アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 33rd day 心細い交渉に

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 レナはフィルリ7世と国家予算や税収のことについて話していた。
 その時、ポテンシア王国から重要な書簡が届いたと使用人が慌てて駆け付けた。レナは国際情勢の不安がよぎり、フィルリ7世に断ってその場で書簡を開いて読み始める。

「……とうとうね。パースとの貿易は一旦停止になるそうよ。新しく始まるポテンシアとの取引については、これから現地でルイス様のお兄様に当たる方と、ルイス様で一旦協議がされる予定のようだわ……。ポテンシア王国としては、これからルリアーナに入ることになるルイス様と、意見を交換してから方針を出したいんですって」

 レナは、ルイスは実兄との交渉ができるのだろうかと心配になった。話に聞いた限りでは、ルイスは兄弟との縁をなるべく避けて生きてきているはずだった。

「ポテンシアの王子は、傍若無人な人間が多いと聞いていますね……。よりによって、兄弟間で取引の協議とは、どうなりますか……」
 フィルリ7世は、普段以上に不愉快そうな態度で言った。

「あなたが、ルイス様のところに駆け付けてフォローしてくれても良いのでは?」
「……そうかもしれませんね。ただ……暴力的な人間との交渉は好きではないので、お断りします」

 フィルリ7世はそう言って、その会話を終わらせようとした。ポテンシア王国との交渉など、誰もやりたがらないだろう。

 レナは、フィルリ7世の相変わらずの態度には動じない。元の話に戻って会話を続けた。レナの後ろには、いつもの黒髪の護衛が立っている。

「護衛はいつまでの契約でしたかね?」

 フィルリ7世が気になって尋ねた。護衛委託の金額は高額だったが、長期契約ではなかったはずだと思い出したからだ。

「残念ながら、雇っているハウザー騎士団の方々は、もうすぐ契約が終了するわ。今後は、ポテンシアのルイス様から護衛をお借りするしかないでしょうね」
 レナは顔を曇らせて言った。

「なるほど……これからは外国人を頼るのではなく、自国を強化する方向へ転換していくのですね?」
 フィルリ7世が納得しながら言ったので、
「本当は、外国人の力を借りてでも、自国に武力を持たないでいたかったのよ。それは、この状況では無理でしょう。ポテンシアの動きに周辺国も緊張が増しているし、これからは、より広い領地を持つ国が存在感を増していくことでしょうから」
 とレナは目の前の現実に向き合っている。

 カイは後ろでその様子を見ながら、
(いよいよ、この国も争いに巻き込まれていくのか)
 と、自分が去った後のルリアーナのことを考えていた。



 フィルリ7世が帰った後、レナは廊下を歩きながらカイに話しかけた。

「これからポテンシア王国との関係が複雑になっていくのに、あなたがいないのは心細いわね」
「殿下のことだ、問題ないだろう。その時は、ブラッドがいるんじゃないか?」

 カイはそう返したものの、ルリアーナの国内にレナの味方が殆どいないことは気になっていた。フィルリ7世の態度といい、この国には王女の力になりそうな政治家や協力者が極端に少ない気がする。

「この国に、カイを迎えた私の判断は間違っていなかった。あなたは、護衛としても側近としても、申し分なかったわ」

 レナがそう言った後、カイは暫く無言だった。レナはどうしたのだろうとカイの様子をうかがっている。

「それは……光栄だ。本来であれば、戦場に派遣されることが多い身だからな……。ここでは、大して活躍できた気がしなかったが」

 カイはそう言いながらも、最初は断ろうとしたこの仕事が思っていたよりも楽しかったことや、久しぶりにシンとロキと現場に入れたこと、報酬の良い仕事だったことなど、思い出してみると得たものが多かった。

「お見合いの席の後、あなたと話す時間があったからめげずに続けられたのは確かだし……。特に、メイソンが来た時にあなたに守ってもらえて、心強かった」
「おい、まだ明日もここにいるのに、最後の挨拶みたいだな」

 レナとカイはお互いに軽く微笑しながら、レナの部屋に戻る。カイが先に部屋に入ると、侍女のサーヤが部屋の掃除を終えたところだった。

「それでは、また後程」

 カイはそう言ってレナを部屋に通し、自室に戻った。レナはカイの出て行った扉を暫く眺めている。

「レナ様、どうかされましたか?」
 サーヤに話しかけられると、
「あんな、正直で頼れる側近、なかなか居ないわ」
 とレナは答えた。

「寂しくなりますね」
 サーヤが言うと、レナは、
「カイをずっと雇えたら、良かったわね」
 と言って机に向かった。いつも通り書類に目を通しながら、この後またすぐに護衛に入るはずのカイの気配を、背中に探してしまっていた。
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