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第9章 知ってしまったから
精神の旅 蒼劉淵
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カイは、子どもの頃を過ごした家の前に立っていた。久しぶりに見ると、なんとこぢんまりとした家だったのだと驚く。
「随分、大きくなったな」
不意に後ろから声を掛けられ、慌ててそちらを振り返った。もう10年以上見ていない、身体中に傷を携えた巨躯の戦士が立っている。
「父さん・・?!」
蒼の見た目は顔に生えた黒い髭が目立つ。久しぶりに会っても人間というより熊男と説明された方が納得されるだろう。
カイが驚いているのと同じように、父親もカイを眺めながら驚いていた。
「櫂は、母さんに似て美人だな・・。周りの女性が黙っていないだろう?」
「さあ・・。外見なんて、好きな人に気に入ってもらえれば、それで充分だ」
カイはふと、レナはどうしたのだと気になった。まるで普段と違う場所にいる。
「もう、お前もそんな歳か。結婚はしたのか?」
「いや、まだ、恋人になったばかりの・・。本当は、そのつもりだったんだ」
ようやくカイは思い出した。今、亡くなった父が目の前にいる。ここは、天国と呼ばれるところなのだろう。
「ずっと・・傍にいようと・・。孤独な女だった。きっと今頃、泣きながら怒っている」
「では、傍にいてやらねばならないだろう。どうして、そう簡単に諦めるんだ」
蒼はカイを上から見下ろすように鋭い目を向けた。普段、カイはここまで身体の大きな男には出くわさない。自分の父親の大きさに改めて驚いていた。
「諦めたわけじゃない・・。彼女を救うためには、自分を犠牲にするほかなかった」
「あの術を使ったんだな・・?」
カイは気まずそうな顔で頷きながら、「ごめん」と呟いた。父親から教わった時、この術は絶対に使わないと約束をしていたのだ。
「そうか・・。それは、親子三代揃って滑稽だな。爺さんも私も、そして櫂までもが禁術に手を出している。それも全部、女性関係だ」
「え・・?」
「命を懸ける程の、良い女だったという訳だ」
「それ、母さんのことを言っているのか? それとも・・」
カイは父親の表情を窺いながら、その穏やかな目をじっと見つめた。
「そんな人に出会えたんだ、私たちは恵まれている」
「・・ああ、そうかもしれない。でも、俺は・・母さんが父さんを連れて行ってしまったことを、ずっと恨んでいた」
カイの告白に、蒼は一瞬意外そうな顔をした。一旦斜め上の方を見ながら何やら考え込んでいる。
「連れて行かれたわけではない。私が・・共に居たかっただけだ」
「共に・・」
「そのせいで、お前を一人にさせてしまったな。我が子を悲しませるなど、親失格だ」
「いや・・確かに悲しかったし、あの日に父さんを救えなかったことをずっと悔やんではいたけど・・。今は、父さんの気持ちも分かる。目の前で大切な人が命を落とそうとしていたら、あの術に感謝するよ」
カイはそう言うと、父親を見て微笑んだ。
「じゃあ、その大切な人のところに行ってあげなければ駄目だ」
「大切な人の、ところ・・」
「私は、お前の記憶から呼び出された幻だ。本当の世界は、ここにはない」
蒼が寂しそうに笑うと、カイの目の前の世界が真っ白な光に包まれだす。
「父さん! まだ、もう少し・・」
カイが蒼を呼んでも、既に返事はなかった。
その世界は全てを失って行く。白い光が黒い闇に包まれ始めた時、辺りにはもう、何も残っていなかった。
「随分、大きくなったな」
不意に後ろから声を掛けられ、慌ててそちらを振り返った。もう10年以上見ていない、身体中に傷を携えた巨躯の戦士が立っている。
「父さん・・?!」
蒼の見た目は顔に生えた黒い髭が目立つ。久しぶりに会っても人間というより熊男と説明された方が納得されるだろう。
カイが驚いているのと同じように、父親もカイを眺めながら驚いていた。
「櫂は、母さんに似て美人だな・・。周りの女性が黙っていないだろう?」
「さあ・・。外見なんて、好きな人に気に入ってもらえれば、それで充分だ」
カイはふと、レナはどうしたのだと気になった。まるで普段と違う場所にいる。
「もう、お前もそんな歳か。結婚はしたのか?」
「いや、まだ、恋人になったばかりの・・。本当は、そのつもりだったんだ」
ようやくカイは思い出した。今、亡くなった父が目の前にいる。ここは、天国と呼ばれるところなのだろう。
「ずっと・・傍にいようと・・。孤独な女だった。きっと今頃、泣きながら怒っている」
「では、傍にいてやらねばならないだろう。どうして、そう簡単に諦めるんだ」
蒼はカイを上から見下ろすように鋭い目を向けた。普段、カイはここまで身体の大きな男には出くわさない。自分の父親の大きさに改めて驚いていた。
「諦めたわけじゃない・・。彼女を救うためには、自分を犠牲にするほかなかった」
「あの術を使ったんだな・・?」
カイは気まずそうな顔で頷きながら、「ごめん」と呟いた。父親から教わった時、この術は絶対に使わないと約束をしていたのだ。
「そうか・・。それは、親子三代揃って滑稽だな。爺さんも私も、そして櫂までもが禁術に手を出している。それも全部、女性関係だ」
「え・・?」
「命を懸ける程の、良い女だったという訳だ」
「それ、母さんのことを言っているのか? それとも・・」
カイは父親の表情を窺いながら、その穏やかな目をじっと見つめた。
「そんな人に出会えたんだ、私たちは恵まれている」
「・・ああ、そうかもしれない。でも、俺は・・母さんが父さんを連れて行ってしまったことを、ずっと恨んでいた」
カイの告白に、蒼は一瞬意外そうな顔をした。一旦斜め上の方を見ながら何やら考え込んでいる。
「連れて行かれたわけではない。私が・・共に居たかっただけだ」
「共に・・」
「そのせいで、お前を一人にさせてしまったな。我が子を悲しませるなど、親失格だ」
「いや・・確かに悲しかったし、あの日に父さんを救えなかったことをずっと悔やんではいたけど・・。今は、父さんの気持ちも分かる。目の前で大切な人が命を落とそうとしていたら、あの術に感謝するよ」
カイはそう言うと、父親を見て微笑んだ。
「じゃあ、その大切な人のところに行ってあげなければ駄目だ」
「大切な人の、ところ・・」
「私は、お前の記憶から呼び出された幻だ。本当の世界は、ここにはない」
蒼が寂しそうに笑うと、カイの目の前の世界が真っ白な光に包まれだす。
「父さん! まだ、もう少し・・」
カイが蒼を呼んでも、既に返事はなかった。
その世界は全てを失って行く。白い光が黒い闇に包まれ始めた時、辺りにはもう、何も残っていなかった。
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