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第6章 新生活は、甘めに

青年実業家、あらわる

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 その日の午後、レナは肉屋の店頭で暇を持て余していた。
 平日の午後に客が途切れる時間があり、そんな時は店の周りの掃除をしたり、商品の整理をしたりする。
 思いの外、掃除も商品整理も早く終わってしまい、何をしようかと悩み始めていた。

「こんにちは。もしかして、カイ・ハウザーの関係者って貴女かな?」

 肉屋に現れた男性は、ダークブラウンのゆるい癖毛を肩下まで伸ばし、仕立ての良いスーツを着ている。
 目つきが鋭く、決して人相は良くなかった。
 レナは、その強面でも優雅な雰囲気の男性が今まで会ったことのない客だというのは分かる。

「関係者……ええ、恐らく」

 レナは領地民が興味本位でこういったことを尋ねて来たのだと、特に深い意味も考えずに答えた。

「名前を聞いても?」

 これはいわゆるナンパというものなのだろうかと、レナは戸惑い、躊躇した。
 とりあえずここは肉屋の店頭で、自分は男性との出会いなど求めていない。

「じゃあ、質問を変えてみよう。貴女が、レナさんかな?」

 確信を持って尋ねられたレナは、目の前の相手が何故自分の名前を言い当てたのか心当たりがない。

「どうして……」
「貴女の名前を知っているか? ってこと? まあ、これは……うちのボスがね」

 男性がにこやかに笑った時、その後ろに一人の男性が姿を現す。

「ちょっとデニス、彼女が不審がるような事情聴取はやめてよね」

 その声は、レナも良く知る声だった。
 プラチナブロンドのストレートヘアを後ろで束ね、とびきり上等なスリーピースのスーツを着たその男性は、レナを視界に入れて嬉しそうに微笑んだ。

「なんで、こんなところにいるんだよ?」

 そう言って、少し目が潤んでいるように見える男性は、1年近く前に生き別れたカイの部下だ。

「…………ロキ?」

 騎士として自分に仕えていた時とは印象の違うロキに、レナは驚いた。
 ロキはブリステでは有名人だと聞いていたが、それを一瞬で理解する。纏うオーラが、今迄肉屋に訪れた誰のものとも、圧倒的に違う。

「ずっと探してたんだよ? まさかこんなところにいるなんてさ……。それにしても、カイ・ハウザーには随分馬鹿にされたもんだね」

 そう言ってロキは力なく笑うと、「デニス、ここの店主と話を付けておいてくれる? 俺はこの人とちょっと話がある」とダークブラウンの髪をした男性に言ってレナに手招きをした。

「今日の仕事はここまでにしよう、あんたとゆっくり話がしたい」

 ロキがそう言ったのを、レナは首を振って、「仕事を中途半端に抜け出すわけにはいかないわ」と断ろうとした。

「だから、今日の仕事を全部買い取る。この近くにうちの資本が入ったレストランがあるから、ここの商品を全部買い占めていくよ。そうすれば、あんたは仕事がなくなるだろ?」

 そう言ってロキはにっこり笑う。

「でも……」

 レナは、やはり勝手なことは出来ないと戸惑っていた。

「うーん、信じてもらえないか。仕方ないなあ……じゃあ、店主を呼んでもらえる?」

 ロキに言われてレナが渋々店主を呼ぶと、店頭に駆け付けた店主はロキの姿を見るや否や、被っていた帽子を取り、深く頭を下げた。

「ライト様……どうされたんですか、こんなところで」

 店主の方が10歳程度は年が上に見えるが、ロキを見てすっかり腰が低くなっている。

「実は、彼女と話がしたくてね。かなり久しぶりの再会なんだ。お店の商品は責任もって買い取るし、後のことはここにいるデニスに全部任せるから……彼女を借りたいんだけど」

 ロキがそう言うと、店主は言いにくそうに、「でも、こちらの女性は、領主様の関係者ですから……」とそんな簡単に返事は出来ないと言葉を濁す。

「その領主様と俺の関係を知らないわけじゃないだろ?」

 肉屋の言い分にロキは明らかに不機嫌な声を上げた。
 ロキはカイの部下でもあり、親友でもあるというのは領地民には広く知られている。

「レナさん……あなたの意志にお任せします……」
「仕事を抜け出すのは気が引けます……」
「そこは、本当に大丈夫です」

 店主が慌ててフォローしたので、レナはロキと少し話をするだけなら……と、ロキに付いて行くことに決めたのだった。
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