上 下
43 / 229
第4章 ポテンシア王国に走る衝撃

王女との思い出

しおりを挟む
 その夜、カイは用意された自室でひとり、ブライアンから受け取った果実酒のボトルを開けた。ルリアーナ産の果実酒を飲むのは、シンの結婚式で持参したものに続いて2度目だった。

(王女があんなに飲んで欲しがっていたのに、俺はあの人の前では一度も飲まず、結局こうして知ることになっているのか)

 カイはこれまで、ひとりで果実酒のボトルを開けることはなかった。仕事中はあまり飲酒をしないのがポリシーで、基本的にほぼ休みなく仕事をしていたからだ。

 果実酒をグラスに注ぎ、一度香りを確認した。前回カイが買って飲んだものよりも、果実の香りが強い酒のようだ。ひと口含んで飲み込み、「あんなに、意地にならなければ良かったな」と、過去を思い出し呟いた。

 カイは、主人だった王女の姿を思い出していた。レナが『あなたは頑なね』とおどけている。
 カイの隣で堂々と果実酒を飲んでいたブラッドのように、王女が薦めたものをひと口くらい飲むくらいの柔軟性が、なぜ自分にはなかったのだろうか。

 カイは初めてレナに会った日から任務が完了するその日まで、自分に出来ることは全うしていたつもりだった。単なる護衛の範疇を超えて、国に蔓延る暗部に切り込んで出来ることをやったはずだ。

 だから、任務が終わった途端にレナが亡くなったと聞いた時、本来ならば自分のせいではないと開き直って良いはずだった。
 それなのに、カイの頭からルリアーナと王女のことが離れない。

 呪術の脅威や王女を利用しようとする宗教、有力者の陰謀からレナを護ったというのに、どうしても心の中にあるわだかまりのようなものが消えなかった。

 あの日、任務終了だと割り切って、レナとレオナルドを置いて城を出てしまったこと。
 レナがルイスと婚約したことで、自分の役目はここまでだと割り切ってしまったこと。
 レナを最後に抱擁した時に感じた想いを、自分自身が受け入れようとしなかったこと。

 こんなことになるのなら、もっと、出来ることがあったかもしれない。過ぎてしまった日の後悔ばかりが襲う。

「何が騎士だ……。何が、市民の希望だ……」

 カイはグラスをテーブルに置くと、項垂れて奥歯を噛み締めた。こんな結果になり、王女を護りきることが出来たと言えるのか。
 拳に力を込めると、ふとレナの呪術を思い出した。

 自分の術が、能力を高め他人を護るために有効な武器ならば、彼女の呪術もまた、彼女のために力を発揮しているかもしれない。

(大丈夫だ、王女は、あんなに他人のために生きていたじゃないか……)

 カイはそう思いながら果実酒のラベルをじっと見つめた。『ルリアーナの風』という銘柄らしい。そういえば、カイがルリアーナを離れる前、レナは風が吹くとカイを思い出すだろうと言っていた。

 生きているのなら、今も、どこかで自分を思い出してくれているのだろうか。
 任務を終えてルリアーナを出た時は、風が冷たかった。
 既に季節はめぐり、今はすっかり暖かくなっている。レナは、どこかで冬の寒さを凌げたのだろうか。

 以前、ブラッドがルリアーナ産の果実酒が好きだと言っていたが、確かにこれは上質なものだと分かる。
 農業国の王女が、他国への重要な産業として考えていた、独自技術が詰まった特産物だ。

(殿下は、酒など飲んだことも無かったくせにな)

 ジントニックを少し口にしただけで軽く酔った王女の顔を思い出し、カイは口元を綻ばせた。
 あの日は今の自分を大事にしろと絡まれたことが面倒になって、レナの言葉を大して受け止めなかった。

 愛馬のクロノスにレナを乗せていた時に、ふとレナの首に下がっているチェーンのようなものが気になった。あれは、一緒に城下町に行った際にカイが買った安いペンダントのチェーンに違いなかった。

 レナは、ずっとあのペンダントを隠すように首から下げていたのだ。あんなに大切にされるのだったら、もっと良いものがあったのではないかとカイは思う。一方で、値段ではなく思い出として品物を大切にする王女の姿に心を打たれたことも事実だった。

 クロノスの背で彼女を包んでいた時に、自分の中にあったあの感情は何だったのだろうか。

 カイは答えの出ない疑問に、2杯目を注いだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

処理中です...