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第4章 ポテンシア王国に走る衝撃

ユリウス・ポテンシアの暗殺計画

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 ポテンシア王国第二王子のユリウスはいつも通りの朝を迎えていた。自分の寝室、傍らにはファニアがいる。
 すっかり穏やかな顔で眠っているファニアの顔や身体には、ユリウスの残した痛々しい傷跡や痣がいくつも残っていた。それをゆっくりと眺めながら、ユリウスは充実した気分でローブを羽織ってベッドから起き上がる。

 サイドテーブルのグラスに、いつも通りに水を注いで起き抜けの水分補給を行う。その瞬間、すぐにユリウスは違和感に気付き、グラスを床に投げつけた。

 ガラスの割れる音が部屋に響き、使用人が慌ててユリウスの部屋に駆け付ける。ベッドで寝ていたファニアも、驚いて目を覚ました。

「誰か! この水を用意したものを呼べ!」

 ユリウスが大きな声を上げると、使用人たちが部屋に続々と入って来た。

「どうかなさいましたか?」

 執事が恐る恐るユリウスに尋ねると、ユリウスは無表情のまま、「毒だ」と当たり前のように言って笑った。

「こんなことをする気概のあるやつは、誰だ?」

 ユリウスは久々に毒など盛られたなと、むしろ楽しそうな雰囲気すらある。使用人達は誰が水の当番だったかでお互いの顔を見合わせるが、誰も名乗り出てはこない。

 ユリウスは使用人の前で、ファニアの方を見た。

「お前だったら、褒めてやる」

 ファニアはユリウスに睨まれ、小さく頭を振った。ファニアはただでさえ何も着ていない状態でシーツの中にいる。注目を集めるのは不本意だった。

 確かに、この中でユリウスの死を一番望んでいるのはファニアだろう。それを分かっているかのように、ユリウスはファニアをじっと見つめている。

「まあ、誰だろうと、大して興味はないがな」

 ユリウスは小さく呟くように言うと、使用人を持ち場に戻らせた。
 そして屋敷内ではユリウスの水に毒を盛った犯人探しが行われていた。


「ファニアが、殿下を殺すようなことまで考えるかしら?」
「さあ、ファニア様はただでさえ、何を考えているのやら分からない方ですからね」

 リディアは疑われていたファニアを庇ったが、侍女は、まるでファニアが犯人だとでもいう口調だ。

「あなた、そうやって気軽に人を疑ってはいけないわよ。あなただって使用人のひとりとして、容疑者ではあるわけだから」

 リディアはチクリと侍女を注意する。恐らく屋敷の中にリディアを疑うものはいないだろうが、使用人は誰が罪を着せられてもおかしくはない。侍女は気まずそうな顔でリディアに向かって頭を下げた。

「それにしても、物騒なことになったわね」

 ポテンシアの第二王子に嫁いだ時点で、リディアはこのようなことに巻き込まれる覚悟はしていた。王位継承権第一位のユリウスは、いつ誰に狙われてもおかしくない。



 その頃、第四王子のルイスは旧パース領でブラッドとカイを連れて馬車の中にいた。

「どうやら、水に盛った毒にはすぐに気付いたらしいな。さすがお兄様と言ったところか」

 ルイスは間諜からの報告を聞いて次の手を考え始める。

「そもそも、ユリウス様のような方に毒殺は向いていませんよ……」

 ブラッドは当然のようにルイスに言ったが、「良いんだよ。まずは屋敷の中に容疑者を出して、優秀な使用人たちを排除する方が大事だから」とルイスは特に気にしていないようだった。

(それにしても、正室と側室が1人ずつもいるのか……)

 ルイスは考えが及んでいなかったことに憂鬱になった。ユリウスを殺すのであれば、残った妻をルイスが娶ることがポテンシアの王室では通常だ。
 ここに来て婚姻問題が出てしまったなとルイスは深く溜息をつく。自分はまだ正室も側室も一人として迎えていなかったのに、ユリウスを葬るということは妻を引き受けることでもあった。

(まだ、私の心には王女がいるというのにな)

 ルイスは自分の負うべき責任に対して決心が揺らぐ。

「ところで、ハウザー団長はユリウスと会ったことはあるのか?」

 ルイスが向かい合って座っているカイに尋ねると、「いえ、以前ユリウス殿下に直接会って悪事を辞めさせたいと雇用主に申し出たのですが、余計な揉め事は起こしたくないと言われて叶っていません」とカイは何気なく答えた。それを聞いてルイスは笑う。

「余計な揉め事ね。確かにそれは間違いないな」

 ルイスの表情を気にしながら、ブラッドは少し困った顔をして、「ユリウス殿下は、会話がなかなか成り立たない方ですからね」と複雑な顔をした。

「やはりそういう方なんだな」

 カイは、雇用主のブライアンがユリウスとの直接対決を望まなかったのも、それで解決する相手ではないという判断だったのだと納得する。

「覚えておくと良いよ。ユリウスだけじゃない。ポテンシア王家は誰もが会話が成立しない」

 ルイスがにこやかにそう言うと、それはルイスも含まれるのかと突っ込んでいいものかカイは疑問に思ったが、「わざとなんですか?」とカイは腕を組んだままルイスに尋ねた。

 態度が大きかったかもしれないと口に出した後で反省したが、時すでに遅しだ。

「わざとか……。どうなんだろうね。私の場合は、ずっと無能扱いされたくて行動していたのはある。他の兄弟は、そもそも会話など必要としていなのだろう。命令が通じれば、それで生活できるんだ」

 ルイスはそう言うと、ブラッドの方をちらりと見た。思えば、ブラッドはどんな気持ちでずっと自分の側に仕えてきたのだろうか。無能な王子の筆頭護衛として、馬鹿にされる場面も多かっただろう。

「ブラッドは、よくこんな私にずっと付いてきたね」

 ルイスは、心からそう思って言った。いくら王族付きとはいえ、ブラッドが輝ける仕事はここではないのではと、常に疑問だったのだ。

「何をおっしゃっているのですか。ルイス様の行く先で、どんなものからもあなたをお護りするのが自分の役目です」

 ブラッドは不本意そうに言うと、「殿下の盾として最期まで勤め上げたいと望むのは、ルイス様のお望みとは違いますか」と付け加えた。

 そのブラッドの仏頂面にも見える表情をルイスはまじまじと眺めながら、「君は、女性にもそういう姿勢で対応できれば、今頃奥さんが出来ていたと思うな」と言って笑う。カイはブラッドを哀れんだ目で見ていた。

「やめてください。いつか、自分を理解してくれる女性が、きっと現れると信じていますから」

 ブラッドが強い口調でそう言うと、「そういう女性はそうそう居ないから、残念なんじゃないか」とルイスがハッキリ言い切ったので、ブラッドは泣きそうになっていた。

「大丈夫だ。ブラッドのことは信用している」

 カイが気休めのようにブラッドに言うと、「ハウザー殿は黙っていてくれ。生まれ持った外見だけで苦労していないような男が、俺は一番許せん」とブラッドはカイを忌々しげに見つめていた。
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