アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 34th night 慣れなかったこと

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 ルリアーナ王国、城下町にある『空間のはざま』は、恐らく昔の呪術師が作った空間なのだろう。王女のレナはその空間に身を置くと、何となくそれが分かる。ここは「昔の時を再現した場所」なのだ、と。

 レナは、その『空間のはざま』で護衛として雇っていた異国人をじっと見つめていた。

 レナは、最初から最後まで結局見慣れなかったな、と、その護衛、カイ・ハウザーを眺めながら思う。
 カイは、いつ見ても美しい姿で自分の側についていた。

 見合いで心が折れそうな時も、不安に押しつぶされそうな夜も、呪いに倒れた時も、その姿が側にあるだけでレナはずっと心強かった。
 もう、これからの毎日に、この護衛は居ない。だから、最後に我儘を聞いて欲しいと申し出た。

「最後の最後に頼まれることか。怖い気もするが、命令してくれればいいだろう」

 レナの起こした炎が足元を温かくしている。それでも、すっかり寒くなった夜に、カイはそろそろ城に戻らなくて良いものか迷う。
 レナが風邪でもひこうものなら、最後の心残りになりそうだったからだ。

「じゃあ、カイ、抱擁してくれる?」

 レナの要望に、カイは戸惑った。
 そういえばレナが呪いに倒れた時に、随分と普通にその行為に及んでいた気がしなくもない。
 その時と今では状況も違うが、最後の別れを前に抱き合うことくらいは、挨拶としては普通のことなのだろうか。

 カイは少し困った顔をしつつ、そこまでおかしなことを求められてもいない、と気を取り直した。

「構わないが……」
 カイはそう言って軽く懐を開ける。レナは、それを見てカイに飛びついた。

「私、婚姻前の最後の我儘だと思って、カイをこの国に呼んだの。長い間あなたに憧れていたけれど、実物は、小説よりもずっとずっと素敵だった。寂しいわね……。もう、カイがいなくなるなんて……」

 レナはそう言いながら静かに涙を流していた。

 カイは1ヶ月間で何度もその涙を見てきたが、何度見ても慣れないな、と困った。
 レナの涙は、悲しさだけではなく、孤独や寂しさ、たまに悔しさを抱え、カイが傍らにいることを欲していた。
 涙がレナの頬を伝う時、カイは側で支える役目を担っていた。

「これまでのように側にいることは叶わなくなるが、お互い、この世から消えるわけじゃない。殿下が女王になったら、またその姿を拝みに来よう」

 カイはレナの身体を抱え込んだ。レナの身体は、すっぽりとカイの腕の中に収まってしまう。
 最高責任者として国を背負って立つ割には小さな背中だなと、カイは何度か抱きしめた身体にいじらしさを覚える。普段は強がりながらも、その内では何度も葛藤していたのを、つい昨日のことのように思い出せた。

「ずっと……ずっと側にいて欲しかった。誰でもなく、あなたに」

 レナが本音を漏らして静かに泣いている。いつでも、王女は立場や責任を優先させていた。
 仕舞った本音は普段なかなか外に出さず、抱え込んで生きることが普通になっていた。

「そこまで評価されていると思うと、誇らしいな」

 カイは、レナから漏れた本音に心を打たれ、無意識にレナの額に口付けを落としていた。
 当のレナは、嬉しさと切なさでいよいよ本格的に泣き出してしまっている。肩を震わせ、泣き声が抑えきれなくなっていた。

「ここは、誰からも見えない『はざま』なんだったな……? 普段抑えている分、ここで出し切っておけばいい」

 抱きしめた腕の中で、レナの泣き声が本格的に大きくなっているのをカイはじっと聞きながら、背中に添えた手をポンポンと優しく叩く。

 小さな子どものように、声を上げてレナが泣いている。
 カイは、そろそろ城に戻ろうか、と声をかけるタイミングが分からなくなっていた。
 レナの気が済むまで、カイは小さな身体が冷えないように包み込むことにする。

「ありがとう……。あなたは、温かいわね」

 レナはそう言って、カイの熱を失う寂しさに泣いた。

 レナには、この1ヶ月間で分かったことがある。

 自分の孤独に気付いたのは、側にいるカイが寄り添ってくれたからだ。孤独以外の居心地を知ってしまい、初めて孤独というものを認識してしまったのだと。

 耐えられるだろうか。大切な存在と認識した後で、失うことは初めてだ。
 レナは、目の前で自分を抱きしめる護衛のことが、今迄出会った誰よりも好きだった。
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