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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く
絆される
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「ねえ、どうして教えてくれないのよ・・」
「まだ、話す時じゃないからだ・・」
一日の終わり、いつものようにソファに並んで過ごす夜の時間に、カイは厳戒態勢を敷いていた。昼間にマルセルから聞いた話を少しでもレナに話してしまえば、レナはどんな手段を使っても戦場に飛び出してしまうだろう。
リブニケ人が使っているらしい呪術に対して、レナには対抗できる術がある。それも、彼女の術師としての才能はかなりのものらしいのだ。
「私、いい加減分かってきたのよ。カイがそうやって事実を隠すのは、私を守ろうとしてくれているからなのよね」
レナが放った言葉に、カイは絶句した。レナはどうして急に鋭くなるのだろうか。鈍いのが恋愛関係だけなのだとしたら、鈍く見せる計算だろうかとさえ疑う。
「きっと、私の術があれば救える命があるんでしょう? だからあなたは、私を戦場に出したくなくて事実を隠している」
カイは大いに焦った。早く否定をしなければ事実だと認めるようなものだ。
「違う・・」
「嘘をつかないで」
レナは責めるようにカイを見ていた。いくらカイが自分を心配しているからといえ、嘘をつかれるのは気分の良いものではない。何でも話せる間柄だと信じていただけに、余計にレナは腹を立てていた。
「昨日から、レナを怒らせてばかりだな」
「私が怒るって分かっているのに、隠したり、嘘をついたりするからでしょ?」
レナはいつになく怒りながら、カイを責めた。
「事実を聞いても戦場に行きたいと言わないでくれるなら、話してもいい」
「ひどいわ。そんな言い方」
レナは悔しさに、目に涙を溜めながら怒っている。カイは良心がひどく痛み、レナに事実を隠していることが辛くなって来た。
「いや・・すまなかった」
カイはそう言ってレナを抱きしめて背中をトントンと叩く。レナは「うー」と声を上げて泣き始めた。
「そんなに泣かせるつもりは・・」
カイは何度か葛藤した。レナを戦場に連れて行くことは、見せたくないものを見せて、置かせたくない環境にレナを置き、命の危険に晒すことに等しい。
「・・ルイス殿下は、呪術師を使って国のあらゆる場所を焼き払っているかもしれない。火を起こしている可能性もあるが、どうも普通とは違うらしい」
カイはとうとう折れた。レナをこれ以上傷つける方が耐えられそうになかったからだ。
「火の術で? あのルイス様が?」
レナには、その意味が分かる。
火を用いるということは、滅ぼそうとしているのだ、自国を。ルイスはレナが火に焼かれたと思っている。だからこそ、あえて火を用いて国王を追い詰めようとしているのかもしれない。
「そんなの・・ダメよ・・」
レナは愕然とした。レナの知っているルイスは、罪もない人を無差別に傷つけるような判断を好まなかった。軽い印象こそ受けたが、他人に対する慈悲や良識は人並み以上に持っており、優しい人のはずだった。
「それを聞いて、どう思った?」
カイは身体にしがみついていたレナの顔を覗き込む。
「・・嘘泣きか・・」
すっかり涙が渇いた顔を見て、やられた、と気付いた。カイが嘘をついたことに対抗したのだろう。負けず嫌いのレナが考えそうなことだ。あんなに痛めた良心は何だったのだろうかとカイは白ける。
「本当に救わなければいけないのは、ルイス様なのかもしれないわね」
レナは嘘泣きがバレて気まずかったのか、カイから視線を外しながらそう言った。
「おい」
カイはレナの頬をつねる。嘘泣きを指摘されても全く何も言わないのはどうなのか。カイは納得が行っていない。
