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第8章 戦場に咲く一輪の花

突然の再会で

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ブリステ公国の軍で、ひと際目立つ大きな黒い馬と黒髪の騎士。馬の身体には鉄の馬鎧(ばがい)が装着されている。その騎士ーーカイは大きな槍と風を操り、敵を翻弄していた。

(今回は負傷者もほとんど見られないか)

味方の被害が少ないのを確認すると、一時撤退を促してその日の攻撃を止める。何名かは怪我を負っていたが、精神を操られる被害が出なかったことに安堵した。

もう何日も戦い続けているが、一時は操られた味方や炎の呪術によって軍は大きく乱れた。術に怯えながら戦うのは、軍の士気にも関わる。

撤退指示を出してから、カイと愛馬のクロノスは敵の攻撃を全て自分たちに向けるように動いた。味方が撤退に成功したのを確認し、後退を始める。カイは勇敢な愛馬のお陰で何度も自国兵を救うことが出来ていた。

(こんな終わりの見えないことを続け、いつになったら帰れるのか・・レナは今頃、怒っているか・・泣いているもしれない)

軍を引き連れて駐屯地に戻ろうと、カイはそんなことを考えながらマルセルとその日の戦いについて会話をしていた。いつまでこの状況を続けていれば良いのか、2人はひたすら悩んでいる。

すると、なぜか食べ物の良い香りが漂って来た。増援は呼んだが、どういうことだろうかとカイは不思議になった。料理人が手配できたという話は聞いていない。

「お帰りなさい!」

駐屯地に着いたカイの目の前に、一番会いたかった女性の姿がある。カイは何の幻なのかと自分の目を疑った。

「なんで、お姫様が?」
マルセルが声を掛けたので、カイは自分だけに見えていたわけではなかったかと気付く。

「ロキと一緒に駆け付けたのよ。なんと、ロキは料理人まで連れて来てくれたの! 今日は温かいご馳走があるから、いっぱい食べて疲れを癒してね」

カイはそれを聞いて、事態を把握し始めた。レナは、ロキを頼ってここまで来たのだ。

「どうして・・ここに来た」

カイは、素直にレナの到着を喜べなかった。カイのその第一声と、レナに嬉しそうな顔を見せなかったことに、レナは大きく傷つき、その場で何も言えなくなっている。

「おい。もっと、言い方ってもんがあるだろ」

マルセルに言われた一言で、カイはようやく我に返る。目の前のレナは茫然と立ち尽くし、悲しそうな表情をしていた。

  *

その日の駐屯地は、久しぶりの温かいスープに沸いていた。料理人が到着し、カイの恋人だという女性が調理を手伝っている。美しい女性がそこにいて、料理に女性の手が加わったと思うだけで、男所帯の集団は大いに沸いていた。

そんな中、ロキはカイに話しかけようとしないレナをじっと観察している。

(また、あの不器用が何かやらかしたな)

レナが配膳を終えて自分のスープを抱え、簡易的な丸太の椅子に腰を下ろした。それを見たロキは、すぐにその隣に行こうと腰を上げた。

すると、カイが目の前に立ちはだかり、レナの隣、地面に腰を下ろす。丸太の高さが加わったレナより、カイはほんの少しだけ目線が高い。

「何だよ、邪魔するなよ」
「邪魔をしているのはロキの方だ。今から話したいことがある。レナと2人にしてもらえないか」
「ふん、面倒な男だな」

ロキは面白くなさそうに渋々その場を去った。レナは隣に座ったカイを気まずそうに見ている。


「さっきは・・すまなかった」
「あれが・・あなたの本音なの? やっぱり、ここに来ては迷惑だった?」

伏し目がちに尋ねたレナだったが、カイの表情を恐る恐る窺う。

「何度も言ったが、一緒にいたい気持ち以上に、ここにレナを連れて来るのは反対だったんだ」

カイの言葉に、レナは項垂れた。どんなに反対されていても、姿を現せば無条件に喜んでもらえるものだと期待してしまった。

「余計なことを・・してしまったのね」

レナが落ち込んでいるのを、カイは申し訳なさそうに見つめる。レナとは目が合わないままだった。

「兵士の呪いを解いてくれたんだってな」
カイは、そう言うとレナの頬に触れた。そこでようやくレナはカイを見上げる。

「助かった。味方が操られる術には、士気が下がって困っていたんだ」

「私、役に立てた?」
「ありがとう。流石だな」

レナはお礼を言われて初めて表情を緩めた。

「あんな風に怒って迎え入れられたら、落ち込むわ」
責めるように言われたので、カイは苦笑する。

「すまなかった。ロキと一緒だと聞いて冷静でいられず・・あれは嫉妬だ」
「あなたも嫉妬を?」
「……大抵ロキ関連は嫉妬だと思ってくれたらいい」

カイはそう言って恥ずかしそうに横を向いた。レナはそれを見て目を輝かせている。カイがロキに嫉妬をしているなど、全く考えが及ばなかった。

レナは嬉しそうに「ふふっ」と笑い、隣にいるカイに寄りかかる。

「情けないな」
カイはバツが悪そうに、レナとは逆を向いていた。

「そんなことないわよ。でも、誤解してしまうから、嫉妬でも嫌だと思ったことは教えてね。あなたが嫌がることは、極力しないようにするから」
「ああ・・なかなか妬いているとは言いづらいが」
「でも、あなたのことがますます好きになれそうよ」

レナはそう言って隣にいるカイの顔をじっと見る。

「そういうものか?」
「そういうものよ」

2人は座ったまま身体を寄せ合い、そのまま食事に向かっていた。

「ロキさん・・あれは絶対、隙とかないと思いますよ」
「分かってるよ。余計なお世話だよ」
ロキはカイとレナの雰囲気を眺めながら、スープを飲み干して溜息をついた。
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