80 / 229
第6章 新生活は、甘めに
夜の部屋に、2人きり
しおりを挟む
レナは、いつもより鼓動が早く鳴っている自分を落ち着けようとした。
夜にカイの部屋に来るのは特別なことではなかったが、お酒を一緒に飲むのは初めてだ。
部屋で飲もうと言ったカイの表情を見て、どうしてか抱きしめたくなるような衝動に駆られたまま、今はカイの部屋のソファに腰かけている。
カイがずっと自分を待っていてくれたらしいことに、レナの心は震えていた。
(お酒の力を、借りてしまえば……)
レナは、バールで働いていた時にマーシャが言っていた言葉を思い出した。
『エレナ、お酒に酔った時に相手がどう対応してくるかで、どれだけ大切にされているかが分かるのよ?』
試すようなことはしたくなかったが、この機会を逃したらカイの気持ちを量りかねてしまうような予感がする。
「ジントニックで良いか?」
部屋に入ってレナをソファに座らせると、カイは薬用蒸留酒とトニックウォーターの瓶をレナに見せる。
レナは「ええ」と頷いて、カイがアルコール薄めのジントニックを注ぐのを見つめていた。
「ありがとう」
レナはグラスを受け取ると、カイが自分用にストレートで注いだジンのグラスに乾杯する。
いつもの1人掛けのソファではなく、2人掛けのソファで身体を軽く寄り添わせながら、ゆっくりと身体にアルコールを注いだ。
「実は……もう戻ってこないんじゃないかと、心配していた」
カイが白状するように、隣で前を見たまま言った。
「どうしてよ……。私が帰れる場所は、ここだけでしょ?」
レナは苦笑している。自分の居場所など、この屋敷以外にはないのだとレナは言い切る。
そのレナの顔をカイはじっと見つめ、ロキに何かされなかったのか聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちと闘っていた。
「恐らくロキも……レナのためになら住む場所くらい用意するだろうな」
カイはグラスに注いだジンに視線を移す。ロキがレナに住む場所を与えたらそちらに行ってしまうのだろうという不安が消えない。
「……カイは、私に出て行って欲しい?」
レナが寂しそうに小さく呟いたので、カイは焦った。
「そんなわけないだろう」
一度否定した。まだ、言葉が足りない。
「本当は、どこにも行かないで欲しい。勝手かもしれないが」
カイは初めて、レナを傍に置きたいことを口にした。
「いいの? ずっと……ここにいても……」
レナはまっすぐにカイを見つめた。まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「最初からずっと、そう言っていたつもりだった」
カイは自分の情けなさに嫌になりそうだったが、レナの視線から逃げずに苦笑した。
「……いつか出て行かなければいけないのだと……」
レナはグラスをソファ前のテーブルに置くと、身体ごとカイの方を向く。
(抱きしめたい……抱きしめて欲しい……)
お酒が入っているのに、レナには勇気が出なかった。こんな夜中に男性の部屋を訪れて、どうかしている、と理性が働いた。
「伝え方が、悪かったな」
カイはそう言ってレナを引き寄せた。
レナの髪からほんのり香るのは、いつもの少し甘い香りと、肉屋で沁みつくらしいスモークの香り。
そこにはロキが好んで使う香水のグリーンノートのものは無い。
レナとロキの間には、恐らく何もなかったのだろう。
安心した途端、カイはアルコールのせいか、レナを失うと思った危機感からか、タガが外れそうになる。
そっとレナの額に口付けを落とし、そのまま頬にも唇を当て、唇を奪いそうになったのを慌てて誤魔化すように、レナを強く抱きしめた。
「私……ずっと……ここにいたい……」
レナは精一杯の勇気を振り絞って、小さな声で言った。カイに包まれながら、唇で触れられた額と頬が、妙に熱く感じていた。
「あなたの側にいたいの、カイ」
レナの言葉に、カイは自分の耳を疑った。ロキのものだと思っていたレナの心は、思いの外近くにあったのだ。
想いを伝えるのに、もう遠慮は要らないのだと知る。カイは抱きしめたレナの顔を確認するように腕を緩めた。
カイを直視できないレナが、恥ずかしそうに口をつぐんでいる。
「そんな風に思っていてくれていたことに、全く気付かなかった」
「あなたって……そういうところ、あるわね」
レナは頬を軽く膨らませ、自分のことは棚に上げながらカイを責める。
「そうか。それなら……。これからもずっと一緒にいてくれないか? 自分の中にあるレナへの想いが愛だと知って、自分に何が出来るかを考えて過ごしていたんだ」
カイは、初めて自分の気持ちを伝えると、レナは声を出せずに何度も頷いている。
夜の闇に、月明かりの指す部屋はいつもよりも明るく見えた。
そうでなければ、どうして目の前のレナが恥ずかしそうに顔や耳までを赤くしていることが分かったというのか。
その口元が、嬉しそうに緩んでいることに、気付けたというのか。
カイは、レナの頬に触れて体温を確認するようにしてから、その小さな身体を抱きしめた。
ここにあるのは、自分だけの幸せなのだと噛み締める。カイは、一人で生きて来た人生の不足を、ようやく見つけた気がした。
