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第2章 それぞれの向き合い方
社長業と苦悩
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ロキが代表を務めるライト商事には、名物社員がいる。
特に有名人なのは、カミラ・エステンだろう。彼女は元女優という経歴を持つ社長秘書で、度々ロキの恋人なのではないかと噂が立つ。
長身でグラマラス、少しだけ垂れ目でぽってりとした厚みのある唇、ウェーブがかった明るめの茶髪は腰の上あたりまで伸び、細い腰、程よい膨らみを持つ形の良い臀部、そういった女性の魅力を全て備えたような、いわゆる特別な容姿の持ち主だった。
カミラが歩くだけで多くの男性が魅了され、彼女が現場で微笑むだけでライト商事の商品はよく売れる。
そして、ロキが公称している好みのタイプは、まさにカミラそのものだった。
「ロキウィズ……そろそろ休息を取ったり、美味しいものを食べたりしないと、お体に障りますよ?」
カミラは、密に組まれたロキのスケジュールを眺めては、このままだと過労死しかねない上司を気遣った。
「いいよ、そんなの……。働いてないと気が滅入るし、何を食べても、味がしない……」
ロキはそう言うと、力なく笑った。
カミラにとってロキとは、常にどこか余裕があり、仕事など明日無くしても構わないと言い切ってしまうような執着を知らない男だった。
それが、ルリアーナから護衛の任務を終え、それまで護っていた王女逝去のニュースを知った途端に人が変わったようになってしまったのだ。
「あなたらしくありませんね。何だか、男性としてのオーラも無くなっている気がします」
カミラはそう言ってロキに向かってダメ出しをした。以前なら、カミラの意見にロキは危機感を持ったものだが、もはやそれも通用しない。
「食べ物の味が分からなくて、寝ても寝た気がしないとか、もう生きる亡霊だよね」
ロキはそう言って半ば諦めたように笑った。
カミラは、自分が仕えるボスが以前の魅力を全く無くしていることに頭を抱えると、どうしたら休息と食事をまともにとるようになるのだろうかと途方に暮れる。
「カミラさん、社長はまた昼食を抜いたんですか?」
渉外部所属の若手社員、ルーカス・マイヤーがロキを心配して、頻繁にカミラの元を訪れるようになっていた。
「そうね。もう、かれこれ2ヶ月は1日1食とるかどうかよ。随分痩せてしまったような気がするわ」
カミラはそう言って腕を組むと「私ごときじゃ、ロキウィズは救えないらしいの。どうしたものかしらね」と不機嫌に言い放った。
ルーカスは憧れのカミラが自分の力不足を嘆くのを初めて見たので、何やら得をしたような、それが社長関連のことでやはり残念なような、複雑な気分で頷くしかない。
「何か、社長の生きる希望になるものって、ないんですかね……」
ルーカスがボソリと呟く。カミラは、「そうねえ。もうすぐロキウィズお気に入りのロドルスさんの結婚式があるくらいかしらね」と悩まし気に呟いた。
ロキが社長室でいつも通りに仕事をしていると、カミラが手紙を持ってやってきた。
「ロキウィズ、ハウザー様からお手紙ですよ」
カミラは、久しぶりに来たカイ・ハウザーからの連絡が、ロキの気持ちを少しは変えるのではと期待していた。
「ありがとう。なんだろうな……シンの結婚式のことかな」
相変わらずロキの表情は暗かったが、ここ最近の反応の中では楽しそうな様子で手紙を受け取る。
ペーパーナイフを使って封筒から手紙を取り出した。
カミラは、ロキが手紙を読み終わるのをじっと待つことにした。
カイがシンの結婚式について何か書いてきているのであれば、すぐにスケジュールの調整が必要になるからだ。
ロキは、手紙を真剣に読んでいた。
時々、目を瞑って何かを考え込んだりしながら、じっくり時間をかけて内容を読み込んでいるようだった。
「そうか……まだ、できることはある」
ロキは手紙を持ったまま立ち上がった。カミラは何があったのだろうとロキの様子を窺っている。
「あの……どうかされました?」
カミラはいつになく落ち着かない様子のロキを見て不安になっていた。
何か悪い知らせでも届いたのだろうか、それとも、また騎士の仕事に出ようというのか。
「ああ、カミラ……まだいたんだ。ルーカスか、渉外部の誰かを呼んでくれない? ちょっと急ぎで仕事をしてもらいたい」
そう言ったロキの顔が、いつになく明るい。
(この目は、久しぶりに見たわね)
ここ最近、すっかり目から力が抜けていたロキが、何かに火を付けられたようだった。
カミラは急いで社長室を飛び出し、ルーカスを呼びに走る。
満足気な顔をしながらカイの手紙を机に置いたロキは、「あれ……朝ご飯も昼ご飯もまだだったっけ……?」と久しぶりに空腹に気づいた。
カミラがルーカスを伴って社長室を訪れたとき、2人は目の前にいるロキが、自分たちの知る「あのロキウィズ」に戻ったのだと一瞬で気付いた。
野心を抱えた情熱的な目と、どこかクールに見えながらも自分の成功を信じて疑わない男が、ようやくそこにいる。
「やあ、ルーカス。新しい仕事を頼みたいんだ。場所はルリアーナ。仕入れて欲しい商品がいくつかある」
「かしこまりました。全力で取り組みます」
