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第10章 新しい力
夜を感じて 2
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「やっ! みっ……見ないで……!」
咄嗟にレナの口から出たのはそんな言葉で、カイは何が……と考えて一瞬で理解した。首を動かしてレナから視線を外す。
「すまない……」
「声が……出せるようになったの?」
「ああ、どうやら、少しだけ『気』が回復している」
カイが横を向いて穏やかに答えると、不意に身体に重みが加わった。
「良かった……!」
レナが上に乗ってしがみついている。これまでも乗りかかられたことはあったが、カイはいつになく緊張していた。
「心配を……かけたな」
そう言って目の前のレナに視線を移そうとして慌てて止める。見るなと言われたばかりだ。
「本当よ……。今回ばっかりは、許したくない気分だわ」
「許したくない、か」
「私がどれだけ……あなたが……カイがいなくなっちゃうんじゃないかって、ずっとずっと不安だったんだから……」
責めるように訴えるレナの頬をカイの手が包み、その後の言葉は物理的に塞がれた。
レナは濡れそうになっていた眼をそっと閉じ、初めてカイから受ける行為に集中する。暫く、息継ぎに必死になった。
「……ねえ、キスは、しない主義じゃなかったの?」
「そんな主義はない……が、遠慮はしていた」
「遠慮って……」
「一度してしまうと、戻れなくなる気がして……」
レナはかっと目を見開いて、明らかに怒りの表情を浮かべる。
「戻るって何よ。私、あなたに応えてもらえなかったこと、それなりに根に持っているのよ」
カイはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「そのせいで、水をあげたりお粥をあげたりするときに、口移しするのがすごくつらかったのに」
「それは……救護であってキスではないだろ」
「初めてあなたとしたのも、私が呪術をかけた時だった」
「それも、呪術であってキスではないと思うが……」
「私にとっては全部キスなの!」
レナはそう言うと怒りで震えていた。溜め込んできた不満が溢れてしまった。
「……声が大きい」
カイがボソリと言うと、レナは泣きそうな顔になる。
眉が下がって口がへの字につぐまれている。カイは少ない『気』を手に集中させると、ぎこちない動きでレナの頬に再び触れた。
「目的が違う。食べ物を与える目的を持つ行為も、呪術を施す行為も、本来の目的でするものではないだろう」
「目的……?」
「相変わらず野暮なことを言わせるのが、レナらしいな」
カイは首だけを持ち上げる。レナが近付き、そっと唇同士が触れ合った。
「こうして、相手を感じるためにするものだ」
「……でも、呪術のキスもキスだわ。私にとってだけだったとしても」
「そうか」
「あれが初めてじゃなかったら、私の初めてはジャン・アウグスってことになっちゃうもの」
「……それはまずいな」
カイが難しい顔で言うと、レナは吹き出した。そのままケラケラと笑う姿を、カイは穏やかな目で見つめる。
「もう一度、側に寄ってくれないか?」
「もう一度、感じ合うの?」
「……相変わらずだな」
ランタンの光で生まれた二人の影が、テントに映し出されていた。
ゆっくりとその影が近付いて重なる。暫くそのまま、影は殆ど動かなかった。
夜も更けた静かな時間、二人の吐息が小さな空間に溶けていく。
レナは、自分の格好のことなどすっかり忘れ、本能に身を任せて何度も行為を求めていた。
身体の奥から湧きあがる激しい感情のようなものに意識を奪われそうになって、すがるようにカイを探る。
「好き……。あなたが、好き……」
「参ったな……」
「どうしたの?」
カイは力の入りきらない手をレナの背中に回して抱きしめると、その耳輪に唇を当て、囁くように白状した。
「初めて感じたこの気持ちを、うまく言葉にできない」
レナは、静かに頷いて頬を染める。
今までで味わったことのないカイの熱に、溶けてしまいそうな心地がする。
それを伝えたいと思うのに、レナも言葉にはできなかった。
咄嗟にレナの口から出たのはそんな言葉で、カイは何が……と考えて一瞬で理解した。首を動かしてレナから視線を外す。
「すまない……」
「声が……出せるようになったの?」
「ああ、どうやら、少しだけ『気』が回復している」
カイが横を向いて穏やかに答えると、不意に身体に重みが加わった。
「良かった……!」
レナが上に乗ってしがみついている。これまでも乗りかかられたことはあったが、カイはいつになく緊張していた。
「心配を……かけたな」
そう言って目の前のレナに視線を移そうとして慌てて止める。見るなと言われたばかりだ。
「本当よ……。今回ばっかりは、許したくない気分だわ」
「許したくない、か」
「私がどれだけ……あなたが……カイがいなくなっちゃうんじゃないかって、ずっとずっと不安だったんだから……」
責めるように訴えるレナの頬をカイの手が包み、その後の言葉は物理的に塞がれた。
レナは濡れそうになっていた眼をそっと閉じ、初めてカイから受ける行為に集中する。暫く、息継ぎに必死になった。
「……ねえ、キスは、しない主義じゃなかったの?」
「そんな主義はない……が、遠慮はしていた」
「遠慮って……」
「一度してしまうと、戻れなくなる気がして……」
レナはかっと目を見開いて、明らかに怒りの表情を浮かべる。
「戻るって何よ。私、あなたに応えてもらえなかったこと、それなりに根に持っているのよ」
カイはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「そのせいで、水をあげたりお粥をあげたりするときに、口移しするのがすごくつらかったのに」
「それは……救護であってキスではないだろ」
「初めてあなたとしたのも、私が呪術をかけた時だった」
「それも、呪術であってキスではないと思うが……」
「私にとっては全部キスなの!」
レナはそう言うと怒りで震えていた。溜め込んできた不満が溢れてしまった。
「……声が大きい」
カイがボソリと言うと、レナは泣きそうな顔になる。
眉が下がって口がへの字につぐまれている。カイは少ない『気』を手に集中させると、ぎこちない動きでレナの頬に再び触れた。
「目的が違う。食べ物を与える目的を持つ行為も、呪術を施す行為も、本来の目的でするものではないだろう」
「目的……?」
「相変わらず野暮なことを言わせるのが、レナらしいな」
カイは首だけを持ち上げる。レナが近付き、そっと唇同士が触れ合った。
「こうして、相手を感じるためにするものだ」
「……でも、呪術のキスもキスだわ。私にとってだけだったとしても」
「そうか」
「あれが初めてじゃなかったら、私の初めてはジャン・アウグスってことになっちゃうもの」
「……それはまずいな」
カイが難しい顔で言うと、レナは吹き出した。そのままケラケラと笑う姿を、カイは穏やかな目で見つめる。
「もう一度、側に寄ってくれないか?」
「もう一度、感じ合うの?」
「……相変わらずだな」
ランタンの光で生まれた二人の影が、テントに映し出されていた。
ゆっくりとその影が近付いて重なる。暫くそのまま、影は殆ど動かなかった。
夜も更けた静かな時間、二人の吐息が小さな空間に溶けていく。
レナは、自分の格好のことなどすっかり忘れ、本能に身を任せて何度も行為を求めていた。
身体の奥から湧きあがる激しい感情のようなものに意識を奪われそうになって、すがるようにカイを探る。
「好き……。あなたが、好き……」
「参ったな……」
「どうしたの?」
カイは力の入りきらない手をレナの背中に回して抱きしめると、その耳輪に唇を当て、囁くように白状した。
「初めて感じたこの気持ちを、うまく言葉にできない」
レナは、静かに頷いて頬を染める。
今までで味わったことのないカイの熱に、溶けてしまいそうな心地がする。
それを伝えたいと思うのに、レナも言葉にはできなかった。
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