夜にカイの部屋に来るのは特別なことではなかったが、お酒を一緒に飲むのは初めてだ。
部屋で飲もうと言ったカイの表情を見て、どうしてか抱きしめたくなるような衝動に駆られたまま、今はカイの部屋のソファに腰かけている。
カイがずっと自分を待っていてくれたらしいことに、レナの心は震えていた。
(お酒の力を、借りてしまえば……)
レナは、バールで働いていた時にマーシャが言っていた言葉を思い出した。
『エレナ、お酒に酔った時に相手がどう対応してくるかで、どれだけ大切にされているかが分かるのよ?』
試すようなことはしたくなかったが、この機会を逃したらカイの気持ちを量りかねてしまうような予感がする。
「ジントニックで良いか?」
部屋に入ってレナをソファに座らせると、カイは薬用蒸留酒とトニックウォーターの瓶をレナに見せる。
レナは「ええ」と頷いて、カイがアルコール薄めのジントニックを注ぐのを見つめていた。
「ありがとう」
レナはグラスを受け取ると、カイが自分用にストレートで注いだジンのグラスに乾杯する。
いつもの1人掛けのソファではなく、2人掛けのソファで身体を軽く寄り添わせながら、ゆっくりと身体にアルコールを注いだ。
「実は……もう戻ってこないんじゃないかと、心配していた」
カイが白状するように、隣で前を見たまま言った。
「どうしてよ……。私が帰れる場所は、ここだけでしょ?」
レナは苦笑している。自分の居場所など、この屋敷以外にはないのだとレナは言い切る。
そのレナの顔をカイはじっと見つめ、ロキに何かされなかったのか聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちと闘っていた。
「恐らくロキも……レナのためになら住む場所くらい用意するだろうな」
カイはグラスに注いだジンに視線を移す。ロキがレナに住む場所を与えたらそちらに行ってしまうのだろうという不安が消えない。
「……カイは、私に出て行って欲しい?」
レナが寂しそうに小さく呟いたので、カイは焦った。
「そんなわけないだろう」
一度否定した。まだ、言葉が足りない。
「本当は、どこにも行かないで欲しい。勝手かもしれないが」
カイは初めて、レナを傍に置きたいことを口にした。
「いいの? ずっと……ここにいても……」
レナはまっすぐにカイを見つめた。まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「最初からずっと、そう言っていたつもりだった」
カイは自分の情けなさに嫌になりそうだったが、レナの視線から逃げずに苦笑した。
「……いつか出て行かなければいけないのだと……」
レナはグラスをソファ前のテーブルに置くと、身体ごとカイの方を向く。
(抱きしめたい……抱きしめて欲しい……)
お酒が入っているのに、レナには勇気が出なかった。こんな夜中に男性の部屋を訪れて、どうかしている、と理性が働いた。
「伝え方が、悪かったな」
カイはそう言ってレナを引き寄せた。
レナの髪からほんのり香るのは、いつもの少し甘い香りと、肉屋で沁みつくらしいスモークの香り。
そこにはロキが好んで使う香水のグリーンノートのものは無い。
レナとロキの間には、恐らく何もなかったのだろう。
安心した途端、カイはアルコールのせいか、レナを失うと思った危機感からか、タガが外れそうになる。
そっとレナの額に口付けを落とし、そのまま頬にも唇を当て、唇を奪いそうになったのを慌てて誤魔化すように、レナを強く抱きしめた。
「私……ずっと……ここにいたい……」
レナは精一杯の勇気を振り絞って、小さな声で言った。カイに包まれながら、唇で触れられた額と頬が、妙に熱く感じていた。
「あなたの側にいたいの、カイ」
レナの言葉に、カイは自分の耳を疑った。ロキのものだと思っていたレナの心は、思いの外近くにあったのだ。
想いを伝えるのに、もう遠慮は要らないのだと知る。カイは抱きしめたレナの顔を確認するように腕を緩めた。
カイを直視できないレナが、恥ずかしそうに口をつぐんでいる。
「そんな風に思っていてくれていたことに、全く気付かなかった」
「あなたって……そういうところ、あるわね」
レナは頬を軽く膨らませ、自分のことは棚に上げながらカイを責める。
「そうか。それなら……。これからもずっと一緒にいてくれないか? 自分の中にあるレナへの想いが愛だと知って、自分に何が出来るかを考えて過ごしていたんだ」
カイは、初めて自分の気持ちを伝えると、レナは声を出せずに何度も頷いている。
夜の闇に、月明かりの指す部屋はいつもよりも明るく見えた。
そうでなければ、どうして目の前のレナが恥ずかしそうに顔や耳までを赤くしていることが分かったというのか。
その口元が、嬉しそうに緩んでいることに、気付けたというのか。
カイは、レナの頬に触れて体温を確認するようにしてから、その小さな身体を抱きしめた。
ここにあるのは、自分だけの幸せなのだと噛み締める。カイは、一人で生きて来た人生の不足を、ようやく見つけた気がした。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる