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第6章 新生活は、甘めに
カイ・ハウザーの帰還
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ブリステ公国に入ってからカイの領地に着くまで、クロノスの速歩で3時間程度かかる。
カイはレナの負担を気にしたが、レナは至って楽しそうだった。カイは、目の前でクロノスの背を楽しむレナを懐かしんでいる。
実は途中にロキが住む街を通るのだが、カイはそれを言い出せずにいた。
もしそれを口に出して立ち寄りたいと言われたら、断る理由はない。
それでも、ロキの元にレナを連れて行きたくなかった。2人の幸せを願えない自分の心の狭さに失望しないよう、なるべくそれを考えないようにする。
レナはロキにこそ会いたいのだろうと、カイは完全に誤解していた。
バールで歌っていた時にカイを見つけて涙を流したのは、懐かしさや生き別れた家族にでも会った感覚なのだろうと思い込んでいる。もしあの場にロキがいたら、レナの喜び方はまた違ったはずだったのではないかと。
(ダメだ。あいつの側に行った途端、どんな噂が立つか分からない)
カイはロキより先にレナを見つけたことで、余計な傷を負わせずに済んだ気がしていた。ロキを知る者がいないルリアーナと違い、ブリステでロキと行動することは周囲からの注目を浴びずには過ごせない。
何も知らずにクロノスの上を楽しむレナに、これからロキのことをどう伝えるべきか考えるだけで頭が痛くなりそうだった。とりあえず、自分の屋敷で匿いながら考えればいい。カイにとって、久しぶりの我が家だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
カイは久しぶりに自分の屋敷に帰った。レナは、カイが屋敷に入った途端に一斉に頭を下げた使用人たちの整った様子に目を見張る。
「ああ、留守中に何か変化はなかったか?」
カイが執事らしい男性に声を掛けているのを見て、やはりこの男は子爵様だったのだとレナは不思議な気持ちになった。自分が雇用主だった印象しか持たないレナには、カイが貴族階級で領主だという事実に不思議な心地がする。
「はい、あの……ご主人様、そちらの女性は……」
執事らしい燕尾服の男性がレナの方をじっと見て、カイに気まずそうに尋ねる。カイが女性を連れて家に帰ったことなど、過去に一度もない。
「ああ……実は、身寄りを無くしていて、こちらで生活させようと思っている。名前はレナだ」
カイが不愛想に言ってレナを紹介すると、使用人たちはじろじろとレナを興味深く見た。とうとうカイ・ハウザーの殻を破った女性が現れたのだろうかと、全員がレナに注目している。
「あ、初めまして……レナです。なるべくご迷惑にならないように……私も使用人として働かせていただこうと思いますので、よろしくお願いします」
レナは、そう言って使用人たちに向かって深々と頭を下げる。使用人たちは、主人は配偶者を連れてきたわけではなかったかと一斉に肩を落とした。
「おい。何で使用人としてなんだ。やめてくれ、俺が耐えられん」
カイがそう言ってレナに複雑な視線を送っている。その様子を見ていた使用人たちは色めき立った。
もしやこれは主人が彼女の心を掴む前の段階なのかと、全員が2人の様子に釘付けになる。これは主人のために一肌脱ぐところだろうと、嬉々としてその様子を見守っていた。
「私、できれば何か仕事をしていたいわ。何もすることなくお世話になんかなれないし……」
レナはそう言ってカイに労働の意志を示した。カイはレナがもともと働き者だったことを思い出し、確かに何もすることが無いのは酷かもしれないと考え込む。
「……領地で、人手を探しているところで働いてみるか? 大した稼ぎにはならんだろうが、衣食住はこちらで用意するから生活には困らないだろうし……」
カイが当然のように言ったのを、「そんな、お世話になるんだから生活費くらい入れるわよ」とレナが遠慮したので使用人たちは絶望的な視線をカイに送った。
(ご主人様、何て声を掛けてこちらに連れていらしたんですか…………)
彼女は、完全に居候のつもりではないか。それに対してどうやら主人は同棲の勢いで連れ帰って来ているように見える。
カイは、使用人たちの絶望を抱えた冷たい視線に何となく気付きながら、「生活費など絶対に要らん。そもそも空いている部屋を有効に使わせるだけのことで、もともと余る食料を分ける程度のことしかしないんだ。遠慮するな」とレナを説得する。
レナは気まずそうにカイを見て、納得したように頷いた。
(ご主人様……言い方……)
使用人たちはカイの不器用さに呆気にとられるばかりだ。このままではレナはひたすら誤解したまま屋敷に居続けることになるのではないか。
「ご主人様、長旅でお疲れでしょうし、レナ様とお茶でもされたらいかがですか? 後ほど持っていきますので、お部屋でお待ちくださいな」
メイド長が堪らず声を掛ける。カイとレナを席に着かせてゆっくりさせる作戦だった。
「ああ、そうだな」
カイはそう言って自分の荷物とレナの荷物を使用人に預け、レナと共に自室に向かうことにした。
