アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
199 / 221

the 31st night 馴れ初めを教えて

しおりを挟む
 レナは夜の時間をどう過ごそうか考えていた。どうしてもすぐに眠る気になれず、やはり隣の部屋に行こうと決める。隣にハウザー騎士団の誰かが護衛に入る夜も残り少ない。
 扉を叩いて隣の部屋に声を掛けると、シンとロキの声がした。今日は2人一緒に護衛に入っているのだと知る。

「こんばんは。2人と一緒なのは久しぶりね」
 レナが扉を開けて嬉しそうに言うと、それを見た2人も嬉しそうに笑う。
「今日は、シンに少し聞きたいことがあるかも……」
 レナがそう言って部屋に入ると、ロキがレナをソファにエスコートして座らせた。

「急にどうしたんですか? 俺の話って……?」
 シンは、自分がレナに何を話すのだろうかと不思議そうにしたが、
「シンって、婚約者がいるんでしょ? どんな感じで付き合って、結婚まで決まったの?」
 とレナに聞かれて、「ああ」と頷いていた。

「彼女が団長の同級生で……うちの会計士をしてるのって、ご存じなんでしたっけ?」
 シンが話し始めると、レナは頭を振った。

「彼女は、まあ普通に団長のことが好きだった男爵令嬢で、自分から団長に会計士として売り込みをかけて採用されたくらいの子なんですよ」
「そうなの? 自分の売り込みが出来るのはすごいわね」
「はい、まあ、初めて会ったのは俺とロキが騎士団に入ったばっかりの時で。制服を作るから採寸をさせろって俺たち、彼女に身体中計られて」

 シンが笑って話していると、
「あーほんと、思い出したらムカついてきた」
 と、ロキは不機嫌そうにしている。

「なんか、その採寸した身体中のデータを、彼女なりに趣味で計算してるらしく、急に彼女に『実はすごくスタイル良いのね』って。声かけられて」
 シンが照れながら話す。

「心から気持ち悪いよ、ホントに。俺は『あなた顔が良いからって良い気になってるのかもしれないけど、大したことないわよ』って得意気な顔して喧嘩売られたからね……。一体、身体のどこの数字をどう計算したらそういうこと言えるんだよ」
 対照的に、ロキは思い出しながらムカムカしていた。

「それから、割と毎日他愛もない会話をするようになって、まあ、可愛い子だったから、悪い気はしなくて。団長のことが好きなのは知ってたから、たまに相談にも乗ったりしてました」
 シンがそう言って話す彼女の話は、いつも優しいシンの顔をより穏やかにしているようでレナは温かい気持ちになる。

「で、1回割とハードな戦場の仕事が入ったとき、彼女の様子がちょっとおかしかったんです。心配してくれてたのか分からなかったけど、出掛ける時に声を掛けたら無視されちゃって、あれ? って」
 シンはニコニコして話しているが、ロキの眉間には皺が寄っている。

「で、行ってきまーすって出発したら、彼女追いかけてきて、『死んだら許さない、でも、無事に帰ってきたら付き合ってあげても良いから!』って言うので、『じゃあ、無事に帰って来るよ』って。まあこの通り無事に帰ったので、付き合いました」

 シンが照れながら話す内容に、
「へえ、彼女、いつの間にかシンのことが好きだったのね。シンが危ない任務に行くって知って、自分の気持ちに気付いたのかしら?」
 とレナが楽しそうに喜ぶ。

「偉そうな言い方だよね……。シンはそれで良いのかもしれないけど、俺が許せないんだよホントに」

 ロキはずっとイライラしていた。

「ロキ、そんなにシンの彼女が苦手なの?」
 レナが不思議そうに尋ねると、
「俺と彼女……リリスは犬猿の仲なんです。彼女も俺がシンと仲が良いのが気に入らないし、俺もリリスがシンの彼女なことが気に入らないっていう、ある種の相思相愛なんですよ」
 とロキは言い捨てた。

「うーん、ロキの好みとは違うだけで、彼女の性格は本当に可愛いんだけどね。リリス、我が強いからロキみたいなタイプとはぶつかりやすいんだよな」
 シンは思い出して嬉しそうだったが、ロキは相変わらず苦い顔をしていた。

「で、付き合い始めたら、彼女がすぐ親を紹介したいって言いだして……」
「いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い!」
 ロキは突っ込みながら青ざめている。

「いや、俺もさあ、彼女の家って貴族なわけで、農民で親の借金を抱えてる身だし、どんな顔して会いに行けばいいのか分かんなくて……」
 シンが当時を思い出して物憂げな表情を浮かべると、
「えっ? 気にするところ、そこなのかしら?」
 とレナが思わず突っ込んだ。
「殿下、そうなんです、そこじゃないんですよ」
 ロキもレナの言葉に頷いている。

「まあ、結局彼女の家に行って親公認って形になったんで、もうすぐ結婚するんですけどね」
「……うわー怖。結婚式で俺、ちゃんと祝えるかな……」
 シンとロキの温度差はすごいが、レナはシンが幸せそうなことが嬉しくなった。

「随分彼女主導みたいだけど、良かったわね」
 レナがシンに言う。
「そうですね。男爵令嬢と借金持ちの農家なんて、不釣り合いに違いないのに、リリスとご両親は人として公平に見てくれるから、ありがたいですよ」

 シンの何気ない本音から、平民と貴族の間での婚姻も簡単ではないのだろうとレナは理解する。

「そうやって、一生尻に敷かれるんだろ……」
「まあね、でも、リリスと家族になるのが楽しみだよ。早く子ども欲しいし」
 シンは嬉しそうだった。

「こ……ども……?」
 レナがその言葉に思い切り驚いたので、
「ああ、俺、子ども好きなんですよ。リリスはちょっと苦手みたいなんだけど」
 と、シンはサラリと言った。

「いい父親になりそうだよなー。シンは。」
 ロキが心からそう言うと、レナは、
「そうよね……結婚するんだから、家族計画もあるわけよね……」
 と衝撃を受けているようだった。

「ええ、そうですね?」
 シンが不思議そうにレナを見る。

「恋愛と結婚が結び付いて、それが家族に繋がるって……。私の生きてきた価値観の中にはなかったのよ」
 レナがそう言うと、シンとロキは言葉を失った。

「ああ、そうですよね……。すいません、勝手に惚気のろけたりして」
「ううん、気にしないで。シンのことが分かって、話が聞けて本当に良かったわ」

 レナは笑顔を浮かべている。ロキはその顔を横目に見ながら、何を言えば良いのか分からなかった。

(普通の幸せって、なんだろうな)

 ロキはぼんやりと考えながら、そもそも普通などという曖昧な言葉で何かを語ってはいけないのだとレナを見つめた。
 シンが当たり前のように言った「子どもが欲しい」は、王族の間では権力の意味を持たずに使うことはない言葉なのだろう。

(こんな純粋な人に、そんな重いものを背負わせないで欲しいよ……)

 自分の感情を抑え、国のために王位継承者を産まなければならない運命を持つ王女に、ロキは胸が締め付けられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...