上 下
110 / 221

the 17th night あなたの好きなもの

しおりを挟む
 ひとりで眠れない時間を持て余したレナは、隣の部屋で護衛に入っているカイの元に行こうと、扉の前を行ったり来たりしていた。

 普段から護衛の範疇を超えて力になってくれるカイに対し、理不尽なクレームを入れてしまったことを、ちゃんと謝りたい。
 上手く謝れるだろうかと思いながら、レナは扉の前まで歩く。事前にサラからカイの護衛シフトを確認していた。

「カイ、そこに居るの?」
 レナは扉の向こうに話しかけた。
「ああ、居ますが」
 相変わらずぶっきらぼうな印象の返事が返ってくる。レナは内鍵を開けると扉を開き、いつも通りのカイの姿を視界に入れた。

「いつも、寝る時間を削って待機してくれて、どうもありがとう。随分これが当たり前になってしまったけど、改めてお礼を言わないとならないわね」
 レナはそう言ってカイのいる部屋に入ろうとする。が、カイは、
「正直、殿下との距離感の正解が分からないでいるので、ここで夜に話すのが良いのか分からない」
 と言って扉の前をどこうとしなかった。レナは、日中に言ったことを受け止めているらしいカイに、自分の行動の過ちを思い知る。

「ごめんなさい、私が言ったことを気にしているんでしょう……? 私も、あの時の発言を謝りたくてここにいるのよ」
 レナは精一杯謝ろうと真剣な表情で伝えたが、カイの表情は硬いままだった。

「いや、俺は女性の気持ちというやつには、とことん疎い自覚がある」
 カイはそう言って聞く耳を持たないで扉の前に立ちふさがると、レナを部屋に帰そうと扉を閉めようとした。

「そんなの今更じゃないの。女心が分からないのがカイだってことは、分かっているわよ」
 レナが反論して何とか部屋に入ろうとすると、
「そこは分かってもらえているのか……」
 とカイが更に複雑な表情をしたので、レナはそのカイを押しのけて強引に部屋に入った。

「殿下との接し方の正解が、さっぱり分からん」
 カイはそう言ってしぶしぶテーブルの席に腰かけた。レナはいつも通りソファに座ると、
「あなたは、そうやって普段通りの話し方で私に接してくれるでしょ?それが正解なのよ。腫れ物に触るようなコミュニケーションにはウンザリしているの。私はあなたに自然体で接してもらっていたから、少し誤解をしてしまったんだわ。私のことを特別扱いしてくれているんじゃないかって……」
 と言ってため息をついた。

 カイは少し何かを考えながらうーんと唸ると、
「特別扱いの捉え方なのかもしれないな。俺にとって殿下は気兼ねなく話が出来る雇用主で、そういった意味では特別なのかもしれないが……。特別扱いというよりは、ある種、諦めているような……。素で行かないと余計面倒なのだろうなと……」
 と困ったように言ったのでレナは思わず笑った。

「ごめんなさい。でも、私、あなたのその素の態度はとても好きよ。あと、この間も言ったけど……ずっと小説がきっかけであなたに憧れていたから、少し特別な感じがしただけで舞い上がってしまったのよね……。それは私に原因があったのに、あなたを責めるのは違ったわ」

 レナにそう謝られると、カイは暫く考え、
「そもそも、特別とか特別じゃないとか、一体何を言っているのか……」
 と難しい顔をしている。レナはますますおかしくなり、
「その見た目から想像もつかなかったけれど、あなたってそういうところが真面目ね」
 と言って嬉しそうに笑っていた。

「真面目をからかうな。人を何だと思ってるんだ」
 カイはそう言ってレナをしらけた表情で見ると、
「最初は、殿下の態度にムカついて、この仕事を放棄しようとすらしたんだがな」
 と言って少し笑った。初めてレナに会った日、そこへ座れと命令された椅子に座っている。カイは懐かしくなっていた。

「そうねえ、ほんと、私も失礼の連続ね。改めて聞いてもいいかしら? カイって、花火以外に何か好きなものはないの?」
 レナは、カイがお酒を好きだと言っていた以外には花火が好きらしいこと以外、何を好むのか知らなかった。もう少しカイの趣味や好みを把握していても良いかもしれない。

「好きなものか……。あまり考えたことがないな……」
 カイは好きなものと聞かれても、ぱっと思いつくものがない。

「そうなの……。じゃあ、やっぱり……お金好きってことでいいのかしら……?」
 レナがそれまでのカイの様子や評判から尋ねると、
「いや、金が嫌いな奴はいないだろう。……何だその目は……ああ、悪かったな、金の亡者で」
 とカイは明らかに嫌そうな顔で答えた。

「悪くないわよ。あなたを安く雇えるなんて、それはそれで気に入らないもの」
 レナが嬉しそうに言ったのを、カイは複雑な表情で受け止めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

一人暮らしのおばさん薬師を黒髪の青年は崇めたてる

朝山みどり
ファンタジー
冤罪で辺境に追放された元聖女。のんびりまったり平和に暮らしていたが、過去が彼女の生活を壊そうとしてきた。 彼女を慕う青年はこっそり彼女を守り続ける。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...