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第4章 ポテンシア王国に走る衝撃
王女との思い出
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その夜、カイは用意された自室でひとり、ブライアンから受け取った果実酒のボトルを開けた。ルリアーナ産の果実酒を飲むのは、シンの結婚式で持参したものに続いて2度目だった。
(王女があんなに飲んで欲しがっていたのに、俺はあの人の前では一度も飲まず、結局こうして知ることになっているのか)
カイはこれまで、ひとりで果実酒のボトルを開けることはなかった。仕事中はあまり飲酒をしないのがポリシーで、基本的にほぼ休みなく仕事をしていたからだ。
果実酒をグラスに注ぎ、一度香りを確認した。前回カイが買って飲んだものよりも、果実の香りが強い酒のようだ。ひと口含んで飲み込み、「あんなに、意地にならなければ良かったな」と、過去を思い出し呟いた。
カイは、主人だった王女の姿を思い出していた。レナが『あなたは頑なね』とおどけている。
カイの隣で堂々と果実酒を飲んでいたブラッドのように、王女が薦めたものをひと口くらい飲むくらいの柔軟性が、なぜ自分にはなかったのだろうか。
カイは初めてレナに会った日から任務が完了するその日まで、自分に出来ることは全うしていたつもりだった。単なる護衛の範疇を超えて、国に蔓延る暗部に切り込んで出来ることをやったはずだ。
だから、任務が終わった途端にレナが亡くなったと聞いた時、本来ならば自分のせいではないと開き直って良いはずだった。
それなのに、カイの頭からルリアーナと王女のことが離れない。
呪術の脅威や王女を利用しようとする宗教、有力者の陰謀からレナを護ったというのに、どうしても心の中にあるわだかまりのようなものが消えなかった。
あの日、任務終了だと割り切って、レナとレオナルドを置いて城を出てしまったこと。
レナがルイスと婚約したことで、自分の役目はここまでだと割り切ってしまったこと。
レナを最後に抱擁した時に感じた想いを、自分自身が受け入れようとしなかったこと。
こんなことになるのなら、もっと、出来ることがあったかもしれない。過ぎてしまった日の後悔ばかりが襲う。
「何が騎士だ……。何が、市民の希望だ……」
カイはグラスをテーブルに置くと、項垂れて奥歯を噛み締めた。こんな結果になり、王女を護りきることが出来たと言えるのか。
拳に力を込めると、ふとレナの呪術を思い出した。
自分の術が、能力を高め他人を護るために有効な武器ならば、彼女の呪術もまた、彼女のために力を発揮しているかもしれない。
(大丈夫だ、王女は、あんなに他人のために生きていたじゃないか……)
カイはそう思いながら果実酒のラベルをじっと見つめた。『ルリアーナの風』という銘柄らしい。そういえば、カイがルリアーナを離れる前、レナは風が吹くとカイを思い出すだろうと言っていた。
生きているのなら、今も、どこかで自分を思い出してくれているのだろうか。
任務を終えてルリアーナを出た時は、風が冷たかった。
既に季節はめぐり、今はすっかり暖かくなっている。レナは、どこかで冬の寒さを凌げたのだろうか。
以前、ブラッドがルリアーナ産の果実酒が好きだと言っていたが、確かにこれは上質なものだと分かる。
農業国の王女が、他国への重要な産業として考えていた、独自技術が詰まった特産物だ。
(殿下は、酒など飲んだことも無かったくせにな)
ジントニックを少し口にしただけで軽く酔った王女の顔を思い出し、カイは口元を綻ばせた。
あの日は今の自分を大事にしろと絡まれたことが面倒になって、レナの言葉を大して受け止めなかった。
愛馬のクロノスにレナを乗せていた時に、ふとレナの首に下がっているチェーンのようなものが気になった。あれは、一緒に城下町に行った際にカイが買った安いペンダントのチェーンに違いなかった。
レナは、ずっとあのペンダントを隠すように首から下げていたのだ。あんなに大切にされるのだったら、もっと良いものがあったのではないかとカイは思う。一方で、値段ではなく思い出として品物を大切にする王女の姿に心を打たれたことも事実だった。
