アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
191 / 221

the 30th day 帰路

しおりを挟む
 クロノスの背で、レナとカイはこれまでのことを話していた。

「今回の任務も、残すところ5日か。あっという間だった気もするし、やたら色々なことが起きた気もするな」

 カイはそう言いながら、不安定な道をレナが落馬しないよう、片手でレナを抱きかかえている。
 レナは、何度か経験したその行為に、恐らく普通のことなのだろうと、なるべく深く考えないようにしていた。

「そうね、カイとの時間もあともう少し……心細いわ。あなたにからかわれなくなることに対しても、それなりに寂しがっているのよ」

 レナはそう言うと、これからはカイに気軽に相談することもできないのだと落ち込んだ。

「もう、殿下には見合いの護衛も、その後の相談も必要ないだろう。俺がいなくても、これから先はなんとかなるはずだ」
 カイはそう言うと、
「まあ、今回の任務は特殊だったな。タメ語を強要させられて席に同席させられ、言い合いになりかけてから始まって……無事に婚約者が決まったかと思えば、呪いに倒れるわ……」
 と付け加えて苦笑した。

「私だって、こんなに濃い1ヶ月になるとは思わなかったわよ」
 レナもつられて苦笑すると、
「ありがとう、本当に」
 と前を向いたまま、しみじみ言った。

「やめろ、調子が狂う」
 カイはそう言ってレナを支えていた片手を外すと、レナの頭を軽く撫でた。
「なによ、あなただって……」
 レナは後ろを振り返ってカイを見たが、自分の頭に手を置いたまま無表情に前を向くカイの表情から、何を考えているのかは読み取れない。

(急に優しかったりするから、調子が狂うのよ……)

 カイの態度にときめいたりしたのは、恐らく時々見せるこの優しさに触れたからなのだと、レナの心は穏やかでない。

「特に……呪いに倒れた時には……あなたの言葉があったから自我を失わずにいられた気がするの。あの母様の呪いは、あなたの言葉で大分抑えられていたんじゃないかしら……」

 レナはぽつりと呟くように言った。呪いに倒れて自分自身に絶望しそうになった時、カイがそれを止めてくれた。
 あの行為は、きっと言霊として呪術をはねのけていたのだと、レナは思う。

「今となっては結果論だな。俺は……ただそうしたかっただけだ」
 カイの声がレナの耳元で聞こえる。平坦な道を進むクロノスの上で、カイはレナの身体を包み込むように片手をレナの腰に回していた。

「それが、嬉しかったの」

 レナは、カイの行為を受け入れ、カイの手に自分の手を重ねてみる。
 2人の距離は相変わらず近く、声を掛け合うと息がかかるほど近い。レナより大きなカイのごつごつとした手は、少しだけ体温が高かった。

 2人はそのまま無言になった。触れた手からゆっくりと体温が混ざり合い、レナの手は少し温かく、カイの手は少し冷たくなっていく。
 ただ手が触れ合っているだけの時間が、どうしてか妙に懐かしく感じた。

 レナは、なぜカイの手に触れているのか自分の行動を説明できそうにない。

 これも、『ただそうしたかっただけ』なのだろうと、背中に感じるカイの存在に無理矢理納得した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...