216 / 221
the 34th night 慣れなかったこと
しおりを挟む
ルリアーナ王国、城下町にある『空間の間』は、恐らく昔の呪術師が作った空間なのだろう。王女のレナはその空間に身を置くと、何となくそれが分かる。ここは「昔の時を再現した場所」なのだ、と。
レナは、その『空間の間』で護衛として雇っていた異国人をじっと見つめていた。
レナは、最初から最後まで結局見慣れなかったな、と、その護衛、カイ・ハウザーを眺めながら思う。
カイは、いつ見ても美しい姿で自分の側についていた。
見合いで心が折れそうな時も、不安に押しつぶされそうな夜も、呪いに倒れた時も、その姿が側にあるだけでレナはずっと心強かった。
もう、これからの毎日に、この護衛は居ない。だから、最後に我儘を聞いて欲しいと申し出た。
「最後の最後に頼まれることか。怖い気もするが、命令してくれればいいだろう」
レナの起こした炎が足元を温かくしている。それでも、すっかり寒くなった夜に、カイはそろそろ城に戻らなくて良いものか迷う。
レナが風邪でもひこうものなら、最後の心残りになりそうだったからだ。
「じゃあ、カイ、抱擁してくれる?」
レナの要望に、カイは戸惑った。
そういえばレナが呪いに倒れた時に、随分と普通にその行為に及んでいた気がしなくもない。
その時と今では状況も違うが、最後の別れを前に抱き合うことくらいは、挨拶としては普通のことなのだろうか。
カイは少し困った顔をしつつ、そこまでおかしなことを求められてもいない、と気を取り直した。
「構わないが……」
カイはそう言って軽く懐を開ける。レナは、それを見てカイに飛びついた。
「私、婚姻前の最後の我儘だと思って、カイをこの国に呼んだの。長い間あなたに憧れていたけれど、実物は、小説よりもずっとずっと素敵だった。寂しいわね……。もう、カイがいなくなるなんて……」
レナはそう言いながら静かに涙を流していた。
カイは1ヶ月間で何度もその涙を見てきたが、何度見ても慣れないな、と困った。
レナの涙は、悲しさだけではなく、孤独や寂しさ、たまに悔しさを抱え、カイが傍らにいることを欲していた。
涙がレナの頬を伝う時、カイは側で支える役目を担っていた。
「これまでのように側にいることは叶わなくなるが、お互い、この世から消えるわけじゃない。殿下が女王になったら、またその姿を拝みに来よう」
カイはレナの身体を抱え込んだ。レナの身体は、すっぽりとカイの腕の中に収まってしまう。
最高責任者として国を背負って立つ割には小さな背中だなと、カイは何度か抱きしめた身体にいじらしさを覚える。普段は強がりながらも、その内では何度も葛藤していたのを、つい昨日のことのように思い出せた。
「ずっと……ずっと側にいて欲しかった。誰でもなく、あなたに」
レナが本音を漏らして静かに泣いている。いつでも、王女は立場や責任を優先させていた。
仕舞った本音は普段なかなか外に出さず、抱え込んで生きることが普通になっていた。
「そこまで評価されていると思うと、誇らしいな」
カイは、レナから漏れた本音に心を打たれ、無意識にレナの額に口付けを落としていた。
当のレナは、嬉しさと切なさでいよいよ本格的に泣き出してしまっている。肩を震わせ、泣き声が抑えきれなくなっていた。
「ここは、誰からも見えない『間』なんだったな……? 普段抑えている分、ここで出し切っておけばいい」
抱きしめた腕の中で、レナの泣き声が本格的に大きくなっているのをカイはじっと聞きながら、背中に添えた手をポンポンと優しく叩く。
小さな子どものように、声を上げてレナが泣いている。
カイは、そろそろ城に戻ろうか、と声をかけるタイミングが分からなくなっていた。
レナの気が済むまで、カイは小さな身体が冷えないように包み込むことにする。
「ありがとう……。あなたは、温かいわね」
レナはそう言って、カイの熱を失う寂しさに泣いた。
レナには、この1ヶ月間で分かったことがある。
自分の孤独に気付いたのは、側にいるカイが寄り添ってくれたからだ。孤独以外の居心地を知ってしまい、初めて孤独というものを認識してしまったのだと。
耐えられるだろうか。大切な存在と認識した後で、失うことは初めてだ。