レナは自分の荷物が使用人に運ばれていくのを見て戸惑う。10ヶ月前であれば当たり前だったその行為は、レナにとって居心地の悪いものになっていた。
カイはレナの負担を気にしたが、レナは至って楽しそうだった。カイは、目の前でクロノスの背を楽しむレナを懐かしんでいる。
実は途中にロキが住む街を通るのだが、カイはそれを言い出せずにいた。
もしそれを口に出して立ち寄りたいと言われたら、断る理由はない。
それでも、ロキの元にレナを連れて行きたくなかった。2人の幸せを願えない自分の心の狭さに失望しないよう、なるべくそれを考えないようにする。
レナはロキにこそ会いたいのだろうと、カイは完全に誤解していた。
バールで歌っていた時にカイを見つけて涙を流したのは、懐かしさや生き別れた家族にでも会った感覚なのだろうと思い込んでいる。もしあの場にロキがいたら、レナの喜び方はまた違ったはずだったのではないかと。
(ダメだ。あいつの側に行った途端、どんな噂が立つか分からない)
カイはロキより先にレナを見つけたことで、余計な傷を負わせずに済んだ気がしていた。ロキを知る者がいないルリアーナと違い、ブリステでロキと行動することは周囲からの注目を浴びずには過ごせない。
何も知らずにクロノスの上を楽しむレナに、これからロキのことをどう伝えるべきか考えるだけで頭が痛くなりそうだった。とりあえず、自分の屋敷で匿いながら考えればいい。カイにとって、久しぶりの我が家だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
カイは久しぶりに自分の屋敷に帰った。レナは、カイが屋敷に入った途端に一斉に頭を下げた使用人たちの整った様子に目を見張る。
「ああ、留守中に何か変化はなかったか?」
カイが執事らしい男性に声を掛けているのを見て、やはりこの男は子爵様だったのだとレナは不思議な気持ちになった。自分が雇用主だった印象しか持たないレナには、カイが貴族階級で領主だという事実に不思議な心地がする。
「はい、あの……ご主人様、そちらの女性は……」
執事らしい燕尾服の男性がレナの方をじっと見て、カイに気まずそうに尋ねる。カイが女性を連れて家に帰ったことなど、過去に一度もない。
「ああ……実は、身寄りを無くしていて、こちらで生活させようと思っている。名前はレナだ」
カイが不愛想に言ってレナを紹介すると、使用人たちはじろじろとレナを興味深く見た。とうとうカイ・ハウザーの殻を破った女性が現れたのだろうかと、全員がレナに注目している。
「あ、初めまして……レナです。なるべくご迷惑にならないように……私も使用人として働かせていただこうと思いますので、よろしくお願いします」
レナは、そう言って使用人たちに向かって深々と頭を下げる。使用人たちは、主人は配偶者を連れてきたわけではなかったかと一斉に肩を落とした。
「おい。何で使用人としてなんだ。やめてくれ、俺が耐えられん」
カイがそう言ってレナに複雑な視線を送っている。その様子を見ていた使用人たちは色めき立った。
もしやこれは主人が彼女の心を掴む前の段階なのかと、全員が2人の様子に釘付けになる。これは主人のために一肌脱ぐところだろうと、嬉々としてその様子を見守っていた。
「私、できれば何か仕事をしていたいわ。何もすることなくお世話になんかなれないし……」
レナはそう言ってカイに労働の意志を示した。カイはレナがもともと働き者だったことを思い出し、確かに何もすることが無いのは酷かもしれないと考え込む。
「……領地で、人手を探しているところで働いてみるか? 大した稼ぎにはならんだろうが、衣食住はこちらで用意するから生活には困らないだろうし……」
カイが当然のように言ったのを、「そんな、お世話になるんだから生活費くらい入れるわよ」とレナが遠慮したので使用人たちは絶望的な視線をカイに送った。
(ご主人様、何て声を掛けてこちらに連れていらしたんですか…………)
彼女は、完全に居候のつもりではないか。それに対してどうやら主人は同棲の勢いで連れ帰って来ているように見える。
カイは、使用人たちの絶望を抱えた冷たい視線に何となく気付きながら、「生活費など絶対に要らん。そもそも空いている部屋を有効に使わせるだけのことで、もともと余る食料を分ける程度のことしかしないんだ。遠慮するな」とレナを説得する。
レナは気まずそうにカイを見て、納得したように頷いた。
(ご主人様……言い方……)
使用人たちはカイの不器用さに呆気にとられるばかりだ。このままではレナはひたすら誤解したまま屋敷に居続けることになるのではないか。
「ご主人様、長旅でお疲れでしょうし、レナ様とお茶でもされたらいかがですか? 後ほど持っていきますので、お部屋でお待ちくださいな」
メイド長が堪らず声を掛ける。カイとレナを席に着かせてゆっくりさせる作戦だった。
「ああ、そうだな」
カイはそう言って自分の荷物とレナの荷物を使用人に預け、レナと共に自室に向かうことにした。
レナは自分の荷物が使用人に運ばれていくのを見て戸惑う。10ヶ月前であれば当たり前だったその行為は、レナにとって居心地の悪いものになっていた。
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