亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

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第4章 ポテンシア王国に走る衝撃

ルイス王子の側室たち

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 ユリウスがルイスに討たれ、1週間が経過した。
 ルイスはルリアーナ城に戻っている。そして、ユリウスの元にいた2人の妻もルリアーナ城に迎え入れられることになった。

 リディアとファニアがルイスに呼ばれて部屋を訪ねた時、ひとりの女性の肖像画が、ひと際目立つ場所に飾られているのを2人は見逃さなかった。美しく儚げな彼女こそ、ルイスの元婚約者だったルリアーナ王女に違いない。

 ルイスはその部屋で静かに外を見て立っていた。
 リディアとファニアが部屋に案内されて頭を下げると、ルイスは2人の方を向き、「この度は……災難だったね。私のような男のところに引き取られるようなことになって」と力なく笑った。

 リディアはルイスと対峙すると、ユリウスが討たれた日のことがフラッシュバックする。

「あなたは……ユリウス様を殺して何がしたかったのですか……!」

 思わず、リディアはルイスにそう詰め寄っていた。

「何が……か。ユリウスの政治がまともじゃない事くらい、君にだって分かっていたんだろ?」

 ルイスは、やはりリディアがユリウスに対して特別な感情を持っていたのかと頭が痛かったが、自分の妻になった女性に遠慮をするつもりはない。

「ですが、ユリウス様のような方が、ポテンシアの王位を継ぐのだと……私は思っていました」

 リディアは小さな声で言い、震えていた。
 リディアの中の小さな誇りが彼女を気丈に立たせていたが、自分の夫を殺した男に娶られるこの国のしきたりは、残された妻の生活を守るためのものだとしても、残酷過ぎるのだ。

「個人の意見として聞いておこう。君がリディアか、で、君がファニア」

 ルイスはリディアとファニアをゆっくり見た。リディアは茶色の髪を肩下まで伸ばしている。茶色の瞳に薄い唇。
 特に目立つ特徴もなく平凡な見た目のリディアだが、家柄が申し分なく、妻に迎え入れることに価値があった。

 対して、ファニアはプラチナブロンドの髪を持つ美しい女性だったが、一見するとブルーグレーの瞳が冷たく見える。
 美しさには目を見張るものがあったが、肌の美しさや睫毛の量などは一見すると作り物のようだ。

 2人はルイスに名を呼ばれて静かに頷いた。心なしか、ファニアは自分の名前を呼ばれて嬉しそうに頬を染めたようにも見える。

「君たち2人は私の側室で、これから2人を平等に扱おうと思っている。ここでは、2人の序列や位の差は無しだ。理解できるね?」

 ルイスがそう言うと、リディアとファニアは、「承知いたしました」と頭を下げて返事をした。

 リディアは唇を噛んで屈辱に耐えたが、ファニアは清々しい気持ちでいる。

「私が妻の元に通うのは、この城にいる間のみ、3日ごとにさせてくれ。リディアとファニアは順に、平等だ。それなら君たちの実家も文句は言わないだろう」

 ルイスは何の感情も込めずにそう言った。リディアはすぐにでも泣きだしたい気分だった。
 こんな形で自分の運命が変わるなど、想像もできなかった。

 そして、あまりにも心に余裕が無かったため、隣にいたファニアの顔が希望に満ちていたことに、全く気が付いていなかった。


 ***

 ユリウスの正室だったリディアが、ルイスに娶られルリアーナ城に来てから劇的に変わったことがある。
 それは例えば、食事に代表される生活の質だ。ルイスが用意するルリアーナの食材を使った料理の数々は、間違いなく人生で食べて来た料理のどんなものよりも素晴らしい。

 ルリアーナ城に来てひたすら落ち込んでいたというのに、リディアはすっかり気分よく過ごすようになっていた。

 そして、リディアはルイスのことを誤解していたのかもしれない、と考えを改めていた。

 リディアは、結婚するのであれば王位の望める王子に……と言われて育ち、少女の頃には既にユリウスと婚約していた。
 そのため、リディアにとってはユリウスが誰よりも王位に近く、素晴らしい王子だと疑っていなかった。

 そのユリウスが時々蔑むように話題にしたのがルイスだったのだ。

『ルイスは、卑しい母から産まれた、どうしようもない王子なんだよ』

 ユリウスの残酷な言葉を何の疑いもなく信じていたリディアは、ルイスという王子は卑しいものなのだと理解していた。

 ところが、ルイスが故ルリアーナ王女の肖像に向かって祈る姿を何度も目撃した。
 そして、屈辱だとあれ程嫌がっていたルイスを受け入れた日に、彼の行為の全てがリディアの人生観を変えた。

 リディアは初めて男性に大切に扱われた。
 そして、寂し気な瞳で謝るルイスに、激しく惹かれた。
 生まれて初めて、リディアは他人に焦がれる気持ちを知った。

 ルイスの姿を見る度に、亡くした王女で空いた心の隙間を自分で埋めてくれないだろうかと願うようになった。
 それまで気にもしていなかったが、ルイスは自分には似合わない位の美形だった。
 彼こそファニアと並んだ方が絵になるだろうと考え、自分の外見に落ち込んだ。

 ルイスがリディアの元を訪れた3日後、ファニアの元にルイスが行った気配を感じると、リディアは自分の寝室で声を殺して泣いた。
 ファニアと平等に扱われることの現実を初めて知り、リディアはその夜、一睡もできなかった。


 一方でファニアは、ユリウスを殺したいほど憎んでいた。
 そればかりか、ファニアは嫁ぐならルイスの元が良いと、ユリウスに見初められる前からずっと思っていたのだ。

 ルイスは周りから言われるような愚かな王子ではない。
 争いを避けるためにうまく自分を作っているだけだと、ファニアはずっと前から見抜いていた。

 自分に地獄を見せ続けたユリウスを討ってくれたのがルイスだったことが、ファニアにとっては夢のようだ。
 リディアのような身分の高い出自の女性と同列に扱われることも、本来であればありえない。
 ルイスがリディアと同じように自分の元を訪れてくれると知った時に、ファニアは夫を深く愛することに決めた。


「こんばんは。君にとっては不本意な事態かもしれないけど、こんな形でしか君たちの生活を守る術が分からなかった。これが、王族の務めらしいな」

 ルイスはファニアを訪れて最初にそう言うと、申し訳なさそうにファニアを見つめた。

「ルイス様は、私をユリウス殿下から救って下さったんですもの、何も遠慮などなさらなくて結構なのに」

 ファニアは自分から扉の前に立つルイスの手を引き、部屋の中に招き入れた。リディアに比べてファニアはどこか妖艶な雰囲気を持っている。ルイスは色に溺れないつもりでいたが、ファニアはあまりに積極的だった。

 ファニアの身体には、無数の傷と痣があった。ユリウスにされたのか尋ねると、ファニアは無言で頷いた。
 自分の妻にまでひどい暴力を働いていたらしい兄を軽蔑しながら、ルイスはファニアに優しく触れた。
 ファニアは何度もルイスに感謝をしながら、ルイスの名前を呼んでこれからの人生を捧げたいのだと囁いていた。
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