アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 29th day 意外な同行者

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 レナとカイは次の目的地に到着した。
「あんまり国内を移動しないから分からなかったけど……道が悪いところがいくつかあるわね……。こういうところにも予算を割かなきゃいけないのね」
 レナはカイの手を取って、ゆっくりクロノスから降りた。

 カイは、こんな時でも国のことを考えるレナに、王女として沁みついた感覚があるのだなと感心した。
「道は、雪の深さや自然災害も影響するからな」
 カイはレナにそう声を掛けると、急に何かの気配を感じてレナを背に隠した。

 レナはその場に緊張が走ったのをカイの背から感じ、クロノスとカイの間で息を潜める。

「流石だなあ、気配を消しても気づくんですね」
 声の主が近くの木の陰から現れたのを見て、カイはほんの少し緊張から解放された。

「ポテンシアの間諜が、こんなところで何をしている……」
 カイに声を掛けられた線の細い男は、笑顔を浮かべながら近づいて来ていた。

「目的は一緒ですよ、ハウザー団長。僕も、ミリーナを追っています」
 レオナルドがそう言ったので、カイはレナを背に隠しながら、
「なぜ、こちらがミリーナを追っているのを知っている……」
 とレオナルドを牽制した。

 レオナルドは小さく笑って、
「数日前から、こちらも国内の調査をしているんです。昨日は奇妙な4人組が動いている情報と、僕が収集したミリーナに関する情報に行き先が一致するところがあったから、かまをかけただけですよ」
 と言った。カイは感情の読めないレオナルドの笑顔をじっと観察していた。

「目的が同じなら、聞いても良いか。ミリーナはどこにいるか分かったのか?」
 カイが尋ねている時、遅れていたサラとサーヤが後ろからやってきた。

「どうやら、そちらの皆さんが揃ったみたいですね。実は僕も困っていたんです。相談に来たんですよ」
 レオナルドとカイが話しているのを見つけたサラとサーヤは、すぐ側に馬を停めると、その場で何が起きているのかを知ろうと様子を窺っている。

「ミリーナの居場所はある程度絞れました。でも、僕には彼女を捕らえることはできない。何故だか分かりますか……?」
 レオナルドが、ゆっくりカイとレナに向かって言った。

「呪術か……」
 カイが答えると、レオナルドは頷いた。

「王女殿下は、呪術で空間のはざまに行くすべをご存じですか?」
 レオナルドの言葉に、レナはカイの脇から顔を出して首を振った。

(ちょっ……なんか可愛いの出てきたな)
 レオナルドはその様子を見て少し和みつつも、すぐに表情を切り替え、
「現実の空間に別の空間を再現する術らしいんですが、高位の術師じゃないとその入口に辿り着けないらしいんですよ。で、そこにどうやらミリーナは居るらしい。移動中も姿と気配を消しているから、追うことも出来ないんですよね……」
 と鋭い目を光らせて言った。

 カイは周囲に会話を聞いている人間がいないか一応確認すると、
「そんな術があるとしたら、どうやって見つけられると思う?」
 と自分の後ろに隠れているレナに尋ねる。

「そうね……その場所に行けば、自然に見つけられるんじゃないかしら……。ほら、カイと花火を見た日に行った小川の場所、あそこも恐らく空間のはざまだったような気がするのよ」
 レナがサラリと言った言葉に、その場の全員が固まった。

「以前、空間のはざまに行ったことがあるんですか?」
 レオナルドが驚いて尋ねると、レナは、
「あの時は、カイも一緒にいたわよね。当たり前のように一緒にその空間に入れたけど……そこに行く前に、何か世界が歪んだようになって、空間が広がったのを見たわ。それに気付いたのは、私だけだった?」
 とカイに尋ねながら答える。

「あの場所が……空間のはざまだったのか……? 花火は、実際に外で上がっていたものと同じだったんじゃないのか?」
 カイが記憶を辿って言う。レナの言うような『世界の歪み』に対する記憶は全くなかった。

「多分、空は現実に繋がっていて、あの小川と橋は、誰かの記憶で作られたものなんだと思うの」
 レナが当然のように言ったのを、カイは、
「いや、何のためにだ……?」
 と疑り深い目で見ている。

「あれは、誰かの鎮魂の願いと思い出が、呪術で形になったものかもしれないわね。祈りの、小さな船が小川に流れてきて、私は鎮魂歌を歌ったでしょ……?」
 レナの言葉に、カイは何も言えなくなっていた。

「じゃあ、殿下ならミリーナの作った空間のはざまに入れるってことですね」
 レオナルドは、レナの話を聞きながら不敵な笑みを浮かべていた。

「あなたは、どこにいるか知っているの……?」
 レナは足を踏み入れたばかりの町にミリーナがいるのだろうかと、息を飲んだ。

「まだ、姿を見ていないから分かりませんが……。ここか、この先の村かのどちらかですよ」
 レオナルドは相変わらずの笑顔で言った。

 レオナルドは、ルイスの部下である近衛兵3名と行動を共にしていた。
 一人で捜索するのには範囲が広すぎたため、こっそりルイスの近衛兵をだまして連れて来ていたのだ。

 町中の隅々を歩き、レナが呪術の施された場所が無いことを告げると、またここも空振りだったかとカイはため息をつく。

「まあ、良かったじゃないですか、ハウザー団長。ここに居ないということは、この先の村に居るってことなんですから」
「その情報は確かなんだろうな?」
 カイは、レオナルドの読み切れない表情を見ながら尋ねる。

「確かですよ」
 レオナルドは自信を持って答えた。カイは不審に思いながらも、この間諜が握った情報であれば信憑性が高いのだろうと睨む。

「この先の村は、どの位かかるの?」
 レナがカイに尋ねる。いよいよミリーナと対峙する現実がすぐそばまで迫っていた。

「2時間も走れば到着するだろうな」
 カイが答えると、レオナルドは不思議な顔をして、「ああ2人乗りだからか」と納得した。

「じゃあ、僕もそちらのペースに合わせて走りますね」
 レオナルドはいつもの笑顔でそう言うと、近衛兵たちと最後尾を走ることに決めたらしい。

 サーヤはポテンシアの近衛兵が同行することになったのを不思議に思いながらも、ルイスの関係者だと知って納得したようだった。

 カイとレナがクロノスの背に乗って先導していると、レオナルドは後ろからその様子を観察していた。
 ルイスの婚約者であるレナは、ミリーナの呪いでこのまま放っておくと自我を無くして死に至るらしいが、護衛のカイは至って普通に接しているようだ。

 それどころか、馬上で密着している姿は、ルリアーナ城で見た時の2人よりも随分と親密に見える。

(まあ、ルイス殿下は愛人でも構わないって言っていたけどね)
 レオナルドは、大したことではないなと割り切って、それ以上深く考えることは止めた。
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