「何よ・・」
レナはつねられた顔のまま、じろりとカイを睨む。カイはそれを見て、レナの気の強さには敵わないかもしれないと諦めかけ、レナをつねる手を放した。
「私、まだ怒ってるのよ。マルセルのところにも連れて行ってもらえなかったし、隠し事ばかりだし。ポテンシア国内の内乱は、私にも関係がある・・カイだって、そう思っているんでしょ」
「思っているから、躊躇するんだ。戦場のことを分かっていないだろうから教えてやるが、命が散る場所だぞ。実際に起こっていることに綺麗なものは何もない。街に行くのとは違う」
「でも、あなたが生きている場所だわ」
レナにハッキリと言われ、カイは言葉に詰まった。紛れもない事実に、カイは目の前のレナと自分の圧倒的な違いを突きつけられた心地がする。
「それを言われると、何を言ったら良いか分からなくなるが・・」
「あなたを肯定しているのよ」
「死の匂いがする場所だぞ」
カイは、レナを責めるつもりは無い。レナがそれまで生きて来た争いの無い血の匂いのしない場所に、彼女を閉じ込めておきたいだけだった。そうやって物事から遠ざけようとするのがレナの生き方とは反していることも、カイはとっくに理解をしていたのだが。
「この世には、知らない方が良い事だってある」
「そんなに私を綺麗なものとして扱わなくてもいいわ。カイと違って、親と呼べる人だってロクにいないような生まれよ」
レナはそう言って気まずそうに笑う。レナはルリアーナ王国の第一王女だったが、もともとは先王の婚外子で不貞の子であることを言っているのだろう。先王はレナの実母の呪いによってこの世を去っている。
「それとこれとは、また少し違う」
カイは難しい顔をした。戦争を全く知らない人間に、戦場の惨さを伝えるのはそれなりに難しい。
「例えば・・この世には犯罪と呼ばれる、あらゆる行為があるな?」
「・・? ええ」
カイは、話し方を変えた。
「それが全て肯定される世界とは、どういう世界だと思う?」
「・・無秩序で、理不尽で、残酷な世界だわ」
「そうだ。それを肯定する行いを、戦争と呼ぶ」
レナは、カイにそう言われて考え込んだ。
「あなたの仕事は、理不尽を働いていると言いたいの?」
「概ね、そうだな。力を用いて相手を抑え込むのを正当化するのは、理不尽だろう」
カイが当然のように言ったので、レナは悔しそうな顔を浮かべながら、
「ねえ、カイを抱きしめたくなったわ」
と両手を広げた。
「どうした? 突然・・」
カイは訳が分からないでいる。先ほどまで怒っていたのが急にどうしたのか理解ができない。
「そういうことを、あなたに背負わせていることが悔しいのよ」
レナの言葉に、なるほど、とカイはゆっくり理解をすると、小さな身体が一生懸命手を広げているのが妙に可愛らしく見え、ふっと笑う。
「そんな風に手を広げられても、どうすればいいんだ。体勢が無理だろ」
ソファ席で隣り合うレナが手を広げても、カイを包むのは難しい。レナがしょんぼりとしたので、カイは立ち上がってレナを抱え上げた。
「横になれば、問題ない。たまにはレナに抱きしめられるのも悪くないかもしれないな」
「・・あんまり、良いものじゃないかもしれないけど」
レナは急に自信を無くしたようにカイに抱えられながらベッドに入る。横を向いてカイの頭を抱え込むように抱きしめた。
「やっぱり、連れて行って。あなたのことも心配だもの。それにね、平民生活も1年近くしていたし、過酷な状況でも大丈夫だと思う」
レナがゆっくり諭すように言う。
「・・別のアプローチでこちらの意志を折りに来たか。まんまと絆されて手懐けられそうだ」
カイは初めてレナに包まれ、言いようのない幸福感を覚えた。戦場に連れて行くかどうかはともかく、離れて過ごすのは耐えがたいなと言いそうになって止める。
