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the 23rd day 王国の暗部
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アウグス家の入口は、沢山の野菜が飾られていた。今年の当番に決まってから修道士を迎え入れ、パレードに立ち寄った民衆に飲み物を振舞うことになっている。特に長女のイリアは家族の誰よりも張り切っていた。
父親は行商をしているため家を空けていることが多いが、この日は毎年必ず家に帰って来る。今年は父に付いて不在にしていた兄も、久しぶりに帰省することができた。家族で揃って賑やかな日を迎えられるのは、16歳のイリアには大きなイベントなのだ。
家族4人、水入らずの時間を過ごしていると、昼前に修道士が2名連れ立ってやってきた。イリアはその2名を家に上げてもてなした。1人はフィリップ・ガルシエという男で、もう1人はリオ・サントーロという少し細身の男だった。
「今年は、王女殿下が城下町のパレードに参加する予定が無くなったらしいですね」
フィリップが世間話として切り出すと、
「なんでも、私たち『レジスタンス』の信教が王政を否定しているから危険なのではないかと、周りが止めたらしいです」
とイリアの母が苦笑した。とうとう王女に危険な宗教だと認識されたことは、影響力として好むべきか否かは判断しにくいところだ。
「先輩、僕らってそんなに王室に影響力があるんですか?」
リオがフィリップに尋ねると、
「いや、信教はあくまでも庶民の宗教だからね。王室を脅かすほどの影響力はないだろうね」
とフィリップはリオに穏やかに答える。イリアは2人の修道士の様子を見て、自分たち家族がとても良いことをしているのだと胸を張りたくなった。今年は何か良いことがあるかもしれないと期待が膨らむ。
「正教会の集団は、最近過激派になりつつあるって小耳にはさんだけどな」
イリアの兄、ジャンが口を挟むと、
「正教会は、昔から王家と組んで粛清と言っては暗殺を正当化していた集団だからね」
とイリアの母はウンザリとしていた。
「あちらの『先導士』は姿を現すのかなあ……」
リオが独り言のように呟くと、
「あら、リオは知らないのね。今、先導士は正教会にはいないのよ。昔、先導士候補だった方が、あの『ミリーナ・トゥルノン』様だから」
とイリアの母が言ったので、リオは思わず目を見開いた。
(あの、レジスタンスにいる呪術師の女が、昔は先導士候補だった……?)
「正教会は先導士を失って、今は風前の灯なんじゃないかしら。ミリーナ様がレジスタンスを大きくしたんだから、やはり腕の良い呪術師様の力は偉大よね」
イリアの母はそう言って2人にお茶を出すとキッチンの方へ消えていった。
(繋がった……。正教会が囲おうとした呪術師があの女で、逃げたあの女の力でレジスタンスの信教が大きくなった……正教会は先導士を失って、勢いを無くしたのか)
「なあ、リオ」
先輩修道士のフィリップが不思議そうにリオを見ている。
「はい、何でしょう?」
リオはフィリップに愛想笑いを浮かべたが、
「なんで、修道士になるくらいなのに、ミリーナ様の事に関してそんなに疎いんだ?」
と尋ねられ、一瞬答えに困る。確かに、信者ですら知っていることを修道士になった身で知らないのは情報に疎すぎると言わざるを得ない。リオは自分の素性を疑われないよう言い訳を咄嗟に考える。
「いや、僕、田舎育ちですし……そういう話を聞くことが無かったんです。案外、僕って世間知らずだったんですね」
リオは苦し紛れにそう言って笑った。
「そうかあ……。今後に支障が出るかもしれないから言っておくと、ミリーナ様は先導士にされるために正教会に拉致された少女だったんだよ。本人の意志に関係なく監禁されて呪術を教え込まれ、先王に、凌辱されて……そんな地獄から逃げてきたから王家をとても恨んでいる」
フィリップの言葉に、リオは思いがけない情報を得てしまったと心の中で喜びに震えた。
(あの女の過去が、そんな暗部と繋がっていたのか)
「先王は、そんなひどい人だったんですね、王妃様がいたのに」
リオが自分の心の中を晒さないように世間話に努めると、
「いや、先王だけじゃないんだって。ルリアーナ王家は代々そうやって先導士を作って政治を行ってたんだよ。だから、ミリーナ様はそれを終わらせたいと思っているんだ」
とフィリップが言ったので、リオは、
「うわあ……最悪ですね、ルリアーナ王家って」
と嫌悪感を隠すことなく言う。これは本心からの反応だった。
「そういう犠牲を作って来たから、あの王家と宗教は無くなって当然なんだよ」
フィリップは自信を持ってリオに言った。レジスタンスが王政を否定していたのは、そんな歴史があったからなのだとリオは初めて知る。
「でも、今のルリアーナ王女はどうなんですか? 先導士は居ないって……」
「まあ、ルリアーナ王家といいつつ、たったひとり生き残ったのはミリーナ様の娘だからな。そのうちミリーナ様が精神を乗っ取る日も来るなんて言われているよ。実質レジスタンスみたいなもんじゃないか?」
フィリップが何の疑問も持たずに口にしたので、リオは動揺しているのを悟られないよう、表情を動かさずに、
「ああ、そういうことなんですね……」
と言って笑った。まさかここまで重大な話を聞くことになるとは思わず、この情報をどんな形で誰に渡そうか、頭の中でいくつかのシミュレーションをしていた。
父親は行商をしているため家を空けていることが多いが、この日は毎年必ず家に帰って来る。今年は父に付いて不在にしていた兄も、久しぶりに帰省することができた。家族で揃って賑やかな日を迎えられるのは、16歳のイリアには大きなイベントなのだ。
家族4人、水入らずの時間を過ごしていると、昼前に修道士が2名連れ立ってやってきた。イリアはその2名を家に上げてもてなした。1人はフィリップ・ガルシエという男で、もう1人はリオ・サントーロという少し細身の男だった。
「今年は、王女殿下が城下町のパレードに参加する予定が無くなったらしいですね」
フィリップが世間話として切り出すと、
「なんでも、私たち『レジスタンス』の信教が王政を否定しているから危険なのではないかと、周りが止めたらしいです」
とイリアの母が苦笑した。とうとう王女に危険な宗教だと認識されたことは、影響力として好むべきか否かは判断しにくいところだ。
「先輩、僕らってそんなに王室に影響力があるんですか?」
リオがフィリップに尋ねると、
「いや、信教はあくまでも庶民の宗教だからね。王室を脅かすほどの影響力はないだろうね」
とフィリップはリオに穏やかに答える。イリアは2人の修道士の様子を見て、自分たち家族がとても良いことをしているのだと胸を張りたくなった。今年は何か良いことがあるかもしれないと期待が膨らむ。
「正教会の集団は、最近過激派になりつつあるって小耳にはさんだけどな」
イリアの兄、ジャンが口を挟むと、
「正教会は、昔から王家と組んで粛清と言っては暗殺を正当化していた集団だからね」
とイリアの母はウンザリとしていた。
「あちらの『先導士』は姿を現すのかなあ……」
リオが独り言のように呟くと、
「あら、リオは知らないのね。今、先導士は正教会にはいないのよ。昔、先導士候補だった方が、あの『ミリーナ・トゥルノン』様だから」
とイリアの母が言ったので、リオは思わず目を見開いた。
(あの、レジスタンスにいる呪術師の女が、昔は先導士候補だった……?)
「正教会は先導士を失って、今は風前の灯なんじゃないかしら。ミリーナ様がレジスタンスを大きくしたんだから、やはり腕の良い呪術師様の力は偉大よね」
イリアの母はそう言って2人にお茶を出すとキッチンの方へ消えていった。
(繋がった……。正教会が囲おうとした呪術師があの女で、逃げたあの女の力でレジスタンスの信教が大きくなった……正教会は先導士を失って、勢いを無くしたのか)
「なあ、リオ」
先輩修道士のフィリップが不思議そうにリオを見ている。
「はい、何でしょう?」
リオはフィリップに愛想笑いを浮かべたが、
「なんで、修道士になるくらいなのに、ミリーナ様の事に関してそんなに疎いんだ?」
と尋ねられ、一瞬答えに困る。確かに、信者ですら知っていることを修道士になった身で知らないのは情報に疎すぎると言わざるを得ない。リオは自分の素性を疑われないよう言い訳を咄嗟に考える。
「いや、僕、田舎育ちですし……そういう話を聞くことが無かったんです。案外、僕って世間知らずだったんですね」
リオは苦し紛れにそう言って笑った。
「そうかあ……。今後に支障が出るかもしれないから言っておくと、ミリーナ様は先導士にされるために正教会に拉致された少女だったんだよ。本人の意志に関係なく監禁されて呪術を教え込まれ、先王に、凌辱されて……そんな地獄から逃げてきたから王家をとても恨んでいる」
フィリップの言葉に、リオは思いがけない情報を得てしまったと心の中で喜びに震えた。
(あの女の過去が、そんな暗部と繋がっていたのか)
「先王は、そんなひどい人だったんですね、王妃様がいたのに」
リオが自分の心の中を晒さないように世間話に努めると、
「いや、先王だけじゃないんだって。ルリアーナ王家は代々そうやって先導士を作って政治を行ってたんだよ。だから、ミリーナ様はそれを終わらせたいと思っているんだ」
とフィリップが言ったので、リオは、
「うわあ……最悪ですね、ルリアーナ王家って」
と嫌悪感を隠すことなく言う。これは本心からの反応だった。
「そういう犠牲を作って来たから、あの王家と宗教は無くなって当然なんだよ」
フィリップは自信を持ってリオに言った。レジスタンスが王政を否定していたのは、そんな歴史があったからなのだとリオは初めて知る。
「でも、今のルリアーナ王女はどうなんですか? 先導士は居ないって……」
「まあ、ルリアーナ王家といいつつ、たったひとり生き残ったのはミリーナ様の娘だからな。そのうちミリーナ様が精神を乗っ取る日も来るなんて言われているよ。実質レジスタンスみたいなもんじゃないか?」
フィリップが何の疑問も持たずに口にしたので、リオは動揺しているのを悟られないよう、表情を動かさずに、
「ああ、そういうことなんですね……」
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