会話に耳を傾けている。
「もう私には侍女が要らなくなってしまったから、あなたと同じように私の身の回りの世話をしてくれた女性が、今どこかで幸せに過ごしているといいんだけど」
レナの採寸が終わったようで、侍女は何も言わずに頭を下げて部屋を出て行った。
パタンと扉の閉まる音がすると、ロキがレナの横に向かって歩く。
その前にカイが立ちふさがったため、2人は至近距離で睨み合った。
ロキは、カイの脇からレナに声を掛ける。
「目の前で何かを見てしまった人は、そう簡単にトラウマからは脱せないよ。なんとかしてやりたい気持ちは分かるけど……。それよりさあ、本気でルイス陛下の前で歌うつもり?」
「本気だけど……どうして?」
レナは、ロキの表情に複雑なものを見た。ただ心配しているだけにも見えない。
「あんたの歌に特別な力があることも、人の心を動かせることも理解はしている。でも、今回は賛成できない」
ロキがその後に続く言葉を吐きかけたとき、扉が開いて侍女が戻って来た。
「あの……恐らくすぐに着ていただけるサイズの合うものは、こちらと、こちらくらいかと……」
侍女が手にしていたのは薄紫色の生地で左肩が露出するマーメードラインのものと、薄い黄色がかったクリーム色の生地に派手なオレンジ色のフリルがふんだんに使われたバルーン型のドレスだった。
「いやこれ、一択でしょ。この状況でゴテゴテなドレスなんてやめてよね」
ロキが当然のように言ったので、レナはカイの方を見る。
「いや……俺は別にどちらでも……というか、似合うのは紫の方がもしれないが、あの色は誰かの思い入れのある色だろう……?」
カイはレナからルイスの話を聞いたことがある。紫のライラックにレナを例えて、ルイスはその花言葉を「恋の芽生え」だと言ったらしい。
「ルイス様にこのドレスを着て会いに行くなんて、どんどん気が進まなくなるわね」
レナはそう言いながらも、この2種類しか選択肢がない時点で運命的なものを感じていた。
「紫の方にするわ」
カイはレナから視線を外し、顔を見せまいと下を向いた。
その様子をロキは一瞥したが、「癒しで助かるようなケースじゃない、今回は……」と悔しそうな表情を浮かべている。
レナは「いつまでここにいるつもり? 着替えるから扉の前で待っていて」とカイとロキを部屋から追い出すと、侍女と二人きりで着替えを始めた。
「ルイス様とお知り合いなんですか?」
レナに尋ねた侍女の顔は、固まっていた表情の中に好奇心の色が差している。
「そうね、これでも……婚約者だったから」
レナはそう言って血の付いたドレスを脱いで薄紫色のドレスに着替えた。
途端に華やかになったレナの様子に、侍女は息を呑む。それまでは控え目に見えたアッシュブロンドの髪が、輝く黄金のように美しい。
「ルイス様の元婚約者ということは……」
確か、どこかの王女だったはずだ。侍女はハッキリとは思い出せなかったが、目の前にいる女性が「平民としてい生きている」ことの重大さに驚きを隠せない。
「もうお互い別々の生き方をしているのに、再会なんかしない方がいいって周りには止められたの。でも私、これまで何度もルイス様に頼って助けてもらったのに、まだ何も返せていないから」
侍女はレナを椅子に座らせて、丁寧に櫛を通して髪をとかした。
櫛を入れる度に光りが増す髪を、侍女は丁寧に編み込んでいく。
「ルイス様に……何をされるおつもりなのですか?」
侍女は、周りに人がいないのを良いことに思い切ってレナに尋ねた。
「ポテンシアを、これまでよりも平和で美しい国にするために尽力してほしいと伝えにいくのよ」
レナの言葉に侍女の手が一瞬止まったが、また髪を編み込む手が動き出す。
「早まらない方が良いのではないでしょうか。あの方にそんな意見を述べたら、命を奪われてしまいます」
「命を、ね。もしそんな危険があるとしても、さっきまでここにいた護衛のカイがいるから大丈夫よ」
「どうしてそんなことが分かるんですか? ルイス様はとても残酷な方です」
侍女はレナの髪をまとめ上げると、「終わりました」と頭を下げる。
ドレスと髪だけの違いしかなかったが、レナはどこかの貴人にしか見えなくなっていた。
「少なくとも私にとっては、ルイス様は人をむやみに傷付けることを是とはしない人だった。そこに賭けようと思うのよ」
レナの透き通った青い目を初めて直視した侍女は、ようやく思い出した。
ルリアーナの宝石と謳われた王位継承者、レナ・ルリアーナという女性がルイスの結婚相手になるはずだったことを。
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