レナは素直に自分に収まったカイを抱きしめ、その真っ直ぐに伸びる黒髪に手を添えながら、こんな日もたまには、と穏やかな気持ちで目を閉じた。
長い夜が終わらないことを、密かに願って。
「まだ、話す時じゃないからだ・・」
一日の終わり、いつものようにソファに並んで過ごす夜の時間に、カイは厳戒態勢を敷いていた。昼間にマルセルから聞いた話を少しでもレナに話してしまえば、レナはどんな手段を使っても戦場に飛び出してしまうだろう。
リブニケ人が使っているらしい呪術に対して、レナには対抗できる術がある。それも、彼女の術師としての才能はかなりのものらしいのだ。
「私、いい加減分かってきたのよ。カイがそうやって事実を隠すのは、私を守ろうとしてくれているからなのよね」
レナが放った言葉に、カイは絶句した。レナはどうして急に鋭くなるのだろうか。鈍いのが恋愛関係だけなのだとしたら、鈍く見せる計算だろうかとさえ疑う。
「きっと、私の術があれば救える命があるんでしょう? だからあなたは、私を戦場に出したくなくて事実を隠している」
カイは大いに焦った。早く否定をしなければ事実だと認めるようなものだ。
「違う・・」
「嘘をつかないで」
レナは責めるようにカイを見ていた。いくらカイが自分を心配しているからといえ、嘘をつかれるのは気分の良いものではない。何でも話せる間柄だと信じていただけに、余計にレナは腹を立てていた。
「昨日から、レナを怒らせてばかりだな」
「私が怒るって分かっているのに、隠したり、嘘をついたりするからでしょ?」
レナはいつになく怒りながら、カイを責めた。
「事実を聞いても戦場に行きたいと言わないでくれるなら、話してもいい」
「ひどいわ。そんな言い方」
レナは悔しさに、目に涙を溜めながら怒っている。カイは良心がひどく痛み、レナに事実を隠していることが辛くなって来た。
「いや・・すまなかった」
カイはそう言ってレナを抱きしめて背中をトントンと叩く。レナは「うー」と声を上げて泣き始めた。
「そんなに泣かせるつもりは・・」
カイは何度か葛藤した。レナを戦場に連れて行くことは、見せたくないものを見せて、置かせたくない環境にレナを置き、命の危険に晒すことに等しい。
「・・ルイス殿下は、呪術師を使って国のあらゆる場所を焼き払っているかもしれない。火を起こしている可能性もあるが、どうも普通とは違うらしい」
カイはとうとう折れた。レナをこれ以上傷つける方が耐えられそうになかったからだ。
「火の術で? あのルイス様が?」
レナには、その意味が分かる。
火を用いるということは、滅ぼそうとしているのだ、自国を。ルイスはレナが火に焼かれたと思っている。だからこそ、あえて火を用いて国王を追い詰めようとしているのかもしれない。
「そんなの・・ダメよ・・」
レナは愕然とした。レナの知っているルイスは、罪もない人を無差別に傷つけるような判断を好まなかった。軽い印象こそ受けたが、他人に対する慈悲や良識は人並み以上に持っており、優しい人のはずだった。
「それを聞いて、どう思った?」
カイは身体にしがみついていたレナの顔を覗き込む。
「・・嘘泣きか・・」
すっかり涙が渇いた顔を見て、やられた、と気付いた。カイが嘘をついたことに対抗したのだろう。負けず嫌いのレナが考えそうなことだ。あんなに痛めた良心は何だったのだろうかとカイは白ける。
「本当に救わなければいけないのは、ルイス様なのかもしれないわね」
レナは嘘泣きがバレて気まずかったのか、カイから視線を外しながらそう言った。
「おい」
カイはレナの頬をつねる。嘘泣きを指摘されても全く何も言わないのはどうなのか。カイは納得が行っていない。
「何よ・・」
レナはつねられた顔のまま、じろりとカイを睨む。カイはそれを見て、レナの気の強さには敵わないかもしれないと諦めかけ、レナをつねる手を放した。
