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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

呪術師の王女

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 カイとレナはブリステ公王の元に向かうべく、2人でクロノスの背に乗った。
 執事のオーディスは前日に伝えられたレナの素性にすっかり委縮し、レナを直視できずにいる。

「オーディスさん、顔を上げて。いつも通りに出かけて来るだけよ。私はずっと、あなたの主人のことが大切な、ただのレナでしかないの」

 レナの声に恐る恐る顔を上げたオーディスは、どうしてこの女性の高潔さを当然のように受け入れていたのだろうかとまた頭が下がる。

「サラッと言ってくれたな……」

 カイが目の前で発されたレナの言葉に照れていた。
 不意打ちで他人に向けて言われるのは、直接言われるのとはまた違うのだなと新しい発見だ。
 これから向かう先が決して楽しいことが起こる場所ではないのに、レナのためなら何でも出来るのではと思えて来る。

「オーディス、すまないが、この後こちらに戻ってこられるかは分からない。もしもの時は、留守を頼むぞ」

 カイが声を上げると、使用人達は一斉に頭を下げた。
 これまで何度もカイは戦場に向かって屋敷を旅立ったが、レナを連れ立って行ったこの日は、使用人達にとって特に悲しい雰囲気が漂っていた。


「どうやって、元王女だというのを証明するつもりだ……? 信じてもらえなかった場合、話は進まないかもしれないが……」

 カイが馬上でレナに尋ねると、「信じてもらえなかったら、ブリステ公王の管轄じゃないところで動くしかないわよね」とレナは当たり前のように返す。

 戦時中のポテンシア王国に入るつもりならそんな簡単な話ではない、とカイはレナの無知に頭を痛める。
 平和な国しか知らずに育った王女らしい発言だ。

「ルイス王子に会うつもりでいるのは、変わらないんだな?」

 カイが改めて尋ねると、「ええ。そうじゃなければ、多分事態は変わらないと思うんだけど」と、レナは当然のように言った。

 戦時中の国に入って当事者のトップに会うなど、そんな危険を冒すことが本当に必要なのか。どうしてもカイは後ろ向きだった。

「せめて、ポテンシア内の戦争がある程度落ち着いてからの方が良いだろうな……。余計な争いに巻き込まれて、死傷者を増やすだけだ」

 カイは溜息をつきながら、面倒くさそうに言う。
 一体何人の兵を連れて行けばそんなことが出来るのだろうか。
 ルイスはリブニケ王国の軍事力を借りながら、旧パースの軍事力と側室に迎えた公爵家の軍事力と経済力を備えている。
 そこに第五王子と手を組んだというのだから、少なく見積もっても数万の兵が動いているのは間違いないと踏む。

「カイは、戦場の呪いとか、念のこととか、知ってる?」

 レナが何気なく言った内容が唐突過ぎて、カイは驚いた。

「ああ……まあ、その手の話はたまに聞くが」
「人の無念とか、負の感情が残った場所にはどうしても呪いが発生したりね……」
「分からない話ではないな」

 カイは、以前戦争の跡地で怪奇現象が起きたという話や、呪い殺されたのではないかという話などは耳にしたことがある。

「私、そういうものは……王女時代から、割と癒してきてるの」
「……ああ、そういう人ならざるモノも見えていたのか?」
「そうね……ハッキリと形までは見えないけど、存在としては見えるというか……」

 カイは、そういうものなのだろう、と簡単に信じる。
 そのくらいレナのことを呪術師として理解しているのかもしれないと、自分を分析もした。

「今回のルイス様の戦いは、誰も幸せにならないでしょう……? だから、その手のものが、かなり出そうな気がしているの」
「恐ろしいことを予感するんだな……」

 カイは口元で笑いながら、呪術師というのは見えている世界がまた違うのだと思わざるを得ない。

「悲劇が悲劇を呼んでしまう。それも……止めたいの」

 ポツリと言うレナは、力を持つ者が抱える使命のようなものを理解していた。
 カイは自分の持つ力も戦場で使うべきものだと使命感があったことを、レナの姿に重ねる。

「言っていることは理解できるが……気負うなよ」

 カイはそう言ってクロノスの上で前にいるレナの身体をぐっと抱えると、後ろからレナの髪に唇で触れる。

「ありがとう。ごめんなさい……こんなことになって」

 レナは自分の身体に回されたカイの手に触れながら、泣きたい気持ちになった。
 何も考えずに好きな人のためだけに生きられたら、今頃カイを心配させるような行動も取らずにいられたのだろう。

「とことん付き合うつもりだ。参ったな、これが、惚れた弱みってやつなのか」

 カイはそう言って笑う。

「おかしいわね……私の方が、ずっと前からあなたを好きだったのに」

 レナもおどけて笑った後、静かに前を見据えて覚悟を決めた。
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