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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

たまには、オフ日

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 レナが目を覚ますと、久しぶりにカイの顔が目の前にある。
 いつもと違うのは、その目が閉じて寝息を立てていることで、レナは暫くその美しい顔を眺めていた。

 折角だから……と更に近寄ってみる。
 カイの目が覚める前に、こっそり唇を奪ってみようかとドキドキしながらカイの顔に自分の顔を近づけた。
 が、何故か、カイの目が開く。

「……?」

 状況が良く分からないらしいカイが、直前に迫っているレナを認識しようと起き抜けの頭を動かし始める。
 レナはあまりにも気まずくて、もう少しで触れそうだったカイから慌てて距離を取る羽目になった。

「おはよう。なんだ、今朝は先に起きたのか」
「……寝ぼけているの、放っておいて……」

 レナは情けなくて枕を抱えてカイに背を向けた。
 出来心とはいえ、何をしようとしたのだと自分に幻滅している。
 もし接触してしまった後で目を覚まされたら、それこそ言い訳ができなかった。

「言い忘れていたんだが……今日は仕事を休む」
「えっ?」
「ここのところ、休みなく働いていたからな。あとは……そこで背を向けている誰かが、一緒に過ごしてくれたら嬉しいんだが?」

 その言葉を背中に受けて、レナはゆっくりと身体をカイの方に向けた。

「一緒に過ごすって……例えば?」
「何でも良い。クロノスと遠出をしてもいいし、散歩をするのでも構わないし、ブリステの繁華街で何かレナの欲しいものを買うのでも良い……勿論、好きなものをプレゼントさせてもらおう。この金の亡者が金を使うなんて貴重だろう?」

 カイがそう言って笑うと、レナは何をするのが楽しいのだろうかとドキドキしながら考えた。

「ねえ、ブリステでは、この位の年齢の恋人同士がデートをする場所って、どこ?」

 レナが無邪気に尋ねると、カイは複雑な表情を浮かべた。その手のことに疎い自覚があり、全く心当たりがない。

「すまない……。先に謝っておくが、その質問は……」
「ごめんなさい、カイにする質問じゃなかったわね……」

 レナは、自分こそ同じ年齢の男女のことなど全く知らなかった。
 カイも仕事漬けだったことを知っていて、そんなことを尋ねてはいけなかったのだ。

「違うの、カイが仕事休みでどこかに連れて行ってくれるっていうのに、どんなことをしたいのかが思い浮かばなくて……」
「特に、したいことはないのか?」

 カイがそう言ってベッドの中でレナの髪をいじる。
 カイは、起きたばかりで癖が強く出ている髪の波に、指を添わせながら弄ぶようにしていた。

(したいこと……あるわよ)

 レナは、カイが目を覚ます直前にしようとしていたことがある。
 正直に白状すべきか迷ったが、拒絶されでもしたら一日中悲しい気持ちで過ごす羽目になりそうだったので止めた。

「ブリステ公国のことを、もっと知りたい。ブリステの歌を歌ってみたいし、文化や食べ物を知りたいし、人の営みを見たいわ」

 レナがそう言ったのを、「ロキの得意分野か」と口走りそうになり、絶対にその名前は出すまいと思い直す。

「分かった。ブリステにも、その手のことが集まっている街がある……(ロキの会社がある場所だが)。歌劇の舞台でも、観てみるか?」

 カイの提案に、レナはキラキラとした目で嬉しそうに頷いた。
 カイは舞台など特に好きではなかったが、歌のシーンは嫌いではない。
 再会した時のレナの歌声を思い出し、もしもブリステで平民として生まれていたら歌劇のスターにでもなっていそうな気すらした。

「そうと決まれば……レナはドレスだな。我が家は母が他界して以来、女性が長らく不在だ。その辺のセンスは保証できないが、使用人に言っておく。残念ながらブリステ公国は身分で座席が決まっているような国なんだ。子爵の連れとして下級貴族の席に座ることになるぞ」

 カイが言った言葉に、レナは驚いた。

「そんなに、身分差に厳しいの?」
「厳しいんじゃない。貴族連中の気位きぐらいが高いんだ。平民や移民と同じ並びを嫌がるやつらのせいで、そういう仕組みが生まれて当たり前になっている」

 カイはそう言うと、くだらんだろうと言い捨てた。

「国が違うと、そういうところも違うのね。勉強になるわ」
「……本当か? こんなことが?」

 カイは怪訝な顔をしたが、レナは至って普通の表情だ。

「知らない事の方が、恥ずかしいもの」

 そう言って強い目をするレナを見て、カイはハッキリと思い知った。

(そうだ、こういうところだ)

 弄っている髪に軽く口付けると、レナの額にも唇を当てる。

「じゃあ、決まりだな」

 2人は起き上がる。カイはレナが自室に入っていくのを見届けると、着替えを始めた。

「おい、誰かいるか?」

 使用人を呼びつけてレナの身支度をするように指示を出し、馬車の準備を伝える。

(今日は、クロノスに2人乗りというわけにもいかないな)

 それはそれで残念な気がしたが、たまにはそんな日があってもいい。カイは休みの一日にいつになく心を躍らせている自分に気付いた。
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