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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

使命に向かう決意

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 一日の終わり、すっかりルーティンのようになっている部屋で過ごす時間に、カイはブリステ公王から届いた書簡の内容をレナに告げた。
 ポテンシアの情勢のこと、このままでは周辺国も戦火に巻き込まれていく可能性が高いこと、自分はブリステ公国のために兵士として前線に立つことになるだろうこと。

 ひと通り話し終わって、カイは気まずそうにレナを見た。
 泣かれるか、嫌がられるか、絶望される覚悟をしていた。
 レナは、じっと話を聞いて、内容をゆっくり理解していた。

「思ったより早かったなあ、って言ったら……変かしら」

 そう言うと、カイをじっと見て、「私も、行く」とハッキリと言い切った。カイが久しぶりに見た、王女の目をしている。

「何処にだ……」

 カイは、予想外の言葉に目を見開いて聞き返すことしかできない。
 何の決心をしているのか、元王女らしい覚悟が、瞳に灯っているのをハッキリと見て取れる。

「まずは、ブリステ公王のところからね。賓客として、というわけにはいかないけれど」

 レナの言葉に、カイは嫌な予感しかしない。

「身分を、明かすつもりか……?」

 カイは、そんなことをしたら……という己の都合を飲み込む。
 先日のささやかな将来の約束が、目の前から音を立てて崩れていくようだ。

「そうしないと、陛下は話を聞いてくれないんじゃないかしら?」
「何を、話すつもりだ……」
「それを相談したかったんだけど」

 レナが堂々と口にする内容が、まるで現実ではないような、遠くで聞こえる話のようにカイの耳を掠める。
 どうして、この元王女は自分を簡単に犠牲にしようとするのか、カイは理解などしたくなかった。

「それ以外の方法はないと思うか?」

 カイは、レナが自分を犠牲にしない方法を探りたい。逝去した王女が生きていた証明など、どうするかも全く想像がつかない。

「ルイス様と、話をした方がいいでしょ?」

 レナが当たり前のように言う。

「いや……何を言ってるんだ……?」

 今更ルイスの前に出て行って、何を伝えるつもりなのか。
 仮にもルイスはレナの元婚約者で、カイにとっては都合の良い相手ではない。
 国王に対する恨みの度合いを考えてみても、あの王子がレナに対する未練を抱えていることは確かだった。

「私にできることを、するのよ」

 そう言ってレナはカイの手の上に自分の手を重ねる。
 以前その行為をしたのは、ルリアーナ城でカイが人を殺めた日のことだった。
 この強い手は、もう戦う覚悟をしているのだ。カイはその事実に絶句する。

 カイはこんな運命に立ち向かわせるために、レナを見つけたのではない。
 それがどうしてか、自分が好きになったレナ・ルリアーナという人物は、もともとこういう気質だったではないかと思い知る。

「俺は……レナを分かったつもりになっていたのかもしれない」
「きっと、あなたは私のこと、私よりよく分かってるわ」

 もう、レナを説得することは無理なのだろうと、カイはソファで隣り合ったレナの肩を抱く。

「考えが甘かったな……。ずっと、こうしているつもりだった……」
「そんなの……私だってそうよ?」

 ごく普通の恋人同士のように、2人は寄り添いながら明後日のことを考える。

「私ね……この数日間、毎日夢みたいだった。あなたのお陰で。私、好きな人と一緒に生きていきたかったから」
「諦めたのか……もう」

 2人は指を絡め、ぽつりぽつりとこの数日間に思い描いた将来について話し始めた。

「あなたに似た黒い髪の子どもが、あのブランコで遊んでいる夢を見たの。私は、その子が怪我をしないかハラハラしながら、でも、信じて見ていなきゃって、手を出さないように近くにいて……」
「具体的な夢だな」

 カイが笑う。

「あなたも、隣にいたのよ」
「俺は放任主義だと思うんだが」
「いいえ、随分と心配性だったわ」

 レナの語った夢は、数日前であれば現実的な夢だった。
 2日後、ブリステ公王の前で身分を明かしてしまった後では、レナはもうこの屋敷に来ることすら叶わなくなるかもしれない。

「その夢だが、妄想にしては具体的すぎるな。叶えてみたくなった」

 カイは絡めた手の指を動かし、繋いだレナの手を確認するようにしながら、小さな声で言った。

「あなたひとりじゃ、叶えられないわよ?」

 レナはその指が自分の手を温かく包むのを感じながら、ゆっくりカイの身体に体重を預ける。
 一歩先の未来が暗闇に包まれていても、自分はそこに進むしかないのだと覚悟を決めていた。
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