亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第10章 新しい力

正しい事とは

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「それでね、多分、その兵士は一時的に操られてた可能性が高いんじゃないかなって……」
「なるほど……? もしそうだとしたら、まだ味方の中に操った側の人間が紛れているかもしれないな」

シンとロキはマルセルに情報を共有しに行っていた。カイは残った『気』を使いこなせるようになっており、上半身を起こして座っている。レナはそのカイの隣に寄り添っていた。

「それにしても、傷ついた兵士を蘇らせるなど、呪術がより強力になっていないか?」

カイは、自国兵に痛めつけられたらしい兵士が食事とレナの呪術を込めた歌で回復したのだと聞いて驚いている。

「体力が回復したっていうよりも、自分が仲間を傷付けてしまった罪の意識で、心がとても痛んでいたのよ。必要なのは、生きるために必要な心だっただけ。食事と故郷の懐かしい歌が役に立ったんじゃないかしら?」

レナが得意気に言ったので、カイはそのレナの顔に触れる。レナは随分自由に動くようになったカイの手に自分の手を重ねてはにかんだ。

「傷ついた相手に、そんな風に行動ができるレナを、誇らしく思う」
「誇らしく……?」
「俺は、兵士を……葬ることしかできなかった」
「戦場であの状況になれば、そういう手段だって必要になるのね。私だって死にかけたくらいだもの……何が正しいかなんて、その時々で変わるものよ?」

そう言ったレナにカイはゆっくり近づく。レナはまだ不自由なカイの動きを気にしながら、自分からもそっと近づいたが、その時、外に人の気配がした。

「団長~。マルセル様が話したいって言ってますけど、通して大丈夫ですか?」

シンの声だ。どうやら外にマルセルが来ているらしい。

「ああ、勿論だ」

カイがそう答えると、レナは咄嗟にカイから距離を取った。その様子を横目で見てカイは笑っている。

「やあ、復活したかな?」

マルセルがそう言って中を覗くと、レナと共に座っているカイを目に入れ、そのまま入口を閉めて中に入ってこなかった。

一体どうしたのだろうとレナが首を傾げていると、「なんか、あの二人から取り込み中の雰囲気がするけど?」とマルセルが外でシンに声を掛けていたので、レナはその場で崩れ落ちる。
不器用な二人にその辺をうまく隠す技術はなかったらしい。

「すいませんね、うちの団長が浮かれてて。仕方ないんです、初めての春なんですよ」

外で発せられたロキの歯に衣着せぬ物言いに、カイも床をじっと見たまま何も言えなくなっている。狭い空間にダメージを受けた二人がいたたまれない気持ちで座っていた。

「やだなあ、ああいうのは見てるこっちが恥ずかしい感じになるんだよ。立場団長があれだよ? どうかと思うだろ」

マルセルの言葉が止まらないので、いよいよカイは「あいつ」とイライラし始める。レナは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 *

「さて、気を取り直して。大方の説明はロキとシンから聞いてるけど、君たちはルリアーナ城に向かいたいらしいね?」

マルセルが改めてカイに尋ねている。シンとロキはテントの外に待機していた。

「ルイス王子を止められるかは分からないが……リブニケ王国にポテンシアを手に入れさせるのは何とか阻止したい。その辺の鍵を握っているのがルイス王子だからな……」
「何か、策はあるのか?」
マルセルの当然の問いかけに、カイもレナも無言になった。

「そこ、策なしで何をしようって言うんだ……?」
「会って話せば、分かってくれるかと……」
レナが口を開いたのを、マルセルは心底呆れたという顔で眺めていた。

「そんな物分かりの良い人間が、国王を攻めたりするもんか。いいか、お姫様。いくらあなたの元婚約者だからといっても、人というのは見せる顔というのをある程度選んで人と接することができる。
お姫様の知っているルイス王子がどれだけ人格者だったのかは知らないが、今回のことを起こしたルイス王子は、そんな聞き分けの良い人じゃない」

「でも……会話も出来ていないのに、このままルイス様との争いを選ぶのは違うわ」

レナには策など無い。会話をして分かり合える保証もない。それは人を巻き込むだけ巻き込んで、望みの薄い結果を求めに行くのと同じだ。

「無謀だ、と言ってるんだよ」

マルセルは吐き捨てた。正論だった。

「確かに無謀だと諦める方が、失うものが少ないとは思う。マルセルの言うことは正しい」

カイがマルセルに付け加えるように言ったので、レナはカイの顔を茫然とした顔で見る。

「だが、正しい事よりも優先させることはある。無謀にさせないために、出来ることがある」
「カイ……?」
「何より、ルイス王子があの行動に出た原因が、レナを失ったことだ。そこに賭けるのはおかしいか?」

カイは身体を殆ど動かせなかったが、座って話す姿に以前のような迫力が戻っていた。

「賭ける……ね。そして、そこに君は命を懸けるわけか」
「こちらにはレナがいるからな。そう簡単にやられない」
「……ハウザー騎士団の、結論がそれか?」
「いや、三人だけだ。シンとロキだけ連れて行く」

マルセルは暫く唸るように考え込んでいた。シンとロキは元々今回の戦力には入っていなかったとはいえ、失った兵士たちの代わりに喉から手が出る程欲しい人材でもある。

「なかなか、了承しづらいな」

マルセルは腕を組んで困ったように笑った。カイはその様子を眺めながら、当然だなと納得する。

「ひとつ、提案がある。今日の夕食時に、時間をくれないか?」

カイはマルセルにとある相談を持ち掛けた。
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