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第8章 戦場に咲く一輪の花

愛とは複雑なもの

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朝食も温かいスープが振舞われると、兵士たちはロキに向かって感謝の言葉を述べている。駐屯地に滞在したがる料理人など現れなかったのに、ロキが動いただけで事態が変わったのだ。経営者という立場の平民は、時に貴族よりも物事を動かす力があった。

「まあ、下心ありの協力だったけど、騎士のひとりとして、こういう事に協力できたのは良かったかな。もう、本業に戻ろうと思ってるからここを発つよ」

ロキがあっさりと言うので、カイは驚いた。もっとレナに執着をすると思っていたのが、ロキはいつもすぐに姿を消す。

「そんなすぐに離れるのか?」
「寂しがってくれてるんですか? 団長。俺は、本業で人を救う方が性に合ってるんですよ。商売で対価を得てお金が入ったら、またこっちに援助できるだろ。俺は偉大な社長様だからね」

ロキは得意気に言うと、カイの元を離れてレナのところに駆け寄る。

「これ、実はカミラから預かってた。女性が1週間程度過ごすのに必要なものを詰めておいてって頼んだから、きっと役に立つものが入ってると思う。昨日渡さなくてゴメン。団長となんだかいい雰囲気だったから、邪魔できなくてね」

ロキがそう言って、荷物が入った大きな袋をレナに渡す。

「カミラさんが? いつも素敵なセンスで色々見繕ってくれるから、嬉しいわ。よろしく言っておいてね」
レナが無邪気にそう言って荷物を受け取ったので、ロキは悔しさに顔を歪めた。

「やだなあ、そんな反応」
ロキはそう言うと、レナの頬に軽いキスをした。

「おい! そこ!」
カイが動揺して声を上げると、ロキはカイの方を振り返り、
「ばーか。こんなの挨拶だよ。誰かさんが昨日触れた場所にしたのは、わざとだけどね」
と言ってニヤリと笑う。ロキはそのまま従者と護衛を連れて、馬車に乗り込んだ。

「彼女を泣かせたら、また奪いに来るからな!」
馬車から叫ぶロキに、
「負け犬の遠吠えに聞こえるぞ!」
とカイが返す。馬車の扉を閉める音が明らかに苛立った様子だったが、それ以上は何も言わずに馬車は動き出した。

「行っちゃったわね」
「やっぱり、あいつはすごいな」
カイはレナの隣に立ち、ロキが触れた場所を親指でこすっている。

「ねえ、それも嫉妬?」
レナは、頬をこするカイの行動に戸惑いながら尋ねる。

「これは嫉妬じゃないな、独占欲だ」
カイは冷静に解説した。

「独占欲・・そういうのもあるのね」
レナは、強めにずっと顔をこするカイの親指に、愛とは随分と複雑なのだと驚いていた。
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