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第11章 歴史を変える
公爵家次男と第四王子
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ルイスは国王のいる城の前で、無表情のまま立っていた。
ここに来るまでの間、全てが現実とは思えずに行動してきたのだ。
(この悪夢は、いつか終わるのだろう)
父親である国王は、ルイスにとって好ましい存在だったことなど一度もない。
ルイスの母親は、国王の側室という立場で苦しんで亡くなった。
国王の息子であることを初めて感謝したのは、ルリアーナ王国の第一王女に出会ってからだ。
彼女の隣に立てる地位だけはある、同盟国の王子として横に並ぶことができる、それだけが国王が与えてくれた唯一の光だった。
それを、簡単に奪ったのもまた、国王だ。
何もかもを壊して国を大きく肥大させる、醜い実父――。
焦がれて来た王女を失い、人を憎んだ時、ルイスの世界は色を失った。
現実感のない毎日を生きながら、いつか見た亡霊が自分を迎えに来てくれる日を待ち続け、父を後悔させるために行動を続けている。
「ルイス王子、何を考えていらっしゃるのかお尋ねしても?」
隣にいたリディアの兄、ジェラルドが心配そうに声を掛ける。
ルイスにとって義兄である公爵家次男のジェラルドは、軍を率いながらルイスの片腕として有能に働いていた。
「おかしな話ですが、なぜ自分はここに生きて立っているのか不思議でならないのです」
ルイスは力なく笑い、リディアと同じ茶色の髪を持つ身体の大きなジェラルドを見つめる。
妹の夫がこれでは、呆れられるに違いない。
「誰だって、そんなものでしょう」
ジェラルドは当たり前のように頷くと、赤の混じった茶色の瞳を国王のいる城に向ける。
「亡くなった命も、生かされた命も、なぜその結果を辿ったのかなど、大きな違いはありませんよ」
「……それは、どういう意味ですか?」
「妹がユリウス王子の元で殺されなかったことも、私がルイス王子の元で兵を率いていることも、行動ひとつで結果など簡単に変わって行くものです」
ジェラルドの左頬には大きな傷があった。
以前、国王の下でパースを攻めた際に負傷した新しい傷だ。
命を落とさずに済んだことも、偶然の結果だというのか。
「私が国王を討つと言った時、本音ではどう思われましたか?」
ルイスは気になって義兄に尋ねる。リディアを側室に迎えていなければ、ジェラルドはここにはいない。
「正直、貴方にできるわけがない、と思いましたが。大切な妹の嫁いだ先ですからね、命を賭す覚悟で参りました」
「……あなたがた兄妹は、どうしてそんなに高潔なのかな」
ルイスはジェラルドを一瞥すると、ルリアーナ城で共に過ごしたリディアを思い出していた。
リディアの中に、レナの面影を見る瞬間がある。
見た目は似ても似つかないというのに、レナと過ごしていたらこのような感じだったのかもしれないと思うことがあった。
「それだけ地位を与えられて生きてきたものですからね。私も妹も、自分の立場の中で生きることに慣れているのですよ」
「そうですか」
ルイスは一言だけジェラルドに返すと、命を落としてこの地獄から救われても、そこにリディアはいないのだと気付く。
「貴方の妹は……リディアは、素晴らしい女性です」
ルイスはそう言って小さく笑うと、側にいた護衛のブラッドに状況を報告させた。
ブラッドの話を聞きながら淡々と頷くルイスを眺めながら、ジェラルドはルイスの変化に気付く。
(リディアは、あれで案外ルイス王子とうまくやっているのかもしれない。男性関係になると途端にダメな子かと思ったが、あのルイス王子がリディアを素晴らしい女性だと褒めたのはお世辞ではないのだろう)
妹を王妃にさせたい一心で、ジェラルドはその場にいた。
これも全て「家のため」だった。国王が変わるとなれば、いくら公爵家といえど立場がどうなるか分からない。
(しっかりやれよ、リディア。こちらはこちらで、上手くやる)
ジェラルドはほとんど抜け殻のようなルイスを支え、ここまで来た。
最近のルイスには人間らしい部分も見られるようになっている。
リディアの話をする時のルイスは、嬉しそうに、時に愛おしそうな顔すら見せることがあった。