クロノスの背で彼女を包んでいた時に、自分の中にあったあの感情は何だったのだろうか。
カイは答えの出ない疑問に、2杯目を注いだ。
(王女があんなに飲んで欲しがっていたのに、俺はあの人の前では一度も飲まず、結局こうして知ることになっているのか)
カイはこれまで、ひとりで果実酒のボトルを開けることはなかった。仕事中はあまり飲酒をしないのがポリシーで、基本的にほぼ休みなく仕事をしていたからだ。
果実酒をグラスに注ぎ、一度香りを確認した。前回カイが買って飲んだものよりも、果実の香りが強い酒のようだ。ひと口含んで飲み込み、「あんなに、意地にならなければ良かったな」と、過去を思い出し呟いた。
カイは、主人だった王女の姿を思い出していた。レナが『あなたは頑なね』とおどけている。
カイの隣で堂々と果実酒を飲んでいたブラッドのように、王女が薦めたものをひと口くらい飲むくらいの柔軟性が、なぜ自分にはなかったのだろうか。
カイは初めてレナに会った日から任務が完了するその日まで、自分に出来ることは全うしていたつもりだった。単なる護衛の範疇を超えて、国に蔓延る暗部に切り込んで出来ることをやったはずだ。
だから、任務が終わった途端にレナが亡くなったと聞いた時、本来ならば自分のせいではないと開き直って良いはずだった。
それなのに、カイの頭からルリアーナと王女のことが離れない。
呪術の脅威や王女を利用しようとする宗教、有力者の陰謀からレナを護ったというのに、どうしても心の中にあるわだかまりのようなものが消えなかった。
あの日、任務終了だと割り切って、レナとレオナルドを置いて城を出てしまったこと。
レナがルイスと婚約したことで、自分の役目はここまでだと割り切ってしまったこと。
レナを最後に抱擁した時に感じた想いを、自分自身が受け入れようとしなかったこと。
こんなことになるのなら、もっと、出来ることがあったかもしれない。過ぎてしまった日の後悔ばかりが襲う。
「何が騎士だ……。何が、市民の希望だ……」
カイはグラスをテーブルに置くと、項垂れて奥歯を噛み締めた。こんな結果になり、王女を護りきることが出来たと言えるのか。
拳に力を込めると、ふとレナの呪術を思い出した。
自分の術が、能力を高め他人を護るために有効な武器ならば、彼女の呪術もまた、彼女のために力を発揮しているかもしれない。
(大丈夫だ、王女は、あんなに他人のために生きていたじゃないか……)
カイはそう思いながら果実酒のラベルをじっと見つめた。『ルリアーナの風』という銘柄らしい。そういえば、カイがルリアーナを離れる前、レナは風が吹くとカイを思い出すだろうと言っていた。
生きているのなら、今も、どこかで自分を思い出してくれているのだろうか。
任務を終えてルリアーナを出た時は、風が冷たかった。
既に季節はめぐり、今はすっかり暖かくなっている。レナは、どこかで冬の寒さを凌げたのだろうか。
以前、ブラッドがルリアーナ産の果実酒が好きだと言っていたが、確かにこれは上質なものだと分かる。
農業国の王女が、他国への重要な産業として考えていた、独自技術が詰まった特産物だ。
(殿下は、酒など飲んだことも無かったくせにな)
ジントニックを少し口にしただけで軽く酔った王女の顔を思い出し、カイは口元を綻ばせた。
あの日は今の自分を大事にしろと絡まれたことが面倒になって、レナの言葉を大して受け止めなかった。
愛馬のクロノスにレナを乗せていた時に、ふとレナの首に下がっているチェーンのようなものが気になった。あれは、一緒に城下町に行った際にカイが買った安いペンダントのチェーンに違いなかった。
レナは、ずっとあのペンダントを隠すように首から下げていたのだ。あんなに大切にされるのだったら、もっと良いものがあったのではないかとカイは思う。一方で、値段ではなく思い出として品物を大切にする王女の姿に心を打たれたことも事実だった。
クロノスの背で彼女を包んでいた時に、自分の中にあったあの感情は何だったのだろうか。
カイは答えの出ない疑問に、2杯目を注いだ。
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