亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
104 / 229
第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

微妙なズレと同じモヤモヤ

しおりを挟む
「今日は、マルセルのところに行く」
その日もカイのベッドで2人は朝を迎えた。窓辺には透明のグラスに短い茎のバラが2本、絡み合うように飾られている。

「それって・・駐屯地のこと? それとも、騎士団の方?」
「騎士団の本部だ。マルセルはポテンシアの戦況を確認しに、部下をポテンシアに派遣していた。今日はその報告を聞きに行く」
カイはそう言うと起き上がって早々に身支度を始め出す。

「私は・・?」
「いや、流石に・・ここにいて欲しいんだが・・?」
カイの言葉に、明らかに不満そうなレナがベッドからカイを睨んでいる。

「そんなに睨まれるようなことか? 集まるのはブリステ国内の騎士だけだ。レナが来て楽しい所でもなければ、同席者はむさくるしい男連中ばかりだぞ」
カイは諦めさせようとそんなこと言いながら、さっさと部屋を出て行こうとする。

「ほら観て、カイ。バラが2本よ?」
「・・・ああ、そうだな・・・」
レナは、飾られたバラを指差し、バラの持つ意味を使ってカイを説得しにかかってくる。

「そうやって、狙って人を惑わせることもできるのか」
「カイってそういう・・ちょっと間接的な方が好きなのかなと思ったのよ」
「ほう?」
「だっていつも、私がハッキリとカイに想いを伝えても、あんまり響いていないでしょ?」
「何でそういう結論になった・・」

やはり、レナは恐ろしく鈍い。レナの一言にいちいち翻弄され、自分を律しながら生活しているカイの姿は全く認識されていないらしい。

「響いていないわけがないだろうが」
「何よ、昨日の夜だって・・」
「いい、言うな。言わなくていい」

カイは慌ててレナの言葉を遮る。思い出すだけで恥ずかしかった。掘り起こされるなど耐えられない。

昨夜、舞台に刺激されたレナは急に不安になったらしい。レナはいつもよりカイに甘えたがった。
カイの庇護欲は普段以上に掻き立てられ、無性に安心させたくなった。だから、カイは優しく寄り添おうとしたのだ。それが、あろうことかレナの無意識の発言に煽られた。
レナの言葉をそのまま受け入れていたら、カイは間違いを犯していたに違いない。

「・・とにかく。甘えられても口説かれても、要望を聞く気はない。今日はここで待っていてくれ。あと、昨日のあれは響いてなかったんじゃない。誰かがものすごいことを口走るから反応に困っただけだ」
カイはそう言ってレナを自分の部屋に戻らせる。レナは口を尖らせて不満そうにしていた。ここまで分かり合えないか、とカイは朝から頭が痛い。

『赤いバラ1本は、あなた以外愛せない・・。それが2人分・・バラ2本は、この世界にふたりきり、だったわね。ねえ、ここが私とあなたしかいない世界だと思って、私だけを愛してくれる?』

カイは夜に言われた言葉を思い出し、赤面した。不安な目をするレナを思い切り甘やかそうとしたタイミングで、完全に不意打ちだった。あの問いに対する正解は何だったのだろう。あの状況で冷静でいられる者がいたら拝んでみたいものだ。

(世界にふたりきり、か。そんなことが仮にあったら、殆どの悩みはなくなるな)
カイは、レナが無意識に誘惑するようなことを口走っていても、それは言い方を誤っているだけで不安定な世界情勢に対する問いなのだろうと思っていた。だから、軽率な行動には及ぶまいと自分を律している。

実際のところ、当のレナは単なるキス待ちだった。カイの考えているような深い含みなどは、全くない。
あんな手紙まで寄越しておいて、愛しているとまで明言しておいて、行動に出してもらえていない気がして寂しかっただけだ。
狙って誘惑じみた言い方をした意識もあり、それに全く反応をしなかったカイにショックを受けた。実際のカイは動揺のあまり固まっていただけだったのに、鈍すぎるが故に察せない。

結局のところ、2人は同じような気持ちを持て余している。
恋人同士になっても、気持ちが同じでも、すれ違うことは大いにあるらしい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...