アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
111 / 221

the 18th day 近衛兵の実力

しおりを挟む
 ルリアーナ城のアプローチに敷かれた石畳は、ところどころに溝があり、石の大きさもまばらででこぼこした作りになっている。そんなことに気付いたのは、その上を這うことになったからだった。
「ってえな……」
 ブラッドは何とか身体を起こし、立ち上がる。先ほどまで自分の背中に乗っていた重りの感覚を払うように肩を回すと、地面を擦ったせいで真っ白になった服を見て、慌てて砂を払った。

「来るぞ!」
 カイの言葉に身構える。
「昨日で懲りたのに、来るんじゃなかったあっ!」
 ブラッドはそう言いながら立ったまま10メートル近く後退させられる。引きずった靴の裏が熱をもち、足の裏にまで熱が伝わってきていた。

「いや、生身の人間でそこまで対応できるなら、問題ないだろ」
 カイが特殊能力の気功を駆使し、何事も無かったようにしながらブラッドに声を掛けると、
「うるせーよ、涼しい顔して言うんじゃねえ」
 と、ブラッドは吐き捨てるように言った。

「劉淵の術が安定してきたと思ったら、近衛兵の動きが面白くなるとは、私も運がいい」
 スウはそう言ってブラッドを楽しそうに見ている。ブラッドは思わずため息が出た。日も昇りきっていない早朝から、人の能力を超えた術を相手にしているのが不思議で仕方がない。ブラッドはポテンシア王族に仕える由緒正しい近衛兵のはずだったのが、ルリアーナに来てからというもの自分が今まで築いてきた地位や名誉はどこかに行ってしまったかのようだった。

「こんなはずじゃなかったんだが……」
 ブラッドは気を取り直して覚悟を決める。どんな時だろうとその場を放り出さないのがブラッドの強みだ。



「今日は、俺の修行と言うよりブラッドの修行になっていなかったか……?」
 カイがそう言って少し不満げにブラッドに向かって言うと、
「いや不本意だわ! 俺に言うんじゃねえよ」
 とブラッドは砂だらけになった身体でカイに向かって言い捨てる。カイは全くの無傷だったのに対し、ブラッドは細かいかすり傷が身体中にできていた。2人が並んで部屋に戻ろうと歩いていると、忙しそうに歩く人の姿が目に入る。

「あっ、サーヤさん!」
 ブラッドが嬉しそうに声を掛けると、サーヤが2人の姿にぎょっとしていた。
「クラウス様、どうされたんですか? その……傷だらけと言いますか……」
 サーヤがボロボロになっているブラッドに驚いて言うと、
「いや、先ほどまでハウザー殿の修行に付き合いまして、名誉の怪我です」
 とブラッドは笑顔でサーヤに答える。カイは特に口を挟まずにじっとブラッドを見ていた。

「後で、救急箱をお持ちしましょうか?」
 サーヤが心配そうな顔で言ったのを、
「お願いします! 手の届かないところは、是非手伝っていただきたく!」
 と、ブラッドは普段の様子からは想像もつかないほどの図々しさだ。
「今の時間帯は難しいですが、少しお時間いただければ業務も落ち着きますので、お手伝いしますね」
 サーヤが特に嫌そうな顔もせずに受けたので、ブラッドは小さく拳を握って喜んだ。

「……お前……見た目によらずチャラいんだな」
 サーヤが去った後にカイがブラッドを見て言う。
「どこがだ。女性との接点をなるべく多く作るっていうのは、コミュニケーションの基本だろ」
 ブラッドが当然のように言ったのを、カイは、
「基本じゃない。俺にとっては、なるべく無駄なコミュニケーションは省くのが基本だ」
 と面倒くさそうに返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...