アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 35th day 別々の道

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 ルリアーナ城を後にした4人の騎士は、馬を走らせ同じ道を進んでいた。
 暫くすると、次の任務に向かう団長のカイが別の道に進むことを3人に伝え、その場で別れを告げる。
 カイは、これからポテンシア王国の第二王子の圧政から市民を守る任務を担うのだ。

「今回は、助かった。俺は次の仕事に向かうが……道中気を付けろよ」

 パースに向かう分かれ道で、カイは団員たちをじっくりと眺めながら無事に任務が終えられたことに安堵した。
 途中、サラが怪我を負ってしまったが、一歩間違えれば殺されかねなかったあの状況に、打撲程度の怪我で済んだというのは運が良かったのだろう。

「はい。団長も、お気をつけて。留守は、しっかりと守らせていただきます」

 副団長になったシンは、そう言ってパースに向かうカイに馬上から頭を下げる。その姿を見てカイは頼もしさを感じると同時に、今回は部下に大した指導もしてやれなかったなと反省していた。

「ああ、頼んだぞ」
 カイはそう言うと、部下たちに背を向け愛馬のクロノスを旧パース、今はポテンシア王国に支配された領地へ向けて走らせた。


(もう、ルリアーナの任務は終わった。俺の主人は、これからまた、変わる)

 カイは、そんな当たり前のことを考えると、胸の奥にある小さなわだかまりが少しずつ育っていくような気がした。

 レナは、カイという側近を失った。

(もともと、金銭が発生する前提の側近だ。契約が終わればこうなることも分かっていたはずじゃないか……)

 合計で34日間、レナと過ごした日々が走馬灯のようにカイの中を駆け巡っていく。

『あなたがいてくれて良かった』

 夜に、泣きながらその言葉を放ったレナが、今、カイを失って城でひとりになっている。

「くそ……」

 カイは自分の中に湧き上がる雑念を振り払おうと、クロノスを全速力で走らせた。そのクロノスに乗って嬉しそうにはしゃいでいたレナは、もう自分の前には乗っていない。

「なんなんだ……」

 身体がおかしくなりそうだ、とカイはクロノスの手綱を握りながら目的地までの道を駆け抜けていく。所詮、自分は雇われの外国人騎士に過ぎなかったではないか、と何度も言い聞かせ、歯を食いしばった。

 カイは、喪失感を知った。本当に大切なものは、失って初めてその大きさに気付く。

「もっと……護ってやらねばならなかったんじゃないのか……」

 カイは、遠ざかっていくルリアーナを背に、胸の張り裂けそうな痛みに必死に耐えた。

「もっと、側にいてやらねば、ならなかったんじゃないのか……!」

 カイは悔しさに気が狂いそうになるのを、騎乗の揺れで忘れようとクロノスのスピードを緩めずに進む。
 実母のミリーナが目の前で亡くなったのはつい先日のことだというのに、どうしてそんな彼女を置いていかねばならないのだ。

 心が軋む音がする。
 カイは、自分が自分でなくなっていくような感覚の中で、苦しさに声を上げていた。



「あのカイ・ハウザーに限って、こんなところでくたばるわけないよ」
 カイの背を見送り、ロキがシンにそう言って先を急ごうと促した。

「そうだな……。でも、とうとうパースがポテンシアに制圧されたんだよな……」
 シンはそう言うと、これから先どうなっていくのだろうかとルリアーナの未来を心配した。

「本当に、不安定な時代になったわね」
 サラはそう言ってため息をつくと、亡くなったカイの父、蒼劉淵と、子どもたちの教育に熱心だったカイの母、ホーリーを思い出していた。
 あの頃から20年も経っているのに、国同士は争い、身分の差や産まれによる教育の差など、世の中の不条理は変わっていないように見える。

 カイ・ハウザーは、親の想いを知ってか知らずか、身分や教育に恵まれなかった若者を雇っては、騎士団経営を行っていた。

(戦争なんかに若者をやらなくても、みんなが笑っていられる方がいいわね)

 サラは、前を走るシンとロキの背中を見て、次の時代を担っていく若い芽に思いを巡らせる。
 平和な国を駆ける騎士たちの姿は、明日を切り拓いていくような逞しさがあった。



 Fin.
 第二部につづく・・
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