アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 29th day 母に捧げる鎮魂歌

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 ミリーナが亡くなると、先程まで存在していた空間が崩れ、辺りはレオナルドが1度訪れたという教会の姿に変わってしまった。
 いつの間にか3人は、ミリーナの遺体と共に教会の礼拝堂にいた。

「殿下、僕、今回のことを謝る気はないですよ。だって、あのままだと誰かが新しいミリーナの呪いにやられていたかもしれない。話し合って解決できる相手じゃないと見切っただけです」

 レオナルドは血の海に横たわるミリーナの遺体を見ながら、レナに向かってそう言った。

「ルリアーナは、ポテンシアと違って殺人を肯定しないわ。もっと……話し合うことがあったかもしれないのに」
 レナは涙を流しながら俯いていた。

「だが、ミリーナが呪いを使って既に何人もの人を殺めたことは間違いない。あのタイミングが良かったとは思わないが、レオナルドの判断は否定できない」

 カイがレナに向かってそう言うと、レナはカイの胸に顔を埋めて暫く泣いた。
 カイはその背中を静かにさすりながら、残酷な現実になぜこの王女ばかりが巻き込まれるのかと、奥歯を噛み締める。

 レオナルドは無言でレナの姿をじっと見ていたが、横たわったミリーナの髪を握り、一束短剣で切り落とした。レオナルドは血のついた髪を包んで懐に仕舞う。

「これが僕の仕事なんです。軽蔑しますか……」
 レオナルドは独り言のように言った。その肩には国王の勅命が常に乗っている。

「あなたを否定したいわけじゃないわ、レオナルド。私だって、カイを連れてここに来た以上、覚悟だってしていたけど……。あの人が……母様が死んで……。あの人が掛けていた私への呪いが……今、消えたの。私の子どもの頃の記憶がたった今蘇ったから、やりきれなかったのよ」
 レナはカイの服で涙を拭っている。カイは苦笑しながらレナの頭を撫でた。

「呪いが……消えた? というのは、本当なのか?」
 カイの言葉に、レナは頷いた。

「母様は、自分の肉体と精神を呪術の対価にしていたのね。もう、正常な精神を保つことはできなくなっていたのかもしれない。私に対しての呪いは、自我を無くすという呪いだけじゃなかったの。私、小さな頃、母様に確かに愛されていた。私のその記憶を呪いで封印していたわ。恨みの連鎖を起こすことでしか、生きていられなかった人だったのね」

 レナはミリーナの遺体に向かって、鎮魂歌を静かに歌い始めた。無念や魂を癒す術を含んだ歌が、礼拝堂に響く。

『いつの日か 夢を抱き あなたを想う』
 レナがそのフレーズを歌った時、ミリーナの身体から青い光が結晶のように舞い始めた。

「なんだ……?」
 カイとレオナルドは目を丸くして、青い光が上ってはそのまま消える幻想的な光景を、暫くただ眺めていた。

「恐らくレジスタンスの多くの呪術師にも、母様の力が及ぶような術が掛かっていたみたい……大量の術の解除が起きている……。私の鎮魂歌は対価にされた身体や精神を失って残ってしまった術を、解除する効果があるのね。見えているのが、術式の破片よ。術者以外にも見えるくらい……この人の負っていたものは大量だったの」

 レナは潤んだ瞳で笑顔を作る。
「きっと、母様の魂は救われたわ。埋葬を手配しなければね。あと、サラやサーヤのところに戻らなきゃ……」

 そう言った途端、レナは意識を失ってその場に倒れ込んだ。
 カイは咄嗟に、そのレナの身体を受け止めていた。
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