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the 19th day 王子とリラの木

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 ルイスは2通の書簡を受け取り、1通は適当に指で封筒を開くと一気に読んですぐに脇に置いた。

(ブラッド、随分楽しんでいるようじゃないか)
 部下からの報告内容がいつになく楽しそうな雰囲気だったのを感じ取り、ルイスは複雑な気分だった。ルリアーナで上手くやっているらしいのは良かったが、どこか浮かれている様子が気になる。

 そして、2通目の封筒を丁寧にペーパーナイフで開いた。鷹の刻印が美しい封筒を、なるべく傷つけないように慎重に開いた。
『隣国ポテンシアの第四王子、ルイス様』
 最初の宛名を見て、まずぎょっとした。これまでのやり取りですら、『親愛なる』が付いていたレナの手紙とは思えない宛名の印象だ。

『突然ですが、ルイス様のお屋敷にはどんなお庭がありますか?』
 次に書かれた一文で日常会話のような書き出しになり、ルイスは更に驚いた。手紙を持ったまま椅子から立ち上がり、部屋の窓辺まで歩いていく。
(庭……か。最近、気にすることも減っていたかもしれないな)

 窓の外には、整った庭木がまるで作り物のように整列していた。当たり前のように手入れされた庭は、ルイスが特に指示をしなくても屋敷の使用人たちが整えている。ルイスは、まさか庭のことを話題に出されるとは……と少し笑ってレナの文に視線を戻す。

『ルリアーナ城では、庭木の剪定を巡ってバトラーが頭を抱えていました。近頃、庭木のうちの数本が荒れることがあり、ルイス様が来る前に整えることができるかを気にしています。』
(ふうん……。これは、私が城に行ったときに、庭木が荒れていても事情があるということを暗に言いたいのだろうか。まさか、一国の王女が庭木のことで手紙をわざわざ寄越すとは思えないが……)
 興味深い内容に、ルイスは引き込まれていく。

『私は、生まれてからずっと、整って見えることを意識するように教育されてきた気がします。そのせいか、荒れた木を見た時に、私も周りの人たちが居なければ本当はあんな様子なのかもしれないと思ったのです。おかしなことを手紙にしたためる王女だとお思いかもしれませんが、ルイス様が見た私は恐らく剪定が済んだばかりの姿で、本当は私には何もありません。』
 そこまで読むと、ルイスはレナの姿を思い出して、
「剪定が済んだばかりの木か、面白い表現だね。あなたが何もない存在ではないというのは、どうやったら分かってもらえるかな」
 と反論の手紙を書かなければなと笑った。

(そうか、彼女は、私が彼女を誤解して勝手に惹かれているのだろうと言いたいのか。突き放すような書き出しがそこまでの意味を持つものなのか分からないが、少なくとも、今迄のような表面的なやり取りはやめようということなんだろう)

 ルイスは、楽しそうにペンを持った。次にレナに会う前に、返事が届くようにしておきたい。明日にはルリアーナに向けて出発する予定だったので、早速返事を書くことにした。

『愛するルリアーナ王女、レナ様』
 ルイスは、レナの宛名とは対照的な書き方を選んだ。

『まさか、私の屋敷の、それも庭のことを聞かれるとは思っていなかったので驚きました。そういえば、私は何度もそちらにうかがっていますが、あなたは私の屋敷を知らなかったのだと、そんな当たり前のことに気付きます。
 レナ王女は、リラの木をご存じですか?国が違うと呼び方も違いますので、ルリアーナではライラックと呼ぶのかもしれません。あなたを木に例えるのであれば、きっとリラのような可愛らしい木ですね。例え剪定が済んでいようと済んでいまいと、リラの木の咲かせる花の魅力的な姿や香りが隠せないように、整えた姿が付け焼刃の偽りの姿なのか、そうでないのかくらいは私にも分かるつもりです。あなたの魅力は他人の手によって整えられていようといまいと、変わらないのでしょう。』

『折角なので、是非、庭を一緒に散歩しませんか。
 どんな庭で、どんな木が荒れていたのか、興味が沸いてきました。私は、植物のことには割と詳しいのですよ。』

 ルイスの手紙は、そこで自分の名前を書いて終えた。王女への想いは、焦らずに伝えて行けば良い。ルイスは使用人を呼びつけると、書簡を託す。封をして速達で送る手配をするまでも、ルイスは使用人に任せていた。

 庭に視線をやると、小ぶりなリラの木が見える。リラは、ルイスの亡くなった母が好きだった木だ。
 あの木を見ると母を思い出して悲しくなっていた子どもの頃の自分が隣にいた。記憶や想いはこうして少しずつ変わっていくのだ。ルイスは隣にいた小さな自分の影がいつの間にかいなくなっているのに気付くまで、じっと外を眺めていた。
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