117 / 229
第8章 戦場に咲く一輪の花
突然の再会で
しおりを挟む
ブリステ公国の軍で、ひと際目立つ大きな黒い馬と黒髪の騎士。馬の身体には鉄の馬鎧(ばがい)が装着されている。その騎士ーーカイは大きな槍と風を操り、敵を翻弄していた。
(今回は負傷者もほとんど見られないか)
味方の被害が少ないのを確認すると、一時撤退を促してその日の攻撃を止める。何名かは怪我を負っていたが、精神を操られる被害が出なかったことに安堵した。
もう何日も戦い続けているが、一時は操られた味方や炎の呪術によって軍は大きく乱れた。術に怯えながら戦うのは、軍の士気にも関わる。
撤退指示を出してから、カイと愛馬のクロノスは敵の攻撃を全て自分たちに向けるように動いた。味方が撤退に成功したのを確認し、後退を始める。カイは勇敢な愛馬のお陰で何度も自国兵を救うことが出来ていた。
(こんな終わりの見えないことを続け、いつになったら帰れるのか・・レナは今頃、怒っているか・・泣いているもしれない)
軍を引き連れて駐屯地に戻ろうと、カイはそんなことを考えながらマルセルとその日の戦いについて会話をしていた。いつまでこの状況を続けていれば良いのか、2人はひたすら悩んでいる。
すると、なぜか食べ物の良い香りが漂って来た。増援は呼んだが、どういうことだろうかとカイは不思議になった。料理人が手配できたという話は聞いていない。
「お帰りなさい!」
駐屯地に着いたカイの目の前に、一番会いたかった女性の姿がある。カイは何の幻なのかと自分の目を疑った。
「なんで、お姫様が?」
マルセルが声を掛けたので、カイは自分だけに見えていたわけではなかったかと気付く。
「ロキと一緒に駆け付けたのよ。なんと、ロキは料理人まで連れて来てくれたの! 今日は温かいご馳走があるから、いっぱい食べて疲れを癒してね」
カイはそれを聞いて、事態を把握し始めた。レナは、ロキを頼ってここまで来たのだ。
「どうして・・ここに来た」
カイは、素直にレナの到着を喜べなかった。カイのその第一声と、レナに嬉しそうな顔を見せなかったことに、レナは大きく傷つき、その場で何も言えなくなっている。
「おい。もっと、言い方ってもんがあるだろ」
マルセルに言われた一言で、カイはようやく我に返る。目の前のレナは茫然と立ち尽くし、悲しそうな表情をしていた。
*
その日の駐屯地は、久しぶりの温かいスープに沸いていた。料理人が到着し、カイの恋人だという女性が調理を手伝っている。美しい女性がそこにいて、料理に女性の手が加わったと思うだけで、男所帯の集団は大いに沸いていた。
そんな中、ロキはカイに話しかけようとしないレナをじっと観察している。
(また、あの不器用が何かやらかしたな)
レナが配膳を終えて自分のスープを抱え、簡易的な丸太の椅子に腰を下ろした。それを見たロキは、すぐにその隣に行こうと腰を上げた。
すると、カイが目の前に立ちはだかり、レナの隣、地面に腰を下ろす。丸太の高さが加わったレナより、カイはほんの少しだけ目線が高い。
「何だよ、邪魔するなよ」
「邪魔をしているのはロキの方だ。今から話したいことがある。レナと2人にしてもらえないか」
「ふん、面倒な男だな」
ロキは面白くなさそうに渋々その場を去った。レナは隣に座ったカイを気まずそうに見ている。
「さっきは・・すまなかった」
「あれが・・あなたの本音なの? やっぱり、ここに来ては迷惑だった?」
伏し目がちに尋ねたレナだったが、カイの表情を恐る恐る窺う。
「何度も言ったが、一緒にいたい気持ち以上に、ここにレナを連れて来るのは反対だったんだ」
カイの言葉に、レナは項垂れた。どんなに反対されていても、姿を現せば無条件に喜んでもらえるものだと期待してしまった。
「余計なことを・・してしまったのね」
レナが落ち込んでいるのを、カイは申し訳なさそうに見つめる。レナとは目が合わないままだった。
「兵士の呪いを解いてくれたんだってな」
カイは、そう言うとレナの頬に触れた。そこでようやくレナはカイを見上げる。
「助かった。味方が操られる術には、士気が下がって困っていたんだ」
「私、役に立てた?」
「ありがとう。流石だな」
レナはお礼を言われて初めて表情を緩めた。
「あんな風に怒って迎え入れられたら、落ち込むわ」
責めるように言われたので、カイは苦笑する。
「すまなかった。ロキと一緒だと聞いて冷静でいられず・・あれは嫉妬だ」
「あなたも嫉妬を?」
「……大抵ロキ関連は嫉妬だと思ってくれたらいい」
カイはそう言って恥ずかしそうに横を向いた。レナはそれを見て目を輝かせている。カイがロキに嫉妬をしているなど、全く考えが及ばなかった。
レナは嬉しそうに「ふふっ」と笑い、隣にいるカイに寄りかかる。
「情けないな」
カイはバツが悪そうに、レナとは逆を向いていた。
「そんなことないわよ。でも、誤解してしまうから、嫉妬でも嫌だと思ったことは教えてね。あなたが嫌がることは、極力しないようにするから」
「ああ・・なかなか妬いているとは言いづらいが」
「でも、あなたのことがますます好きになれそうよ」
レナはそう言って隣にいるカイの顔をじっと見る。
「そういうものか?」
「そういうものよ」
2人は座ったまま身体を寄せ合い、そのまま食事に向かっていた。
「ロキさん・・あれは絶対、隙とかないと思いますよ」
「分かってるよ。余計なお世話だよ」
