アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 32nd night 誇らしい

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 その日の夜、レナの自室で、カイとレナは残りの日数で何を優先すべきかについて話し合っていた。

「リブニケ王国の人間がこの国の王家を作った説か……ミリーナもそんなことを口にしていたが」
 カイは周辺国の地図を見つめる。リブニケ王国からルリアーナまでは、高い山脈を越えれば入国ができる地形になっていた。

「建国の英雄『ヘレナ』は、リブニケ王国出身者で、鷹を連れてルリアーナに入り……呪術を用いて農業を根付かせた……。ありえない話じゃないわね」
 レナはそう言うと、そういえば自分の本名はヘレナだったのだと思い出す。

「そうだな……。リブニケという国に呪術が根付いているのかは定かではないが……。先導士や正教会の仕組みで王政に従わせる宗教を作るやり方は、何となくリブニケという国がやっている普段の政治に近いものを感じる」

 カイの出身国、ブリステ公国はリブニケ王国に長年悩まされてきた。リブニケ王国は外国人兵を好んで用い、恐怖政治を行っている。
 以前ルリアーナの正教会が行っていたらしい、先導士による粛清の方法に近いことをずっと国内で続けていた。

「鷹が不死鳥になったという伝説も、妙に呪術じみた話のように思えて来るな」
「呪術……。そうね、確かに……」
「この辺の情報は、ルイス殿下と共有して対策を考えた方がいいぞ」

 カイが当たり前のように自分の去った後の対応を口にする度、レナは胸がズキズキと痛む。レナは、必死にその痛みを忘れなければならなかった。

「あなたがここにいてくれるのも、あと、2日だものね」

 レナは、明後日の夜にカイと何をするのかも全く思いつかない。任務を終えてカイがこの国を発つその瞬間まで、自分の中に産まれている気持ちのやり場が分からなくなっていた。

「大丈夫だ。ルイス・ポテンシアという王子は、この手のことに長けている」

 カイが自信を持ってルイスを推すのは、呪いに倒れた時の対応や一連のルイスの動きを身近に見てきたことによるのだろう。そこにカイの感情が一切含まれていないことに、レナは寂しさを覚えるのだ。

「分かっているわよ。ルイス様なら、きっと一緒になって考えてくれるんでしょうね」

 レナは半ば諦めたように言った。ルリアーナのような小国は、隣国の強国であるポテンシアの王子と結ばれるのが自然なのだろうというのも、理性的に考えれば間違いがない。

(だけど……)

 レナは、暗い部屋で一緒に過ごしている護衛の姿を今一度じっくり眺める。呪いに倒れていた時にはあんなに距離が近かったカイも、普段通りの距離は王女と護衛に過ぎなかった。何度かあの腕に抱きしめられたことが、遠い過去になってしまった気がする。

 呪いから解放され、もう自我を失う恐怖は去った。それがカイに甘えるきっかけを失ってしまったことに、不謹慎にも残念だと思ってしまう。

(まだ、明後日の夜がある)

 レナは、任務最後の夜をカイと過ごすことになっていた。また、以前のように城下町を一緒に歩くのだろう。最後、という言葉の持つ重さがレナには想像もつかない。

「ねえ、カイ……。今のあなたにとって、この国ってどんな印象……?」

 レナはふと、聞きたくなった。もうすぐ任務が終わるタイミングで、目の前の護衛はどう思っているのだろうか。

「そうだな……」

 カイは暫く何か考え込んでいる。レナは、カイの様子に息を飲んだ。

「食事が美味い、自然が豊かで町や村や風景が美しい。それから……王女はどうも勝ち気で感情面が不安定のようだが……」

 カイがからかうように言うと、レナは思わず頭に血が上りそうになる。

「国民や、自らの責任を決して放棄しない、良い女王になるだろうな。これまで会ってきた人間の中でも、主人として誇らしい」
 カイが続けた言葉に、レナは絶句した。

「本音だ」
 カイはそう言って暗がりの中で口角を上げる。
「どうして……」
 レナは驚きのあまり、うまく言葉が出てこない。

「言葉のままだ。自信を持て」

 カイはレナをしっかりと見て微笑んでいた。レナは、その視線をうまく受け取ることができず、俯く。

「そんな……」

 そんな風に思っていてくれているカイは、なぜ異国人で、ずっと側に仕えてくれないのだろうか。
 ずっと側に置きたい、と不意に口に出しそうになるのを、レナは飲み込んだ。

「そんな風に言ってもらえるなんて、不意打ちだったわ。あなたに、報酬が良いからだと言われないなんて、調子が狂うじゃない」

 精一杯、強がった。強がっていないと、弱音が出てきてしまいそうだった。

「その調子なら、大丈夫そうだな。とりあえず今日はもう遅い、早く休め」
 カイはそう言うと、夜の護衛を前に自室に戻って行く。

(行かないで)

 レナは、どうしてか声にならなかった。

 バタンと扉が閉まった後、大粒の涙が零れる。カイが居なくなった後のことなど、考えられそうにない。

 レナは自分を誇らしいと言い切ったカイに、その言葉に恥じない女王になるしかないのだろうかと、張り裂けそうな胸の痛みに苦しんだ。
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