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the 29th day 王女殿下と黒髪の騎士
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次の日の朝、宿を出てクロノスの背に乗ったレナは、昨日よりも明らかに元気がなかった。カイはそのことに気付きながらも、特段声を掛けることもしない。夜の間中レナの側にいたカイには、今は何も出来ないことが分かっていたからだ。
カイは時折揺れる騎乗の不安定さに、レナが振り落されないよう、片手でレナを抱え込んで移動している。
ふと、レナの首に何かチェーンのようなものが掛かっているのを見つけ、それがいつかの城下町で自分が買い与えたペンダントだと分かった。
(あの時の……安物だというのに、ずっと身に着けているのか……)
カイは不意に喉の奥が熱くなり、ぐっと抑え込んだ。
レナを抱え込んだ腕に少しだけ力を込めて、気付かれないように前に居るレナの髪にそっと頬で触れる。
レナの体温が伝わってくると、カイは目頭を熱くした。
「カイ、次の町までどの位だったかしら……?」
レナがカイを振り返らずに尋ねたのを、
「今日は少しスピードを上げて行こうと思っているから……3時間程度か……」
と静かにカイは答える。
「そう。ここまでずっと空振りだったから、そろそろ、何か情報が欲しいわね」
まだ3箇所しか訪れていなかったが、1日移動してミリーナの情報は何も得られずにいた。
「そうだな。……ところで、単純な疑問なんだが、自分にかけられた呪いは目に見えないものなのか? 他人の術式は見えるような話をしていたようだったが、どういうことなんだ?」
カイは気になっていたことをレナに尋ねた。
スウに会った時に他人に掛けられた術の術式が目に見えると言っていたレナが、自分に掛けられた呪いのことが全く分からなかったというのが不思議だったのだ。
「自分の姿を自分で見られないのと似ているわね。自分に掛けられたものは、分からないみたい。私の呪いはハオルが最終的に施したと言ってたけど、それがいつだったのかも記憶にないし、自分では全然分からなかったわ」
レナはそう言いながらクロノスの上で密着しているカイに答える。
「不便なもんだな」
カイがそう言ってため息をつくと、レナは、
「さあ、どうかしらね、他人から呪われていることなんて、視えない方が良い気がするけど」
と言って苦笑した。
「視えていたら、自分でどうにかできたかもしれなかったんだろ?」
カイは少し納得できない様子で言う。
「視えていても、どうにもできない事だってあるわよ。この呪いはいくつかの条件が揃ったら発動するような術だったから、打ち消す方法が想像できないわ。我が母ながら、複雑な術を考えたものね」
とレナはまだ会ったこともないミリーナの術師としての厄介さを憂いた。
「なんだか面倒なんだな」
カイは自分の気功術が単純な仕組みで良かったと感謝した。レナの操る呪術は気功に比べて何だか学問的で、難解な仕組みのようだ。
「そうねえ、ある程度の素質があれば、仕組みを勉強するだけで誰でも使えるんだから、あなたの能力と違って色々と配慮すべきことは多いのかもしれないわね」
レナはそう言うとカイの方を振り向く。
「あなたに、お願いがあるのだけれど」
改まってそう言ったレナの目は、強い決心の光を帯びていた。
「ああ、いつも通りに命令してくれれば良いだろう」
カイはいつもの調子で返事をして、レナが何を覚悟したのだろうかとじっと見ていた。
「もし……ミリーナに会えたら……私に遠慮をしないで欲しいの」
「そうか。確かに、これから女王陛下に即位するという王女殿下に強力な呪いをかけたんだから、充分な罪人だしな」
カイは、改まって「私に遠慮をせずに」と加えたレナに、実の母を前にして迷いが生じてしまうのは、仕方のないことだろうと理解する。
「殿下にとって、この世にひとりだけ存在する身内に、手加減なしでやり合うことになるかもしれないぞ」
カイはスウやレナが使っていた呪術を思い出した。自然現象を操る呪術に、カイの気功術だけで対抗するのは難しそうだ。術の発動を遮るような、物理的な攻撃で対抗していかなければならないかもしれない。
「だから、あなたに頼みたいのよ。カイがとった行動であれば、私のためだったと自信を持って割り切れるから」
レナは前を向いたまま、吹っ切れたようにそう言った。
「そうか…………」
カイは、また目頭が熱くなる。
(必ず、救う。救ってみせる)
カイは祈るように、目の前にある金色の髪にそっと唇を当てた。
カイは時折揺れる騎乗の不安定さに、レナが振り落されないよう、片手でレナを抱え込んで移動している。
ふと、レナの首に何かチェーンのようなものが掛かっているのを見つけ、それがいつかの城下町で自分が買い与えたペンダントだと分かった。
(あの時の……安物だというのに、ずっと身に着けているのか……)
カイは不意に喉の奥が熱くなり、ぐっと抑え込んだ。
レナを抱え込んだ腕に少しだけ力を込めて、気付かれないように前に居るレナの髪にそっと頬で触れる。
レナの体温が伝わってくると、カイは目頭を熱くした。
「カイ、次の町までどの位だったかしら……?」
レナがカイを振り返らずに尋ねたのを、
「今日は少しスピードを上げて行こうと思っているから……3時間程度か……」
と静かにカイは答える。
「そう。ここまでずっと空振りだったから、そろそろ、何か情報が欲しいわね」
まだ3箇所しか訪れていなかったが、1日移動してミリーナの情報は何も得られずにいた。
「そうだな。……ところで、単純な疑問なんだが、自分にかけられた呪いは目に見えないものなのか? 他人の術式は見えるような話をしていたようだったが、どういうことなんだ?」
カイは気になっていたことをレナに尋ねた。
スウに会った時に他人に掛けられた術の術式が目に見えると言っていたレナが、自分に掛けられた呪いのことが全く分からなかったというのが不思議だったのだ。
「自分の姿を自分で見られないのと似ているわね。自分に掛けられたものは、分からないみたい。私の呪いはハオルが最終的に施したと言ってたけど、それがいつだったのかも記憶にないし、自分では全然分からなかったわ」
レナはそう言いながらクロノスの上で密着しているカイに答える。
「不便なもんだな」
カイがそう言ってため息をつくと、レナは、
「さあ、どうかしらね、他人から呪われていることなんて、視えない方が良い気がするけど」
と言って苦笑した。
「視えていたら、自分でどうにかできたかもしれなかったんだろ?」
カイは少し納得できない様子で言う。
「視えていても、どうにもできない事だってあるわよ。この呪いはいくつかの条件が揃ったら発動するような術だったから、打ち消す方法が想像できないわ。我が母ながら、複雑な術を考えたものね」
とレナはまだ会ったこともないミリーナの術師としての厄介さを憂いた。
「なんだか面倒なんだな」
カイは自分の気功術が単純な仕組みで良かったと感謝した。レナの操る呪術は気功に比べて何だか学問的で、難解な仕組みのようだ。
「そうねえ、ある程度の素質があれば、仕組みを勉強するだけで誰でも使えるんだから、あなたの能力と違って色々と配慮すべきことは多いのかもしれないわね」
レナはそう言うとカイの方を振り向く。
「あなたに、お願いがあるのだけれど」
改まってそう言ったレナの目は、強い決心の光を帯びていた。
「ああ、いつも通りに命令してくれれば良いだろう」
カイはいつもの調子で返事をして、レナが何を覚悟したのだろうかとじっと見ていた。
「もし……ミリーナに会えたら……私に遠慮をしないで欲しいの」
「そうか。確かに、これから女王陛下に即位するという王女殿下に強力な呪いをかけたんだから、充分な罪人だしな」
カイは、改まって「私に遠慮をせずに」と加えたレナに、実の母を前にして迷いが生じてしまうのは、仕方のないことだろうと理解する。
「殿下にとって、この世にひとりだけ存在する身内に、手加減なしでやり合うことになるかもしれないぞ」
カイはスウやレナが使っていた呪術を思い出した。自然現象を操る呪術に、カイの気功術だけで対抗するのは難しそうだ。術の発動を遮るような、物理的な攻撃で対抗していかなければならないかもしれない。
「だから、あなたに頼みたいのよ。カイがとった行動であれば、私のためだったと自信を持って割り切れるから」
レナは前を向いたまま、吹っ切れたようにそう言った。
「そうか…………」
カイは、また目頭が熱くなる。
(必ず、救う。救ってみせる)
カイは祈るように、目の前にある金色の髪にそっと唇を当てた。
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