「私、まだ怒ってるのよ。マルセルのところにも連れて行ってもらえなかったし、隠し事ばかりだし。ポテンシア国内の内乱は、私にも関係がある・・カイだって、そう思っているんでしょ」
「思っているから、躊躇するんだ。戦場のことを分かっていないだろうから教えてやるが、命が散る場所だぞ。実際に起こっていることに綺麗なものは何もない。街に行くのとは違う」
「でも、あなたが生きている場所だわ」
レナにハッキリと言われ、カイは言葉に詰まった。紛れもない事実に、カイは目の前のレナと自分の圧倒的な違いを突きつけられた心地がする。
「それを言われると、何を言ったら良いか分からなくなるが・・」
「あなたを肯定しているのよ」
「死の匂いがする場所だぞ」
カイは、レナを責めるつもりは無い。レナがそれまで生きて来た争いの無い血の匂いのしない場所に、彼女を閉じ込めておきたいだけだった。そうやって物事から遠ざけようとするのがレナの生き方とは反していることも、カイはとっくに理解をしていたのだが。
「この世には、知らない方が良い事だってある」
「そんなに私を綺麗なものとして扱わなくてもいいわ。カイと違って、親と呼べる人だってロクにいないような生まれよ」
レナはそう言って気まずそうに笑う。レナはルリアーナ王国の第一王女だったが、もともとは先王の婚外子で不貞の子であることを言っているのだろう。先王はレナの実母の呪いによってこの世を去っている。
「それとこれとは、また少し違う」
カイは難しい顔をした。戦争を全く知らない人間に、戦場の惨さを伝えるのはそれなりに難しい。
「例えば・・この世には犯罪と呼ばれる、あらゆる行為があるな?」
「・・? ええ」
カイは、話し方を変えた。
「それが全て肯定される世界とは、どういう世界だと思う?」
「・・無秩序で、理不尽で、残酷な世界だわ」
「そうだ。それを肯定する行いを、戦争と呼ぶ」
レナは、カイにそう言われて考え込んだ。
「あなたの仕事は、理不尽を働いていると言いたいの?」
「概ね、そうだな。力を用いて相手を抑え込むのを正当化するのは、理不尽だろう」
カイが当然のように言ったので、レナは悔しそうな顔を浮かべながら、
「ねえ、カイを抱きしめたくなったわ」
と両手を広げた。
「どうした? 突然・・」
カイは訳が分からないでいる。先ほどまで怒っていたのが急にどうしたのか理解ができない。
「そういうことを、あなたに背負わせていることが悔しいのよ」
レナの言葉に、なるほど、とカイはゆっくり理解をすると、小さな身体が一生懸命手を広げているのが妙に可愛らしく見え、ふっと笑う。
「そんな風に手を広げられても、どうすればいいんだ。体勢が無理だろ」
ソファ席で隣り合うレナが手を広げても、カイを包むのは難しい。レナがしょんぼりとしたので、カイは立ち上がってレナを抱え上げた。
「横になれば、問題ない。たまにはレナに抱きしめられるのも悪くないかもしれないな」
「・・あんまり、良いものじゃないかもしれないけど」
レナは急に自信を無くしたようにカイに抱えられながらベッドに入る。横を向いてカイの頭を抱え込むように抱きしめた。
「やっぱり、連れて行って。あなたのことも心配だもの。それにね、平民生活も1年近くしていたし、過酷な状況でも大丈夫だと思う」
レナがゆっくり諭すように言う。
「・・別のアプローチでこちらの意志を折りに来たか。まんまと絆されて手懐けられそうだ」
カイは初めてレナに包まれ、言いようのない幸福感を覚えた。戦場に連れて行くかどうかはともかく、離れて過ごすのは耐えがたいなと言いそうになって止める。
レナは素直に自分に収まったカイを抱きしめ、その真っ直ぐに伸びる黒髪に手を添えながら、こんな日もたまには、と穏やかな気持ちで目を閉じた。
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