アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 21st night 王女の苦悩

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 1日の終わりに、レナは落ち込んでいた。ルイスと過ごした1日は、レナにとってまるで仕事のようだった。それも、全く上手くできていなかったと反省する点がたくさんある。
 ふと外を見ると、月が明るい光を放っている。いつもより明るい夜だなとレナはベランダに出た。

 外は肌寒く、風が吹く度に冷たい風が頬を刺激する。身体がすっかり冷えると、部屋に戻ってカーディガンを羽織った。隣にいる護衛は誰だろうか。レナは話し相手を求めていた。

「今、そこにいるのは誰?」
 レナが扉に向かって声を掛けると、
「眠れないんですか?」
 とロキの声がしてレナはドキッとした。相手の気持ちを知っている以上、ロキに2人きりで会うことは控えた方が良い気がして、やはり今日は大人しく部屋に居ようと思い直す。

「ルイス殿下のことなら、聞きますよ」
 扉の向こうで不意に言われた言葉に、レナは驚いて扉を開けた。
「……本当……?」
 少し伏し目がちに、レナはロキの前に現れると、ロキは笑顔で立っている。
「やだなあ、もっと気軽に利用して下さいよ」
 ロキのいつもの口調に、レナは吐き出したかった気持ちが溢れた。

「全然ダメだったの。これからの運命を受け入れて行動したはずなのに、上手くできなかった」
 レナが思いつめたように言う。

「でも、それが、王女としての役目だと分かって、前に進もうとしてるじゃないですか」
 ロキにそう声を掛けられても、レナは首を振った。
「分かっていることが、こんなにも上手くできないのね」
 レナは、ひたすら自分に失望した。

「少し、昔の話をしてもいいですか……」
 ロキは、レナをソファに座らせると、自分はテーブルの席に着く。ロキはそのままゆっくりと話し始めた。

「9年前、リブニケ王国で内戦があったんです。平民にまで事情は伝わってこなかったけど、おおかた、貴族同士の領地争いか、王族同士の権力争いだったんだろうな。関係ない平民が徴兵されて、平民同士が朝から晩まで争っていたんです」
 暗い部屋でされるロキの話に、レナは、
「ひどい話ね……」
 と怒ったように言った。

「そう思ってくれる王族は珍しいんですよ。大抵、どの国でも起きているのはそんなのばっかりだ。自分の立場を有利にしたいお上の意志が働いて、簡単に略奪の計画を立てて、関係ない人間同士が争って、戦争がきっかけで本当に憎み合うようになる」
 当たり前のようにレナが怒ったことで、ロキは、やはりこの王女は自分の知っている王族とは違うのだと嬉しくなった。

「俺は家を逃げ出した後で、小さな町の地下組織で情報屋をやっていて。リブニケという国は王や領主のきまぐれでしょっちゅう決まりごとが変わる政治をやっていたから、新しい情報を常に持っていないとすぐに法律違反でつかまることになる。戦時中だったから、特に需要があったんです」
 ロキの話は、まるで小説の中のようで、レナは現実とは思えない話に目を輝かせていた。

「あなたが、新しく正しい情報をみんなに広めていたの……?」
 ロキは頷いて、
「今思えば、随分危険なことをしてました。リブニケの平民は文字が読めないことが普通だったから、伯爵家育ちで文字や難しい単語が分かる俺は重宝されて」
 そう言うと、服の袖をまくって、左腕にある一本筋の大きな傷を見せた。
「この傷は、そんな情報屋をやっていた時に作った傷」
 レナは、初めて目にするロキの古傷に、心が痛む。

「切られたの……?」
「拷問されてね」
 予想外の答えが返ってきたのでレナは言葉を失った。

「情報を掴んだと思ったら、まんまと罠で。領主に雇われていた末端の人間が、趣味でまだ少年の俺を拷問して楽しんだ。何で正しい情報を広める俺を拷問するんだ、って話。結局ただ踊らされていたんです」
 ロキがそう言いながらまくった袖を元に戻す。

「戦争も、領主は自分の命までは取られないと、混乱の中で人々を苦しめて、法律を気分で変えて、まるでゲームのように人を処罰して……。だから、貴族や権力者なんか滅んでしまえと思って生きてきた。この傷を見る度に、許せないという気持ちが沸いて、いつからか怒りが俺の原動力になりました」

 レナは、目の前の青年が生きてきた過去に、自分の想像を絶する絶望があったのだと知った。

「いたずらに人の命や人生を奪う権力者はいくらでもいるのに、殿下は大勢の人間の、それも全く知らない平民たちの人生を護るためにルイス殿下との婚姻を選んだ。俺は、あなたを誇らしく思います」
 ロキは、そう言って穏やかに笑った。

「……でも、ちゃんと理解したつもりでも、感情がなかなか追いつかないの。諦めたはずの気持ちが、どこかでくすぶっているような気がして、絶望しそうになるわ」
 レナはそう言って、自分の中にあった気持ちを整理した。

「感情を持った一人の女性なのに、自分の気持ちを優先できないのは、辛いんじゃないですか?」
 ロキはそう言って、レナをまっすぐ見た。
「多分……そういうことなんでしょうね」
 レナは苦笑しながら、自分の気持ちと向き合った。自分がずっと一緒に居たいと思える人は、運命の相手として選んだあの王子ではない。

「……ありがとう。解決はしないけど、自分の気持ちが分かったわ。ロキと話せて良かった」
 レナはそう言ってロキにお礼を言うと、部屋に帰ることにする。立ち上がって、いつかの夜とは違う笑顔を交わして部屋に戻って行った。

(あの王子には……ちゃんと殿下を幸せにしてもらわなきゃ……納得いかないよ)
 ロキは、レナの後ろ姿を見届けると、ルイスにこれからレナを託すしかない自分の無力さに静かに拳を握った。
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