ルーカスは、詳細を聞く前に、そう返事をした。
ロキが何よりも大事なものは、会社にとって何よりも大事なことだった。
特に有名人なのは、カミラ・エステンだろう。彼女は元女優という経歴を持つ社長秘書で、度々ロキの恋人なのではないかと噂が立つ。
長身でグラマラス、少しだけ垂れ目でぽってりとした厚みのある唇、ウェーブがかった明るめの茶髪は腰の上あたりまで伸び、細い腰、程よい膨らみを持つ形の良い臀部、そういった女性の魅力を全て備えたような、いわゆる特別な容姿の持ち主だった。
カミラが歩くだけで多くの男性が魅了され、彼女が現場で微笑むだけでライト商事の商品はよく売れる。
そして、ロキが公称している好みのタイプは、まさにカミラそのものだった。
「ロキウィズ……そろそろ休息を取ったり、美味しいものを食べたりしないと、お体に障りますよ?」
カミラは、密に組まれたロキのスケジュールを眺めては、このままだと過労死しかねない上司を気遣った。
「いいよ、そんなの……。働いてないと気が滅入るし、何を食べても、味がしない……」
ロキはそう言うと、力なく笑った。
カミラにとってロキとは、常にどこか余裕があり、仕事など明日無くしても構わないと言い切ってしまうような執着を知らない男だった。
それが、ルリアーナから護衛の任務を終え、それまで護っていた王女逝去のニュースを知った途端に人が変わったようになってしまったのだ。
「あなたらしくありませんね。何だか、男性としてのオーラも無くなっている気がします」
カミラはそう言ってロキに向かってダメ出しをした。以前なら、カミラの意見にロキは危機感を持ったものだが、もはやそれも通用しない。
「食べ物の味が分からなくて、寝ても寝た気がしないとか、もう生きる亡霊だよね」
ロキはそう言って半ば諦めたように笑った。
カミラは、自分が仕えるボスが以前の魅力を全く無くしていることに頭を抱えると、どうしたら休息と食事をまともにとるようになるのだろうかと途方に暮れる。
「カミラさん、社長はまた昼食を抜いたんですか?」
渉外部所属の若手社員、ルーカス・マイヤーがロキを心配して、頻繁にカミラの元を訪れるようになっていた。
「そうね。もう、かれこれ2ヶ月は1日1食とるかどうかよ。随分痩せてしまったような気がするわ」
カミラはそう言って腕を組むと「私ごときじゃ、ロキウィズは救えないらしいの。どうしたものかしらね」と不機嫌に言い放った。
ルーカスは憧れのカミラが自分の力不足を嘆くのを初めて見たので、何やら得をしたような、それが社長関連のことでやはり残念なような、複雑な気分で頷くしかない。
「何か、社長の生きる希望になるものって、ないんですかね……」
ルーカスがボソリと呟く。カミラは、「そうねえ。もうすぐロキウィズお気に入りのロドルスさんの結婚式があるくらいかしらね」と悩まし気に呟いた。
ロキが社長室でいつも通りに仕事をしていると、カミラが手紙を持ってやってきた。
「ロキウィズ、ハウザー様からお手紙ですよ」
カミラは、久しぶりに来たカイ・ハウザーからの連絡が、ロキの気持ちを少しは変えるのではと期待していた。
「ありがとう。なんだろうな……シンの結婚式のことかな」
相変わらずロキの表情は暗かったが、ここ最近の反応の中では楽しそうな様子で手紙を受け取る。
ペーパーナイフを使って封筒から手紙を取り出した。
カミラは、ロキが手紙を読み終わるのをじっと待つことにした。
カイがシンの結婚式について何か書いてきているのであれば、すぐにスケジュールの調整が必要になるからだ。
ロキは、手紙を真剣に読んでいた。
時々、目を瞑って何かを考え込んだりしながら、じっくり時間をかけて内容を読み込んでいるようだった。
「そうか……まだ、できることはある」
ロキは手紙を持ったまま立ち上がった。カミラは何があったのだろうとロキの様子を窺っている。
「あの……どうかされました?」
カミラはいつになく落ち着かない様子のロキを見て不安になっていた。
何か悪い知らせでも届いたのだろうか、それとも、また騎士の仕事に出ようというのか。
「ああ、カミラ……まだいたんだ。ルーカスか、渉外部の誰かを呼んでくれない? ちょっと急ぎで仕事をしてもらいたい」
そう言ったロキの顔が、いつになく明るい。
(この目は、久しぶりに見たわね)
ここ最近、すっかり目から力が抜けていたロキが、何かに火を付けられたようだった。
カミラは急いで社長室を飛び出し、ルーカスを呼びに走る。
満足気な顔をしながらカイの手紙を机に置いたロキは、「あれ……朝ご飯も昼ご飯もまだだったっけ……?」と久しぶりに空腹に気づいた。
カミラがルーカスを伴って社長室を訪れたとき、2人は目の前にいるロキが、自分たちの知る「あのロキウィズ」に戻ったのだと一瞬で気付いた。
野心を抱えた情熱的な目と、どこかクールに見えながらも自分の成功を信じて疑わない男が、ようやくそこにいる。
「やあ、ルーカス。新しい仕事を頼みたいんだ。場所はルリアーナ。仕入れて欲しい商品がいくつかある」
「かしこまりました。全力で取り組みます」
ルーカスは、詳細を聞く前に、そう返事をした。
ロキが何よりも大事なものは、会社にとって何よりも大事なことだった。
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