レナは、目の前で自分を抱きしめる護衛のことが、今迄出会った誰よりも好きだった。
レナは、その『空間の間』で護衛として雇っていた異国人をじっと見つめていた。
レナは、最初から最後まで結局見慣れなかったな、と、その護衛、カイ・ハウザーを眺めながら思う。
カイは、いつ見ても美しい姿で自分の側についていた。
見合いで心が折れそうな時も、不安に押しつぶされそうな夜も、呪いに倒れた時も、その姿が側にあるだけでレナはずっと心強かった。
もう、これからの毎日に、この護衛は居ない。だから、最後に我儘を聞いて欲しいと申し出た。
「最後の最後に頼まれることか。怖い気もするが、命令してくれればいいだろう」
レナの起こした炎が足元を温かくしている。それでも、すっかり寒くなった夜に、カイはそろそろ城に戻らなくて良いものか迷う。
レナが風邪でもひこうものなら、最後の心残りになりそうだったからだ。
「じゃあ、カイ、抱擁してくれる?」
レナの要望に、カイは戸惑った。
そういえばレナが呪いに倒れた時に、随分と普通にその行為に及んでいた気がしなくもない。
その時と今では状況も違うが、最後の別れを前に抱き合うことくらいは、挨拶としては普通のことなのだろうか。
カイは少し困った顔をしつつ、そこまでおかしなことを求められてもいない、と気を取り直した。
「構わないが……」
カイはそう言って軽く懐を開ける。レナは、それを見てカイに飛びついた。
「私、婚姻前の最後の我儘だと思って、カイをこの国に呼んだの。長い間あなたに憧れていたけれど、実物は、小説よりもずっとずっと素敵だった。寂しいわね……。もう、カイがいなくなるなんて……」
レナはそう言いながら静かに涙を流していた。
カイは1ヶ月間で何度もその涙を見てきたが、何度見ても慣れないな、と困った。
レナの涙は、悲しさだけではなく、孤独や寂しさ、たまに悔しさを抱え、カイが傍らにいることを欲していた。
涙がレナの頬を伝う時、カイは側で支える役目を担っていた。
「これまでのように側にいることは叶わなくなるが、お互い、この世から消えるわけじゃない。殿下が女王になったら、またその姿を拝みに来よう」
カイはレナの身体を抱え込んだ。レナの身体は、すっぽりとカイの腕の中に収まってしまう。
最高責任者として国を背負って立つ割には小さな背中だなと、カイは何度か抱きしめた身体にいじらしさを覚える。普段は強がりながらも、その内では何度も葛藤していたのを、つい昨日のことのように思い出せた。
「ずっと……ずっと側にいて欲しかった。誰でもなく、あなたに」
レナが本音を漏らして静かに泣いている。いつでも、王女は立場や責任を優先させていた。
仕舞った本音は普段なかなか外に出さず、抱え込んで生きることが普通になっていた。
「そこまで評価されていると思うと、誇らしいな」
カイは、レナから漏れた本音に心を打たれ、無意識にレナの額に口付けを落としていた。
当のレナは、嬉しさと切なさでいよいよ本格的に泣き出してしまっている。肩を震わせ、泣き声が抑えきれなくなっていた。
「ここは、誰からも見えない『間』なんだったな……? 普段抑えている分、ここで出し切っておけばいい」
抱きしめた腕の中で、レナの泣き声が本格的に大きくなっているのをカイはじっと聞きながら、背中に添えた手をポンポンと優しく叩く。
小さな子どものように、声を上げてレナが泣いている。
カイは、そろそろ城に戻ろうか、と声をかけるタイミングが分からなくなっていた。
レナの気が済むまで、カイは小さな身体が冷えないように包み込むことにする。
「ありがとう……。あなたは、温かいわね」
レナはそう言って、カイの熱を失う寂しさに泣いた。
レナには、この1ヶ月間で分かったことがある。
自分の孤独に気付いたのは、側にいるカイが寄り添ってくれたからだ。孤独以外の居心地を知ってしまい、初めて孤独というものを認識してしまったのだと。
耐えられるだろうか。大切な存在と認識した後で、失うことは初めてだ。
レナは、目の前で自分を抱きしめる護衛のことが、今迄出会った誰よりも好きだった。
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる