アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 23rd day 襲撃

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 フィリップとリオ(レオナルド)はアウグス家で白い法衣に着替えた。収穫祭も正装で人を迎え入れるのが習わしだ。リオは出発前にミリーナに術を掛けられたフィリップがいつも通りの様子なのが不思議だったが、何かをきっかけに異常行動に出るかもしれない。まだ油断は出来ないと、こっそり短剣を身体中に隠し持った。

 いよいよ夕方に近付いてくると、町の飾りも蝋燭で明かりが灯る。華やかな色にお祭りらしい雰囲気が増していくが、リオは何かが起きる予感にじっと耳を澄ましていた。

「フィリップ様、リオ様、折角の収穫祭ですし、お食事はいかがですか?」
 イリアが2人の休む部屋に声を掛けに来たので、フィリップは笑顔でそれを承諾した。
「先輩、あともう少ししたら外に出るんじゃないですか?」
 リオが時間を気にしていると、
「大丈夫だよ、僕たちの出番は外のパレードで歌が一旦終わったところだから」
 とフィリップは言ってダイニングに向かった。

(この白い法衣で食事するんだ。なんかいやだな)
 リオはそう思いながらしぶしぶダイニングに向かう。それでも、他人の家で振舞われる食事を食べるのは嬉しかった。
 収穫祭の日には、野菜を煮込んだスープが必ず振舞われるらしい。リオは優しい味のスープを堪能すると、イリアの仮装が気になった。

「イリアは、何に仮装しているんですか?」
 リオが不思議に思って尋ねると、
「野菜の精よ……」
 と恥ずかしそうにイリアは下を向いた。緑のドレスには、背中に羽が付いている。
「へえ、可愛いね」
 リオが笑顔で褒めたので、イリアはぱっと花が咲いたように喜んだ。

「リオって、そうやって褒めることもあるんだな」
 フィリップが後輩の意外な姿に驚いていると、リオはいつもの癖がつい出てしまったことを反省した。故郷では普通のことが異国では普通でないことはよくあるが、男性が女性を褒める習慣はこの国にはあまりないのだ。

 食事をしている時間は、これから何かが起きるかもしれないとは思えないほど穏やかに過ぎた。
(あの女の呪術に、何がかかっているのか……)

 リオは、フィリップがそのうち何かをきっかけに暴走するのではないかと心配していた。レジスタンスの特徴からして一般人に危害を加えることはなさそうだが、呪術の特性が分からない以上、何に注意するのが良いのかも分からない。食事をしながらそんなことを考えているうちに、家の外が騒がしくなって来た。

「あ、外にパレードが到着したのかしら?」
 イリアが外に出ようとして、ジャンも連れ立って入口に向かって行ったが、
「ちょっと待って!」
 とリオが叫んで2人を止めた。
「ごめん、なんか、悪い予感がするんだ」
 リオが真剣な表情で2人に言うと、2人は不思議そうな顔をしている。
「外に、何か居る」
 リオは2人をその場に留まらせ、気配を消しながらゆっくりと入口に向かう。リオは、外で起きていることがただのパレードの賑やかさとは違うことを知っていた。

(厄介なのが出てるみたいだな)

 白い法衣の中から短剣を2本取り出し両手に構えると、入口の扉に耳を付け、じっと立っている。その様子を見たフィリップが、
「白衣にそのナイフ、君ってやっぱり規格外だね……」
 と言って小さく笑った。リオはそんなフィリップの声などまるで聞こえていないようだ。

 次の瞬間、アウグス家の扉に何か液体が掛かった音がする。
「な、何?」
 イリアが驚いてオロオロしていると、リオは「はー」と息を吐き、
「殺しだよ」
 と言った。その場にいた全員が凍り付くのが分かったが、
「相手は刃物を持っているらしい。狙いはレジスタンスか。正教会か何かが動いたかな」
 と冷静に言ったので、その場にいたイリアは驚き、ジャンは後ずさりし、フィリップは手を組んで祈り出した。その様子をリオは横目で確認すると、まあ仕方ないなと諦めた。

「あーこの法衣、戦いづらいよ」
 リオはそう言って法衣の前を短剣でざっくりと切り裂き、そこから腕を抜いて身体を露出させる。ほかの3人はリオが何をやっているのか全く訳が分かっておらず、リオが法衣を引き裂いたことにただただ驚いていた。

「……来たか」
 リオがそう呟いた瞬間、入口が大きな音を立てて開き、血まみれの兵士らしい男が曲刀を持って現れたが、同時にリオの2本の短剣が男の頭と胸に突き刺さり、追加の一本を身体のどこかから出したらしい最後の攻撃は、見事に男の頸動脈を切り裂いた。
 一瞬の出来事に、何が起きたのかまるで分からない3人は、目の前の光景に目を疑った。白い法衣を紅く染めながら男の頭と胸に刺さった短剣を引き抜くリオの姿が、まるで修道士のそれとは思えない。

 リオは血まみれになった短剣を、割いた白い法衣の裾で拭いた。
「こいつだけじゃないだろうけど、まずは一人片付けた。恐らく今夜はレジスタンスが襲われるようだ。僕は君たちを守るために、ここで籠城さながら戦おうとしてるんだけど……異論は?」
 返り血を浴び真っ赤な血飛沫に身体を染めたリオに尋ねられ、3人は何も言えずに頷くことしかできない。

「そう。そこで反論されても困っちゃうところだけど」
 リオはそう言って開かれた入口をまた閉めると、目の前に倒れている男をゆっくりと観察した。褐色の肌に、黒い髭を蓄えている特徴は東方の国がルーツの戦士なのだろう。

(この国の人間じゃないな……雇われか……)

 国籍や身分など、何か手掛かりが無いか死体の服を脱がせてポケットなどを漁っていると、その様子を見てフィリップが必死に祈りを捧げていた。ポケットに、何か石のようなものが入っていたのでリオは興味深くその石を見る。黒い石は、宝石の一種のようだ。
「それ……連絡を取る時に使う宝石じゃないか?」
 フィリップが祈りの途中でそう言ったので、リオはそれだ、と確信を持った。

「相手は、呪術でこの男に指示を出していたかもしれない。そういう術を使える人間は多いんですか?」
 リオがフィリップに尋ねると、
「ああ……この術は初級中の初級で、石が高価なことを除けば簡単な術なんだ。距離が遠くなると難易度は上がるけど、相手も同じ術を使えれば問題ないし、国内であれば遠くにいてもハッキリと声を届けることは可能だろうね」
 とフィリップが答えた。

「先輩、それ本当ですか……? 遠くにいる人に声を届ける? これがあると、そんなことが可能なんですか?」
 リオがあまりに驚くので、フィリップはそこまで驚かれるとは思わずに、
「ああ、可能だよ。試しにやってあげようか?」
 とリオに返事をした。
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