214 / 221
the 34th day 忍ぶれど
しおりを挟む
レナとカイは、以前立ち寄ったバールで食事をとっていた。
レナには毒見役が要るため、カイが試しに食べたものをレナが食べることになる。そんな事情もあるためカイは食事を済ませてから外出しようと提案したのだが、レナは断固譲らなかった。
(男がひと口ずつ食べたものを女が食べる光景は、異様すぎるだろ)
カイはそう思いながら、運ばれてきた食事の毒見を全て済ませる。町のバールだというのに食事のレベルが高く、何度も毒見中に感心した。
「野菜が旨いっていうのは、すごいことなんだな」
カイがそう言って食事を褒めているので、レナは嬉しそうに笑う。
「この国の野菜は、ブリステとは違うの? 遠慮しないで食べてね。今日は私の奢りよ」
この日、レナはお金を持って来ていた。ブリステ公国もルリアーナ王国も、男性の地位の方が高く、支払いは男性が済ませるのが通常だった。
カイは、傍から見たら自分は奴隷か何かに見えるのではないか、と複雑な気分になり、食事を楽しんで深く考えないように努める。
「ブリステとルリアーナでは、土壌が違うのかもしれないな。野菜の味が濃い、という言葉の意味が分かった」
カイはそう言いながら、チーズソースのかかった野菜のグリルに舌鼓をうつ。レナは最初から最後までカイは食事に感動し続けているなと、カイの姿を眺めながら嬉しくなった。
「お酒は? せっかくバールに来たんだし、遠慮しないで」
レナが飲酒を勧めたのを、カイは断った。
「今日は止めておく」
「どうして……?」
「明日は、移動が長いからな」
カイが何気なく言った「明日」のことに、レナは泣きたい気持ちになったのをなんとか堪えた。その「明日」が永遠に来なければ、カイは自分の護衛のままだったはずだ。
「どうした?」
無口になったレナを心配して、カイが口を開く。
「明日、カイがいなくなっちゃうのねって、思っただけよ」
「おい、呼び方……」
「ねえ、カイル」
レナは気を取り直して偽名でカイを呼ぶ。小さなバールの片隅で、世を忍ぶことがどれだけ有効なのかは疑わしい。
本当は、本名で呼び合いたかった。殿下ではなく、レナと呼ばれることは、とうとう叶わなかったのだ。
「これから先、またあなたに会いたくなったら、どうすればいい?」
「そんなに深く考えずとも、呼びたい時に呼んでくれればいい。赤の他人じゃないんだ、深い理由などなくても駆け付ける」
カイは穏やかな顔で肉を切っている。レナはその様子を複雑な顔で見ていた。本当に呼べば快く来てくれるのだろうか、疑わしい。この目の前にいるのは、金の亡者ではないのか。
「信じるわよ、カイル。私、どうしてもあなたと再会したいの」
レナが思い詰めたように言ったのを、
「ルナのことだ、また何か愚痴でも言いたくなったら呼べばいい。俺は何もできないが、不満を吐き出す先にはなれるだろ」
と、カイは当然のように答える。
「お願いね……。それを頼れる先が、あなたしかいないの」
レナは、胸がいっぱいで食事がろくに喉を通らなかった。カイはその様子に、食事が口に合わなかったのかと心配している。
「違うの。食事のせいじゃなくて……。明日のことを考えたら、寂しくて」
「そうか……」
その後2人は、何を言ったらいいのか分からず、無言で食事に向き合っていた。
レナには毒見役が要るため、カイが試しに食べたものをレナが食べることになる。そんな事情もあるためカイは食事を済ませてから外出しようと提案したのだが、レナは断固譲らなかった。
(男がひと口ずつ食べたものを女が食べる光景は、異様すぎるだろ)
カイはそう思いながら、運ばれてきた食事の毒見を全て済ませる。町のバールだというのに食事のレベルが高く、何度も毒見中に感心した。
「野菜が旨いっていうのは、すごいことなんだな」
カイがそう言って食事を褒めているので、レナは嬉しそうに笑う。
「この国の野菜は、ブリステとは違うの? 遠慮しないで食べてね。今日は私の奢りよ」
この日、レナはお金を持って来ていた。ブリステ公国もルリアーナ王国も、男性の地位の方が高く、支払いは男性が済ませるのが通常だった。
カイは、傍から見たら自分は奴隷か何かに見えるのではないか、と複雑な気分になり、食事を楽しんで深く考えないように努める。
「ブリステとルリアーナでは、土壌が違うのかもしれないな。野菜の味が濃い、という言葉の意味が分かった」
カイはそう言いながら、チーズソースのかかった野菜のグリルに舌鼓をうつ。レナは最初から最後までカイは食事に感動し続けているなと、カイの姿を眺めながら嬉しくなった。
「お酒は? せっかくバールに来たんだし、遠慮しないで」
レナが飲酒を勧めたのを、カイは断った。
「今日は止めておく」
「どうして……?」
「明日は、移動が長いからな」
カイが何気なく言った「明日」のことに、レナは泣きたい気持ちになったのをなんとか堪えた。その「明日」が永遠に来なければ、カイは自分の護衛のままだったはずだ。
「どうした?」
無口になったレナを心配して、カイが口を開く。
「明日、カイがいなくなっちゃうのねって、思っただけよ」
「おい、呼び方……」
「ねえ、カイル」
レナは気を取り直して偽名でカイを呼ぶ。小さなバールの片隅で、世を忍ぶことがどれだけ有効なのかは疑わしい。
本当は、本名で呼び合いたかった。殿下ではなく、レナと呼ばれることは、とうとう叶わなかったのだ。
「これから先、またあなたに会いたくなったら、どうすればいい?」
「そんなに深く考えずとも、呼びたい時に呼んでくれればいい。赤の他人じゃないんだ、深い理由などなくても駆け付ける」
カイは穏やかな顔で肉を切っている。レナはその様子を複雑な顔で見ていた。本当に呼べば快く来てくれるのだろうか、疑わしい。この目の前にいるのは、金の亡者ではないのか。
「信じるわよ、カイル。私、どうしてもあなたと再会したいの」
レナが思い詰めたように言ったのを、
「ルナのことだ、また何か愚痴でも言いたくなったら呼べばいい。俺は何もできないが、不満を吐き出す先にはなれるだろ」
と、カイは当然のように答える。
「お願いね……。それを頼れる先が、あなたしかいないの」
レナは、胸がいっぱいで食事がろくに喉を通らなかった。カイはその様子に、食事が口に合わなかったのかと心配している。
「違うの。食事のせいじゃなくて……。明日のことを考えたら、寂しくて」
「そうか……」
その後2人は、何を言ったらいいのか分からず、無言で食事に向き合っていた。
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる