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the 22nd day 王女の憂鬱
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「昼食の時間しか、ゆっくり話す時間が取れなかったの。カイは同席してもらうといつも上席を嫌がるけれど、今日はちゃんと座っているのね」
その日の昼食、ハウザー騎士団のメンバーはレナの自室にいた。レナは4人の護衛の前に姿を現すと、楽しそうにカイの前に座る。
「この4人で並ぶ以上、上司が上席に座るのは当たり前だろう。殿下に食事をもてなされるのにも、大分慣れてきた」
カイはハオルの給仕を受けながら、相変わらずのレナに向き合っている。態度は決して丁寧とはいえないが、最初の頃に比べると表情が豊かになっていた。
「明日になる前に、話しておきたいことがいくつかあったのよ。残念ながら時間を別途で取ることが難しそうなので、昼食を囲みながら共有できたらと思って」
レナが4人に向かってそう言うと、改めて何の話なのかと4人はレナをじっと見た。
「明日、この国で収穫祭が行われることになっているのは、ご存じ?」
テーブルに前菜が運ばれ始めている中、会話が始まった。
「いや、初耳だな」
カイが返事をする。シン、ロキ、サラの3人も首を振って知らないと伝えた。
「収穫祭は、その年の豊穣を祝うお祭りで、この国では特に重要な行事なの。毎年、私も馬車で駆け付けたりしていたんだけど……今年は脅迫状やルイス様とのことで国民感情がまだ分からないから、出ない方が良いと言われていて、悩んでいるところよ」
レナは苦笑しながら前菜のテリーヌをナイフで切り始めていた。
「まあ、間違いなく出ない方が良いだろうな」
カイはそう言い切ると、
「城の中であれば、護衛もこの人数で納得できるが……外を練り歩くとなると、距離にもよるがこの10倍は護衛の数も必要だ。そのための事前訓練も要る。今迄は何も起こらなかったのかもしれないが、何か起こる可能性がある以上、あえて危険を冒すようなことはしないことだ」
と釘を刺すように言って炭酸水をぐっと飲んだ。
「まあ、そうよねえ……」
レナはとりあえず納得しているようだ。カイはこれで解決したかと胸をなでおろし、食事を始める。
「収穫祭の時はね、各教会が中心になって市民に向けた祈りの行事を行うのよ」
レナの言葉に、シンとロキは、教会と聞いてハッとした。
「教会が、動くんですか」
シンは国内を歩いて知った2つの宗教と教会の性質を思い出す。ようやく教会の活動が見られるのかもしれない。レジスタンスと呼ばれるルリアーナ信教は、市民のためにどんな祈りを捧げるのだろうか。
「お前ら、どう思う?」
カイは、実際の足で教会を見てきたシンとロキに尋ねた。
「争っている2つの教会が同時に収穫祭で何をするのか、気になりますね」
「呪術師が動くのであれば、何か起きると考えた方が自然かと……」
2人はこれまで国内を回って、2つの宗教を思い出しながら、得体の知れないものを感じ取っていた。サラも、
「お祭りの騒ぎにかこつけて、何かしようっていうんじゃないかしら」
と心配になっている。
レナはふうっとため息をつきながら、
「このタイミングで、宗教問題もあるのよね。私は、国の重要な行事に王女が出ないってことがどう捉えられるのか、割と心配しているのだけど……」
と複雑な表情で持っていたフォークを置いた。
「公務も分かりますが、身の安全あってこそではないですか」
ロキが迷っている様子のレナをまっすぐ見つめながら言う。
「まあ、ロキの言う通りだな」
カイも食事を堪能しながら言うと、サラも大きく頷いていた。
「そうね……これまでの流れを考えたら、仕方がないわね」
レナは自分に言い聞かせるように、収穫祭への参加を諦めることにした。
「ところで、そのお祭りはどんなことをするんですか?」
サラが気になってレナに尋ねる。
「一般家庭では、野菜を使って作った飾り物を玄関や窓辺に飾るんだけど、それぞれランタンを持ってパレードをして、麦を撒きながら豊穣の神様に祈りと感謝を捧げるの。教会はその途中にある最寄り所のような役割をしていて、休憩をさせたり、一緒に祈ったり、歌ったりする場所になっているわ」
「パレードの時に仮装をすることも多くて、姿を隠した男女がこっそり会うようなイベントにもなっているとか……」
シンがレナの話に付け加えると、
「それ、初めて聞いた気が……?」
とロキは驚いていた。
「ああ、別に関係ない情報だと思っていたから共有していなかったんですけど、前にお忍びのデートコースを作っていた時にそういえばそんな話をしている人がいたのを思い出して……。ただ、みんなが仮装をしているのが普通な状況、それなりに危険な感じがするんですよね」
シンは改めて収穫祭というイベントが犯罪の隠れ蓑になりそうな嫌な予感がしていた。
「何も起きなければ、という考えは改めておこう。出席を決めた場合、明日は必ず何かが起こる」
カイはその場で言い切った。
自室に戻ったレナは、カイを護衛に付けながら書類に目を通している。
「こんな状況じゃなければ、収穫祭のパレードに紛れてみたかったわ」
「この期に及んでまだ言うのか」
カイはレナの独り言に思わず反応すると、殆ど城から出ずに一日を過ごしている王女の気持ちも分からなくはない気がしていた。
「仮装か……。楽しそう」
レナがポツリと呟いて遠くを見ている。
「仮装など、大して良いものでもないと思うがな。上流階級の浮かれたパーティでも仮装のものはあるんじゃないか……。勧めたくはないが、まだそういったものに参加する方がマシだろう」
カイはなだめるように言うと、もうすぐレナ宛に来るはずの官僚がそろそろ到着する頃だろうかと気にし始めた。
「上流階級のパーティなんて下らないものに興味はないわよ。庶民のささやかな楽しみだからこそ、素敵なんじゃないの」
レナがそう言ってため息をつきながら書類にサインをしていると、
「庶民のささやかな楽しみ、か。庶民を知らない王女の勝手な妄想だな」
とカイが全てを見通したように言ったので、レナはペンを置いてカイを睨む。
「知らないからこそ、興味があるのよ。あなたに分かってもらおうなんて思っていないけど、馬鹿にされる覚えもないわ」
レナが普段よりも感情的になって怒っていたので、カイは何がそんなに気に入らないのだろうと少し不思議に思った。
「収穫祭のようなイベントでなければ、また城下町を歩けばいい。前回のパートナーは俺だったが、別に誰を付けて歩いてもいいんだ」
カイは落ち込んでいるレナに声を掛けると、そろそろ時間だろうと言ってレナを応接に向かわせた。
レナは、感情的になってしまったことで何も言えなくなっている。お忍びで城下町に行けるのであればそれはとても嬉しいことで、本来なら飛び上がって喜びたい提案だったはずだ。
「相変わらず、至らない王女ね」
レナは、応接に向かう途中の廊下でカイに言った。
「今更何を気にしているのか分からないが、殿下は俺の雇用主だ。そんなことを気にする必要はない」
カイは振り返ることもなく、
「至らないのは、こちらも同じだ」
と付け加え、そのまま歩いていく。
「カイ……ごめんなさい。あと……ありがとう」
レナは、大きなカイの身体に隠れるように歩きながら、我儘な自分に向き合ってくれる目の前の護衛に感謝していた。
「殿下は感情的に怒る割に、そうやってしおらしくなるんだな」
カイがからかうように言う。
「呆れてるんでしょ……いいわよ」
レナは口を尖らせて少し拗ねた。
「呆れるもなにも、とっくに慣れたがな」
カイはそう言って前を向いたままニヤリと笑う。レナはそのカイの後ろ姿を睨んでから、すぐに顔をほころばせた。
その日の昼食、ハウザー騎士団のメンバーはレナの自室にいた。レナは4人の護衛の前に姿を現すと、楽しそうにカイの前に座る。
「この4人で並ぶ以上、上司が上席に座るのは当たり前だろう。殿下に食事をもてなされるのにも、大分慣れてきた」
カイはハオルの給仕を受けながら、相変わらずのレナに向き合っている。態度は決して丁寧とはいえないが、最初の頃に比べると表情が豊かになっていた。
「明日になる前に、話しておきたいことがいくつかあったのよ。残念ながら時間を別途で取ることが難しそうなので、昼食を囲みながら共有できたらと思って」
レナが4人に向かってそう言うと、改めて何の話なのかと4人はレナをじっと見た。
「明日、この国で収穫祭が行われることになっているのは、ご存じ?」
テーブルに前菜が運ばれ始めている中、会話が始まった。
「いや、初耳だな」
カイが返事をする。シン、ロキ、サラの3人も首を振って知らないと伝えた。
「収穫祭は、その年の豊穣を祝うお祭りで、この国では特に重要な行事なの。毎年、私も馬車で駆け付けたりしていたんだけど……今年は脅迫状やルイス様とのことで国民感情がまだ分からないから、出ない方が良いと言われていて、悩んでいるところよ」
レナは苦笑しながら前菜のテリーヌをナイフで切り始めていた。
「まあ、間違いなく出ない方が良いだろうな」
カイはそう言い切ると、
「城の中であれば、護衛もこの人数で納得できるが……外を練り歩くとなると、距離にもよるがこの10倍は護衛の数も必要だ。そのための事前訓練も要る。今迄は何も起こらなかったのかもしれないが、何か起こる可能性がある以上、あえて危険を冒すようなことはしないことだ」
と釘を刺すように言って炭酸水をぐっと飲んだ。
「まあ、そうよねえ……」
レナはとりあえず納得しているようだ。カイはこれで解決したかと胸をなでおろし、食事を始める。
「収穫祭の時はね、各教会が中心になって市民に向けた祈りの行事を行うのよ」
レナの言葉に、シンとロキは、教会と聞いてハッとした。
「教会が、動くんですか」
シンは国内を歩いて知った2つの宗教と教会の性質を思い出す。ようやく教会の活動が見られるのかもしれない。レジスタンスと呼ばれるルリアーナ信教は、市民のためにどんな祈りを捧げるのだろうか。
「お前ら、どう思う?」
カイは、実際の足で教会を見てきたシンとロキに尋ねた。
「争っている2つの教会が同時に収穫祭で何をするのか、気になりますね」
「呪術師が動くのであれば、何か起きると考えた方が自然かと……」
2人はこれまで国内を回って、2つの宗教を思い出しながら、得体の知れないものを感じ取っていた。サラも、
「お祭りの騒ぎにかこつけて、何かしようっていうんじゃないかしら」
と心配になっている。
レナはふうっとため息をつきながら、
「このタイミングで、宗教問題もあるのよね。私は、国の重要な行事に王女が出ないってことがどう捉えられるのか、割と心配しているのだけど……」
と複雑な表情で持っていたフォークを置いた。
「公務も分かりますが、身の安全あってこそではないですか」
ロキが迷っている様子のレナをまっすぐ見つめながら言う。
「まあ、ロキの言う通りだな」
カイも食事を堪能しながら言うと、サラも大きく頷いていた。
「そうね……これまでの流れを考えたら、仕方がないわね」
レナは自分に言い聞かせるように、収穫祭への参加を諦めることにした。
「ところで、そのお祭りはどんなことをするんですか?」
サラが気になってレナに尋ねる。
「一般家庭では、野菜を使って作った飾り物を玄関や窓辺に飾るんだけど、それぞれランタンを持ってパレードをして、麦を撒きながら豊穣の神様に祈りと感謝を捧げるの。教会はその途中にある最寄り所のような役割をしていて、休憩をさせたり、一緒に祈ったり、歌ったりする場所になっているわ」
「パレードの時に仮装をすることも多くて、姿を隠した男女がこっそり会うようなイベントにもなっているとか……」
シンがレナの話に付け加えると、
「それ、初めて聞いた気が……?」
とロキは驚いていた。
「ああ、別に関係ない情報だと思っていたから共有していなかったんですけど、前にお忍びのデートコースを作っていた時にそういえばそんな話をしている人がいたのを思い出して……。ただ、みんなが仮装をしているのが普通な状況、それなりに危険な感じがするんですよね」
シンは改めて収穫祭というイベントが犯罪の隠れ蓑になりそうな嫌な予感がしていた。
「何も起きなければ、という考えは改めておこう。出席を決めた場合、明日は必ず何かが起こる」
カイはその場で言い切った。
自室に戻ったレナは、カイを護衛に付けながら書類に目を通している。
「こんな状況じゃなければ、収穫祭のパレードに紛れてみたかったわ」
「この期に及んでまだ言うのか」
カイはレナの独り言に思わず反応すると、殆ど城から出ずに一日を過ごしている王女の気持ちも分からなくはない気がしていた。
「仮装か……。楽しそう」
レナがポツリと呟いて遠くを見ている。
「仮装など、大して良いものでもないと思うがな。上流階級の浮かれたパーティでも仮装のものはあるんじゃないか……。勧めたくはないが、まだそういったものに参加する方がマシだろう」
カイはなだめるように言うと、もうすぐレナ宛に来るはずの官僚がそろそろ到着する頃だろうかと気にし始めた。
「上流階級のパーティなんて下らないものに興味はないわよ。庶民のささやかな楽しみだからこそ、素敵なんじゃないの」
レナがそう言ってため息をつきながら書類にサインをしていると、
「庶民のささやかな楽しみ、か。庶民を知らない王女の勝手な妄想だな」
とカイが全てを見通したように言ったので、レナはペンを置いてカイを睨む。
「知らないからこそ、興味があるのよ。あなたに分かってもらおうなんて思っていないけど、馬鹿にされる覚えもないわ」
レナが普段よりも感情的になって怒っていたので、カイは何がそんなに気に入らないのだろうと少し不思議に思った。
「収穫祭のようなイベントでなければ、また城下町を歩けばいい。前回のパートナーは俺だったが、別に誰を付けて歩いてもいいんだ」
カイは落ち込んでいるレナに声を掛けると、そろそろ時間だろうと言ってレナを応接に向かわせた。
レナは、感情的になってしまったことで何も言えなくなっている。お忍びで城下町に行けるのであればそれはとても嬉しいことで、本来なら飛び上がって喜びたい提案だったはずだ。
「相変わらず、至らない王女ね」
レナは、応接に向かう途中の廊下でカイに言った。
「今更何を気にしているのか分からないが、殿下は俺の雇用主だ。そんなことを気にする必要はない」
カイは振り返ることもなく、
「至らないのは、こちらも同じだ」
と付け加え、そのまま歩いていく。
「カイ……ごめんなさい。あと……ありがとう」
レナは、大きなカイの身体に隠れるように歩きながら、我儘な自分に向き合ってくれる目の前の護衛に感謝していた。
「殿下は感情的に怒る割に、そうやってしおらしくなるんだな」
カイがからかうように言う。
「呆れてるんでしょ……いいわよ」
レナは口を尖らせて少し拗ねた。
「呆れるもなにも、とっくに慣れたがな」
カイはそう言って前を向いたままニヤリと笑う。レナはそのカイの後ろ姿を睨んでから、すぐに顔をほころばせた。
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