ロキはカイとレナの雰囲気を眺めながら、スープを飲み干して溜息をついた。
(今回は負傷者もほとんど見られないか)
味方の被害が少ないのを確認すると、一時撤退を促してその日の攻撃を止める。何名かは怪我を負っていたが、精神を操られる被害が出なかったことに安堵した。
もう何日も戦い続けているが、一時は操られた味方や炎の呪術によって軍は大きく乱れた。術に怯えながら戦うのは、軍の士気にも関わる。
撤退指示を出してから、カイと愛馬のクロノスは敵の攻撃を全て自分たちに向けるように動いた。味方が撤退に成功したのを確認し、後退を始める。カイは勇敢な愛馬のお陰で何度も自国兵を救うことが出来ていた。
(こんな終わりの見えないことを続け、いつになったら帰れるのか・・レナは今頃、怒っているか・・泣いているもしれない)
軍を引き連れて駐屯地に戻ろうと、カイはそんなことを考えながらマルセルとその日の戦いについて会話をしていた。いつまでこの状況を続けていれば良いのか、2人はひたすら悩んでいる。
すると、なぜか食べ物の良い香りが漂って来た。増援は呼んだが、どういうことだろうかとカイは不思議になった。料理人が手配できたという話は聞いていない。
「お帰りなさい!」
駐屯地に着いたカイの目の前に、一番会いたかった女性の姿がある。カイは何の幻なのかと自分の目を疑った。
「なんで、お姫様が?」
マルセルが声を掛けたので、カイは自分だけに見えていたわけではなかったかと気付く。
「ロキと一緒に駆け付けたのよ。なんと、ロキは料理人まで連れて来てくれたの! 今日は温かいご馳走があるから、いっぱい食べて疲れを癒してね」
カイはそれを聞いて、事態を把握し始めた。レナは、ロキを頼ってここまで来たのだ。
「どうして・・ここに来た」
カイは、素直にレナの到着を喜べなかった。カイのその第一声と、レナに嬉しそうな顔を見せなかったことに、レナは大きく傷つき、その場で何も言えなくなっている。
「おい。もっと、言い方ってもんがあるだろ」
マルセルに言われた一言で、カイはようやく我に返る。目の前のレナは茫然と立ち尽くし、悲しそうな表情をしていた。
*
その日の駐屯地は、久しぶりの温かいスープに沸いていた。料理人が到着し、カイの恋人だという女性が調理を手伝っている。美しい女性がそこにいて、料理に女性の手が加わったと思うだけで、男所帯の集団は大いに沸いていた。
そんな中、ロキはカイに話しかけようとしないレナをじっと観察している。
(また、あの不器用が何かやらかしたな)
レナが配膳を終えて自分のスープを抱え、簡易的な丸太の椅子に腰を下ろした。それを見たロキは、すぐにその隣に行こうと腰を上げた。
すると、カイが目の前に立ちはだかり、レナの隣、地面に腰を下ろす。丸太の高さが加わったレナより、カイはほんの少しだけ目線が高い。
「何だよ、邪魔するなよ」
「邪魔をしているのはロキの方だ。今から話したいことがある。レナと2人にしてもらえないか」
「ふん、面倒な男だな」
ロキは面白くなさそうに渋々その場を去った。レナは隣に座ったカイを気まずそうに見ている。
「さっきは・・すまなかった」
「あれが・・あなたの本音なの? やっぱり、ここに来ては迷惑だった?」
伏し目がちに尋ねたレナだったが、カイの表情を恐る恐る窺う。
「何度も言ったが、一緒にいたい気持ち以上に、ここにレナを連れて来るのは反対だったんだ」
カイの言葉に、レナは項垂れた。どんなに反対されていても、姿を現せば無条件に喜んでもらえるものだと期待してしまった。
「余計なことを・・してしまったのね」
レナが落ち込んでいるのを、カイは申し訳なさそうに見つめる。レナとは目が合わないままだった。
「兵士の呪いを解いてくれたんだってな」
カイは、そう言うとレナの頬に触れた。そこでようやくレナはカイを見上げる。
「助かった。味方が操られる術には、士気が下がって困っていたんだ」
「私、役に立てた?」
「ありがとう。流石だな」
レナはお礼を言われて初めて表情を緩めた。
「あんな風に怒って迎え入れられたら、落ち込むわ」
責めるように言われたので、カイは苦笑する。
「すまなかった。ロキと一緒だと聞いて冷静でいられず・・あれは嫉妬だ」
「あなたも嫉妬を?」
「……大抵ロキ関連は嫉妬だと思ってくれたらいい」
カイはそう言って恥ずかしそうに横を向いた。レナはそれを見て目を輝かせている。カイがロキに嫉妬をしているなど、全く考えが及ばなかった。
レナは嬉しそうに「ふふっ」と笑い、隣にいるカイに寄りかかる。
「情けないな」
カイはバツが悪そうに、レナとは逆を向いていた。
「そんなことないわよ。でも、誤解してしまうから、嫉妬でも嫌だと思ったことは教えてね。あなたが嫌がることは、極力しないようにするから」
「ああ・・なかなか妬いているとは言いづらいが」
「でも、あなたのことがますます好きになれそうよ」
レナはそう言って隣にいるカイの顔をじっと見る。
「そういうものか?」
「そういうものよ」
2人は座ったまま身体を寄せ合い、そのまま食事に向かっていた。
「ロキさん・・あれは絶対、隙とかないと思いますよ」
「分かってるよ。余計なお世話だよ」
ロキはカイとレナの雰囲気を眺めながら、スープを飲み干して溜息をついた。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる