アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 20th day 現実逃避

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 午後に公務を終え部屋に戻ったレナは、侍女から嬉しそうに書簡を渡された。
「早速、ルイス様から届いておりますよ」
 それは、珍しい厚地の上質紙に鷹のエンボスが入った美しい封筒だった。机に向かうとルイスの名前がサインされているのを確認して、レナはペーパーナイフで封を開く。

(そういえば、庭木のことなんかを手紙に書いたんだったわ……)
 どんな内容が戻ってきたのだろうと、レナは恐る恐る開いたが、最初の書き出しに、
『愛するルリアーナ王女、レナ様』
 という文字が躍っているのを目に入れると、一度便箋を折り畳んで手紙を読むのを中断した。

(何で、こうなのかしら、あの方は……)
 その先を読むのが怖くなったが、明日会うことになっているのにそんな弱気でどうするのだと気を取り直す。

『まさか、私の屋敷の、それも庭のことを聞かれるとは思っていなかったので驚きました。
 レナ王女は、リラの木をご存じですか? 国が違うと呼び方も違いますので、ルリアーナではライラックと呼ぶのかもしれません。あなたを木に例えるのであれば、きっとリラのような可愛らしい木ですね。例え剪定が済んでいようと済んでいまいと、リラの木の咲かせる花の魅力的な姿や香りが隠せないように、整えた姿が付け焼刃の偽りの姿なのか、そうでないのかくらいは私にも分かるつもりです。あなたの魅力は他人の手によって整えられていようといまいと、変わらないのでしょう。』

(ライラックの木……小さな花をたくさん付ける木ね。相変わらず、誉め言葉を堂々と述べる方だわ)

 庭木の話を書いただけでここまで話を膨らませられるとは、教養が違うのはやはり王子様だと感心した。
 レナは返事の書きにくい手紙を書いたつもりでいたが、ルイスはまるで日常会話のように、そして当たり前のようにレナへの気持ちを綴って寄越してきた。

 これまで会ってきた見合い相手の誰よりも、ルイスはしっかりとレナに向き合ってくれている。恐らく国内の問題や政治に関することなども、ルイスほど頼れるパートナーはこの先見つからないだろう。それが分かっているからこそ、レナは感情に流されずに判断をしようと決めた。

(どうして、こんなにも他人事のように言葉が通過していくのかしらね……)

 レナは手紙を置くと、両手で顔を覆ったあと、机の上に突っ伏して木のヒヤリとした感触に顔を当てた。

(愛する……)

 ルイスの書き出しに、愛とは具体的にどういうものなのだろうと、レナは混乱した。
 机の上に無造作に置かれた手紙は、美しく、非の打ち所がない。ルイスの名前が書かれた封筒をじっと見つめながら、自分の運命はこれまで望んだ恋や愛などとは切り離されて進んで行くのだろうと、漠然と理解している。

 このままルイスとの話を進めて結婚することや、女王として生きていく未来を、レナは全く描けずにいた。
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