上 下
142 / 229
第9章 知ってしまったから

精神の旅 レナ・ルリアーナ

しおりを挟む
黒い闇の中で、カイは息を呑んだ。ここには何もない。そして、自分の置かれている状況が分からない。

先程まで話をしていた父親は、自分のことを『記憶から呼び出された幻』だと言っていた。
であるならば、彼女も呼び出せるのかもしれない――。

「レナ」

全てを飲み込みそうな暗闇に向かって呼びかけた。返事がない。

「レナ・・。お願いだ。会いたい」

再度、強く願った。口に出すと胸の奥が締め付けられる。
自分から命を手放そうとしたのに、もう一度姿が見たくてたまらなかった。

暫くの間、カイは暗闇に願った。
すると、何かが割れるような音が響き、黒い世界が一気に色を付け始める。

地面が芝生に包まれ、蝶が羽ばたいていた。目の前に広がる風景、そこはよく知った自宅の庭だ。レナが夜に腰かけたブランコの下がった木までもが現れる。
カイは左右を見回して、レナの姿を探した。

「ねえ、酷いじゃない」

不意に、すぐ後ろで声がする。カイが驚いて振り返ると、そこにはいつもの透き通った青い目がこちらを凝視しており、頬はいつかのように膨らんでいた。

「きゃ・・」

カイは咄嗟にその身体を抱きしめると、声が出せなかった。
会いたかった、とか、こんなことになって申し訳ない、など言いたいことが頭の中にいくつも浮かんでいるのに、それを口にすることが叶わない。

息が詰まって、涙が出ていた。他人のいる場所で涙を流したのは、いつぶりだろうか。

「カイ・・?」

何が起きているのかと、レナは不思議そうに声を上げた。さっきまで怒っていた声色が一転、心配そうだ。

「すまない・・」

振り絞ってそれだけを呟くように発する。気を抜くと漏れそうになる嗚咽を堪えた。

「どうしてあなたは、こんな選択をしたの?」
「救いたかった・・何に変えても」

震える声で、カイは答える。
そうだ、救いたかったのだと、自分の判断を思い出した。

「こんな風に助かったって、私が喜ぶわけないじゃない」

レナは相変わらず怒っていた。
カイはレナを抱きしめたまま無言で頷く。責められても仕方がない。戦地にレナを放り出してきたようなものだ。

「それにねえ・・私たち、まだ、マトモにキスだってしてないわ」

レナの不満そうな声に、思わずカイは小さく笑った。

「そうだったな」

レナを抱きしめる腕を緩めて、その表情を窺う。涙に濡れたカイを目に入れ、レナは驚きで一瞬固まった。

「あなたが・・どうして泣いているの?」
「救おうと思ったのに、傷付けた。それに・・本当は共にいなければならないことも、共にいたかったことも、思い出したんだ」
「それが分かっているのなら・・目を覚ませば良いのよ」

レナはそう言って優しく微笑むと、涙で濡れたカイの両頬を手で包み込む。
カイはそのレナの細い手首を掴んで、自分より随分下にあるレナの顔に自分の顔を近づけた。
今迄何度もはぐらかした行為を、そっと目の前のレナに施す。

「目を覚ますには、どうしたらいい?」

息の触れ合う距離で尋ねた。

レナはカイの頬に触れたまま、
「目覚めたいと思えばいいのよ」
と嬉しそうに笑う。

(一緒に生きていきたい)

本当の願いを、ようやく思い出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:6,508

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:688pt お気に入り:1,270

もう、あなたを愛することはないでしょう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:667pt お気に入り:4,077

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,511pt お気に入り:5,785

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:4,662

処理中です...