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第1章 任務終了後の事件

ハウザー騎士団の帰路/ロキの場合

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 ルリアーナの任務を終えて、ロキとシン、サラの3人はブリステ公国への帰国を急いだ。

 馬を走らせること1日、途中でポテンシアの宿に泊まって休憩を入れながら、なるべくスピードを落とさないように移動している。
 ルリアーナ王国を抜けてからポテンシア王国に入ると、やはり治安は格段に悪くなり、貧富の差に目を瞑りたくなる光景にも出会った。

(やっぱり、ルリアーナは良かったな)

 ロキはつくづくそう思いながら、これが現実なのだと思い知る。
 経営する商社はロキがいなくても順調に回るようになっていたが、会社を1ヶ月も離れたのは初めてだ。

「ポテンシアを抜けるのに、どの位かかるかな……」

 ロキがシンに尋ねるように言うと、「まあ、普通に飛ばして1日半だな。もう少し急ぎたいところだけど」とシンも何やら焦っているようだった。

「そうか……飛ばして行きたいね。サラさんはどうです?」

 自分の年齢の倍近いサラに、無理を強いるのもあまり気が進まない。

「あたしは適当にゆっくり行こうかしらね。あんたたち、先に行ってくれて構わないわよ」

 サラは、一刻も早く故郷に帰りたい若者の気持ちが分かっていた。足手まといにならないよう、別行動を取った方がお互いにとって良いだろうことも理解している。

 シンには結婚の準備が待っている。ロキは経営する会社を1か月間も不在にした後だ。シンとロキは先を急ぐことを決めた。

 シンの帰る場所になる婚約者リリス・マクウェルの家やハウザー騎士団の本拠地、サラの家は、ブリステ公国の比較的内地にある。
 対して、ロキが向かっているライト商事の本社は、商売をする上でのアクセスが良い、国境からあまり時間のかからない街にあった。

(あと2日は掛からずに到着したいな)

 ロキはレナの顔を思い浮かべながらも、自分の帰る場所を目指している。

 レナは国民のために隣国の王子との婚姻を決め、これからも国のために働いていくのだろう。
 今迄は怒りを原動力に仕事に取り組んできたロキは、レナとの出会いをきっかけに自分の生き方を考え直していた。

 1日かけてポテンシアを抜け、ブリステに入国したロキとシンは別々の道を進むことになる。

「じゃあね。リリスに『うまくやったね』って伝えておいてよ」

 ロキがシンの婚約者に伝言を残そうとする。

「リリス、ロキの言葉に本気で怒るから嫌だよ……。喧嘩の火種をわざわざ作るのか?」

 シンは勘弁してくれと笑った。

「まあ、リリスがシンの奥さんになるとか気に入らないけどさ、結婚ってすごいよね。本当におめでとう。じゃあ、次は結婚式で」
 
 ロキはシンに改めてお祝いの言葉を残し、違う道を進む。

 それから数時間馬を走らせ、ロキは自分の経営するライト商事の本社に到着した。

 一見すると豪邸にしか見えないその建物は、各部屋に各部門の社員が出社し社長室にはロキが居住するという、ロキにとっては家と会社を兼ねた場所だ。

 久しぶりの社長の到着を見て、門番の男性が大きな声を上げた。

「社長! 長い任務でしたね!」
「ホントだよね。こんなに長くなるなんて思わなかったよ。カイ・ハウザーも人遣いが荒いよね」

 ロキは門番にそう言って笑うと、馬と一緒に門をくぐる。懐かしい我が家兼会社に到着して、ロキはほっと胸を撫でおろした。

(帰って来ちゃったなー……)

 そう思うと、急に寂しさと残念な気持ちに襲われる。
 異国での仕事は、まるで夢の中にでもいたようだ。自分の本来の居場所はここなのだと、見慣れていたはずの建物を見つめた。

(まだまだだ……足りないものが多すぎる)

 会社をここまで大きくするまでの道のりは決して平坦ではなかったというのに、ロキにとってそんなことはあまり関係がない。ロキの生きている世界では、力が全てだった。

 身分という力を持たずに生きているロキにとって、それを補うためには圧倒的なビジネス上の力や連携の取れる仲間など、組織を動かす力が余分に要る。


「社長! 到着されたんですね! おかえりなさい!」

 若手社員で渉外担当のルーカス・マイヤーが、ロキを見つけて嬉しそうに声を掛けた。
 栗毛の短髪に中肉中背のルーカスは、2年前に入社した時にはろくに字も読めない若者だった。それが今や3か国語を操るようになったのだから、人間の底力というのはすごい。

 そのルーカスはちょうど建物から出てきたところだった。これからどこかへ交渉にでも行くのだろうか。

「はは、ただいま。長い留守を守ってくれてありがとう」

 ロキは、部下にそう声を掛けると馬を厩舎の係に預けて建物に入った。
 ルーカスが不在中の1ヶ月でどれほどの功績を上げたのか後で確認しておこう、と楽しみが増える。
 廊下を歩いて一直線に社長室に向かおうとすると、ロキの気配に気付いた営業部長のデニス・レンナーが近付いてきた。

「ロキウィズ! 大丈夫でしたか、ルリアーナは」

 デニスはロキと一番付き合いの長い部下だった。
 ダークブラウンの長髪で強面のデニスは、一見するといかつい印象があるのだが、その時のデニスは少し青い顔で弱々しい雰囲気を醸していた。
 ロキは何が何なのか分からずに、目を丸くする。付き合いの長い営業部長が、こんな顔をしているのは初めて見たかもしれない。

「ああ、うん。楽しかったよ」

 ロキは少し含みを持たせた言い方をしてデニスに微笑みかけた。こういうときは大抵女性関係だろうと、普段のデニスであれば簡単に想像がついたはずだった。

「王女は……その……」
 
 デニスが、言いづらそうに何か思いつめた顔をしている。

「ああ、ルリアーナ王女? 可愛かったけど?」

 ロキは自慢でもしてやろうかとデニスの顔を見る。思いつめた顔に営業部で何かトラブルでもあったのかと、ロキはデニスの報告を待った。

「残念でしたね……ロキウィズが任務から離れてすぐ、逝去されるなんて……」

 予想外の言葉がデニスから発せられ、ロキは一体何のことだろうと首を傾げる。

「逝去って……何が?」

 まだ事態を掴めていないロキは、普段の口調でデニスにそう言うと、デニスは申し訳なさそうな顔で新聞をロキに渡した。

「今朝……知りました」

 デニスから渡された新聞の一面には、『ルリアーナ王女の逝去、王家の滅亡』と題字が躍っている。

「…………えっ…………」

 ロキは全く事態が掴めず、新聞を食い入るように見ていた。デニスはロキがさぞ悔しいに違いないと察し、悲痛な表情を浮かべてその場に立っている。

「なん……だ……これ…………」

 ロキは口を半開きにしたまま、震えていた。顔からは血の気が引き、恐怖と向き合っているような絶望的な表情をしている。

「移動中で、ご存じなかったんですね……」

 デニスは残念そうにロキに言った。

 ロキは思わず叫びだしそうな衝動を必死に堪え、何とか一人で社長室にフラフラと歩いていく。

 デニスはその姿をじっと見守ると、部屋に入ったロキの悔しそうな声が少しだけ漏れて来るのを、暫くじっと聞いていた。
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