(どうか、このままで――)
ジェラルドは国王を討つ以上に、ルイスの今後を懸念していた。
ここに来るまでの間、全てが現実とは思えずに行動してきたのだ。
(この悪夢は、いつか終わるのだろう)
父親である国王は、ルイスにとって好ましい存在だったことなど一度もない。
ルイスの母親は、国王の側室という立場で苦しんで亡くなった。
国王の息子であることを初めて感謝したのは、ルリアーナ王国の第一王女に出会ってからだ。
彼女の隣に立てる地位だけはある、同盟国の王子として横に並ぶことができる、それだけが国王が与えてくれた唯一の光だった。
それを、簡単に奪ったのもまた、国王だ。
何もかもを壊して国を大きく肥大させる、醜い実父――。
焦がれて来た王女を失い、人を憎んだ時、ルイスの世界は色を失った。
現実感のない毎日を生きながら、いつか見た亡霊が自分を迎えに来てくれる日を待ち続け、父を後悔させるために行動を続けている。
「ルイス王子、何を考えていらっしゃるのかお尋ねしても?」
隣にいたリディアの兄、ジェラルドが心配そうに声を掛ける。
ルイスにとって義兄である公爵家次男のジェラルドは、軍を率いながらルイスの片腕として有能に働いていた。
「おかしな話ですが、なぜ自分はここに生きて立っているのか不思議でならないのです」
ルイスは力なく笑い、リディアと同じ茶色の髪を持つ身体の大きなジェラルドを見つめる。
妹の夫がこれでは、呆れられるに違いない。
「誰だって、そんなものでしょう」
ジェラルドは当たり前のように頷くと、赤の混じった茶色の瞳を国王のいる城に向ける。
「亡くなった命も、生かされた命も、なぜその結果を辿ったのかなど、大きな違いはありませんよ」
「……それは、どういう意味ですか?」
「妹がユリウス王子の元で殺されなかったことも、私がルイス王子の元で兵を率いていることも、行動ひとつで結果など簡単に変わって行くものです」
ジェラルドの左頬には大きな傷があった。
以前、国王の下でパースを攻めた際に負傷した新しい傷だ。
命を落とさずに済んだことも、偶然の結果だというのか。
「私が国王を討つと言った時、本音ではどう思われましたか?」
ルイスは気になって義兄に尋ねる。リディアを側室に迎えていなければ、ジェラルドはここにはいない。
「正直、貴方にできるわけがない、と思いましたが。大切な妹の嫁いだ先ですからね、命を賭す覚悟で参りました」
「……あなたがた兄妹は、どうしてそんなに高潔なのかな」
ルイスはジェラルドを一瞥すると、ルリアーナ城で共に過ごしたリディアを思い出していた。
リディアの中に、レナの面影を見る瞬間がある。
見た目は似ても似つかないというのに、レナと過ごしていたらこのような感じだったのかもしれないと思うことがあった。
「それだけ地位を与えられて生きてきたものですからね。私も妹も、自分の立場の中で生きることに慣れているのですよ」
「そうですか」
ルイスは一言だけジェラルドに返すと、命を落としてこの地獄から救われても、そこにリディアはいないのだと気付く。
「貴方の妹は……リディアは、素晴らしい女性です」
ルイスはそう言って小さく笑うと、側にいた護衛のブラッドに状況を報告させた。
ブラッドの話を聞きながら淡々と頷くルイスを眺めながら、ジェラルドはルイスの変化に気付く。
(リディアは、あれで案外ルイス王子とうまくやっているのかもしれない。男性関係になると途端にダメな子かと思ったが、あのルイス王子がリディアを素晴らしい女性だと褒めたのはお世辞ではないのだろう)
妹を王妃にさせたい一心で、ジェラルドはその場にいた。
これも全て「家のため」だった。国王が変わるとなれば、いくら公爵家といえど立場がどうなるか分からない。
(しっかりやれよ、リディア。こちらはこちらで、上手くやる)
ジェラルドはほとんど抜け殻のようなルイスを支え、ここまで来た。
最近のルイスには人間らしい部分も見られるようになっている。
リディアの話をする時のルイスは、嬉しそうに、時に愛おしそうな顔すら見せることがあった。
(どうか、このままで――)
ジェラルドは国王を討つ以上に、ルイスの今後を懸念していた。
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